第4話 悪魔
風景が出発地点とあまり変わらない大森林をひたすら歩いていく。周りに人の気配は無く、鳥と虫の声しか聞こえなかった。
使徒の体には疲れというものが存在しないのか、スーフェリアに使徒の能力を教わってから休憩せずに歩き続けていた。
飲食を一切していないが、何をエネルギーとして動いているのだろう。スーフェリアに聞いてみたが、よくわからないらしい。
歩きながらも使徒の能力の練習は継続している。
右手で適当な雑草を毟っては吸収。毟っては吸収を繰り返す。左手は球体、立方体、三角錐などを再生していた。
簡単な構造のものほど再生しやすく、スーフェリアによれば慣れていくと再生速度がどんどん早くなっていくらしい。
「再生できる量はね、吸収した量と同じだからどんどん吸収して貯めたほうがいいよ。」
「へー、スーフェリアはどのくらい貯めてるんだ?」
「私を一万人消滅させても余裕なくらいだね」
「そんなに必要か?」
「神の使徒は肉体が無くなったら死んじゃうからね。命のストックみたいなもんだから、多くて損は無いよ」
神の使徒でも死ぬのか。勝手に不死身だと思っていた。でも、一万回殺しても死なないってのはほぼ不死身だな。
しかも、運動能力も人間より高いし、何より疲れ知らずだ。人間が使徒に勝つのは不可能に近いだろう。
スーフェリア先生から能力について教わったり、俺の元の世界について話ながら歩いていく。
気分はピクニックだ。大森林の空気は美味しく、話相手もいる。楽しい旅が続いていくぜ。
「ちょっと止まって」
スーフェリアが人差し指を口にあて、急に立ち止まる。どうしたのだろう。
周りを見ても大木があるだけで、特に怪しいものはない。
何があったのかスーフェリアに尋ねてみたいが、彼女は人差し指を口にあてたまま、真剣に周囲を探っているようなので黙っておく。
彼女の真面目な表情を見るのは、これが初めてだ。
数秒の間スーフェリアの顔を眺めていると、突然彼女は左を指さした。
「あっちから向かってくる人がいるね。4人くらいかな? このまま歩いていくとぶつかるよ」
「え? なんでわかるんだ?」
「よく聞いてみると、足音がするね。鎧の音も聞こえるし、盗賊とかかな?」
スーフェリアの言葉に開いた口が塞がらなかった。
俺はこの体になって身体能力が向上した。それは聴覚も同様だ。大森林を歩きながら、遠くにいる鳥の鳴き声も聞くことができている。
しかし、人の足跡など全く聞こえない。スーフェリアはどれほど遠くの人の足音を聞いたのか。これも使徒としての年季の差なのか。
「ちょっと走って行ってみない? 遭難してたら可哀そうだしね」
「ああ、行ってみるか。使徒の力なら食べ物も作れるからな」
「そうそう、こういうところでね、使徒の力を使っていこう」
遭難者と思われる人を助けるため、俺たちはスポーツカー並みの速さで走る。心地よい速さだ。走るのがこんなに楽しいとは思わなかった。
あっという間に目的地に着く。背の高い草が生えていない開けた場所には、スーフェリアの予想通り4人の男女がいた。
大楯と大剣を持った無骨な鎧姿の大男。
金髪で派手な鎧と剣を携える優男。
黒いとんがり帽子とローブを身に着けた怪しい女。
錫杖を持ち、金糸の刺繍がある水色と白の高級そうな神官服を着た女。
……明らかに盗賊ではないよな。
こんな大森林の中で彼らの服装は異常だ。鎧なんて着ていては道なき道を進むのに苦労しそうだ。
二人の女の恰好も、服が枝にひっかかりそうでハラハラする。やはり遭難だろうか。俺とスーフェリアは大木の影から彼らの前に姿を現した。
「誰だっ!」
優男が真っ先に俺たちに気づき、剣先を向ける。他の3人も優男の言葉で臨戦態勢に入ったみたいだ。
「こんにちは。私はね、スーフェリア。こっちはリズ。あなた達が遭難してたら危ないと思ってきたんだけど、大丈夫かな?」
「……お前たちはどこから来た。なぜこの場所にいる」
めっちゃ警戒されてる。それもそうか。俺は彼らを見て異常だと思ったが、それは俺たちも同じだ。
何せ、美少女が二人だけで森の中にいるのだ。彼らの警戒も当然だろう。
「俺たちは二人で旅をしてるんだ。ここにいるのは偶然だな」
「……」
全然心を開いてくれない。気まずくなってきたから、もう帰ってもいいか?
スーフェリアも苦笑したまま困惑している様子だ。
「こ、こいつら悪魔です! 悪魔が人間に化けています!」
「何っ!?」
「この女共が!?」
神官っぽい女が懐から取り出した水晶を持って叫ぶ。4人は今にも俺たちに襲い掛かってきそうだ。憤怒の表情をしている。
というか、今悪魔って言ったか? 神の使徒=悪魔なのか?
