第3話 使徒の能力の本質

「この枝の塊ってドアか?」

「どこからどう見てもドアでしょ」


 ドアには全く見えないのだが、スーフェリアにとってはドアらしい。

 このドアらしきものは焦げ茶色の細い枝が何本も絡み合ってできている。高さは2m、横幅は1mくらいだ。


 どこを見てもドアノブが見当たらないため、どうやって開けるのか分からない。


「これドアノブ無いんだけど。どうやって開けるんだ?」

「ふふ、このドアは神の使徒にしか開けられない。つまり、神の使徒の能力を使うってことだね」


 よくわからないが服を作る能力で開けるのだろうか。それとも、また別の能力があるのか?

 スーフェリアはどこか誇らしげな顔でドアに近づいて、焦げ茶色の枝に掌を触れさせた。


「開け! 堅牢にして偉大なる守護者よ! はあぁぁぁぁー!」


 先ほどと同じようにスーフェリアが嘘くさい声を上げる。すると、扉となっていた枝が全て消え失せ、目の前には蔓でできた廊下が続いていた。


「おお! 凄いな!」

「ふふ、そうでしょ! 凄いでしょ!」

「本当にびっくりした。でも、あの掛け声いる?」

「いらないね」


 いらないらしい。初めて見る俺のために演出してくれたのかもな。その気持ちが嬉しい。


「じゃあ進もっか。ちなみに、この家の植物は全部私の力で作ったものだね」

「えっ、まだ部屋から出てないけど言うんだな」

「あっ、まあ、うん、このくらいはね、もう旅始まってるみたいなものだしね。本質はね、言ってないしね」


 枝を一瞬で消したのを見て、植物を操る能力かと思ったらまだ本質じゃないのか。

 うーん、わからん。この体になってからわからないことだらけだ。

 俺もスーフェリアみたいに服を一瞬で出したり、枝を消したり出来るようになるのだろうか。楽しみだな。


 廊下は3mほどの長さしかなく、その先は上へと続く階段となっていた。階段も蔓で作られており、下から見ても頂上が見えないほど高い。


 今気づいたがこの建物には窓が無く、光源も無い。それなのに、まるで昼間のように周囲が見えている。

 右隣にいるスーフェリアに階段を上りながら尋ねると、神の使徒の目は明かりが無くても問題ないとのことだ。

 使徒の体って便利だね。


 階段を30分ほど上ると天井が蔓で塞がっており、行き止まりとなっていた。これも使徒の力で開けるのだろう。


「はい、開けるよ」


 スーフェリアが気合いの入っていない声で天井の蔓を消滅させると、今まで換気されていなかった空間が解放される。

 外の空気を吸い込み、少しだけ気が楽になった。


 階段を上り終えると、そこは暖かな気温と自然の空気が美味しい森の中だった。どうやらさっきまでいた家は地下にあったようだ。

 辺りを見渡すと、およそ直径3m以上の太さと何十mもの高さを併せ持つ大木が何本も生えていた。

 このような大森林は初めて見るため、見上げても頂上が見えない巨大さに少し感動してしまった。


「どう? でかくない?」

「ああ、でかいな……。一応聞いておくけど、俺たちが小さすぎるわけじゃないよな?」

「普通の人の身長だよ。この木がでかすぎるだけ」

「そうか……」


 それにしても大きいな。もうここに来れただけで満足してしまった。コンクリートジャングルで疲れた心が癒されていく。


 後ろを見