スーフェリアを見ると、目を見開きながら大きな口を開けていた。信じられないものを目にしたかのようだ。
「スーフェリアって悪魔なのか?」
「違う違う! 私も初めて悪魔呼ばわりされたの! ねえ、なんで私が悪魔なの? こんな可愛い神の使徒なのに」
スーフェリアも悪魔呼ばわりは不服らしい。後半は彼ら4人に向かって話していた。彼らは俺たちが親の仇かのように殺気を放っている。
「ふざけるな、我が国に大災厄を齎した悪魔よ。10年前に貴様達がやったことを忘れたとは言わせん」
大男が殺気を放ちながら答える。マジで怖いんですけど。今にも大剣で真っ二つにしてきそうだ。
スーフェリアは驚き慌てている。大男の言っていることは嘘じゃないだろう。
しかし、スーフェリアが犯人なのかはわからない。
「そ、それは私の友達がやったやつだね。私は関係ないよ」
「問答無用。悪魔を二匹も殺せるなんて今日は最高の日だ」
「おい! 俺も関係ねえって! 無実だぞ無実!」
「そんなこと知るか」
やばい、俺も殺すつもりだ。彼らの目的はスーフェリアだけかと思っていた。
考えてみれば今の俺の顔は彼女と瓜二つなのだから、殺されるのは至極当然のことだった。
スーフェリアは慌てながらも弁解しようとしている。大災厄とやらを起こしたのは事実のようだし、弁解なんて無意味だと思うのだが。
このままでは戦闘になってしまいそうだ。早く二人で逃げよう。
「クリムゾンナイン!」
今だ弁解しているスーフェリアの腕を掴もうとした瞬間、今まで一言も発していなかったローブの女が変な言葉を叫んだ。
すると、俺とスーフェリアを囲うようにマグマの壁が地面から噴き出して俺たちを捕えてしまった。
これは本物のマグマなのか? 使徒の体の力なのかはわからないが、マグマの熱を感じないせいで真偽が定かではない。
「うわ、すんごい魔法。あの魔法使いは危険だね」
「どうすんだこれ、閉じ込められちゃったな」
どうやらこれは魔法らしい。異世界っぽくなってきたな。スーフェリアは余裕そうだが、どうやってここから脱出するのだろう。
四方のみならず上もマグマで蓋されている。俺たちが普通の人間だったらもう丸焦げだな。
「ヴォルカニックレイダー!」
「やば! 壁に突っ込んで!」
反射的にマグマの壁へと飛び込む。全身が溶けてしまい何も見えないが、幸運にもマグマの壁が薄かったおかげですぐ外に脱出できた。
急いで体を再生させる。ずいぶん小さくなったみたいだ。
道中、雑草を毟りまくったおかげで再生の在庫は残っている。
体をある程度再生できたので視界を確保すると、目の前に優男がおり、俺を袈裟懸けに斬ろうとしていた。
俺は慌てて右に避けるが、優男はそのまま斬り上げてくる。
それも後ろに跳んで避けたが、優男の追撃は止まらず連続で斬りつけてくる。とうとう避けきれず、横への一振りで俺は足と胴が二つに分かれてしまった。
うつ伏せで地面に落ちるが、まだ生きている。再生の在庫も腕一本分くらいは残っていた。
優男は俺から目を逸らし、後方へ必死の形相で何か叫んでいた。そういえば、聴覚を再生していなかったな。
だが、今は関係ない。
俺は右手の先からもう一本の右手を作り、後方へ走りだしていた優男の左足を掴んだ。優男は転んでしまう。
立ち上がってくると困るので思いっきり握りしめて骨を粉砕した。
邪魔なので優男を適当に放り投げる。
右手を切断された下半身に触れさせて、そのまま下半身を吸収。新たな足として上半身に生やした。
ついでに聴覚を復活させる。伸びた右手も元に戻し、正常な人間の姿に戻った。
優男が向かおうとしていた方を見ると、腰が抜けてへたり込んでいる神官と彼女に歩いて近づいているスーフェリアがいた。
ローブの女と大男の姿は見えない。
「ち、近寄らないで! あなたたちは! なんで人を殺すの!?」
「今はあなた達が殺そうとしてきたからでしょ」
神官は泣き叫びながら錫杖を振り回し、スーフェリアの接近を防ごうとしている。
しかし、そんな努力も虚しく、スーフェリアは近づいていく。
「だ、黙れ! お父さんもお母さんも! あなたたちに!」
「ごめんね」
スーフェリアは神官の頭を掴むと、まるで林檎を潰すように頭を握り潰した。
その瞬間、神官の肉体は消え失せた。スーフェリアが吸収したのだろう。俺は無表情のスーフェリアへと歩いていく。
「大丈夫か?」
「私は大丈夫。リズこそ大丈夫なの? 金髪と戦ってたでしょ?」
「ああ、あの人は……」
俺は優男を放り投げた方向へ振り向く。そこには大きなマグマ溜まりと燃え盛る大木達の姿があった。
「あっ」
「金髪は倒せたみたいだね。じゃ、早くここを離れよう。急がないと巻き込まれる」
俺たちは大火から逃れるように駆けていった。
────────────────
あとがき。
次回、大火から逃げてきたエルフたちと出逢います!
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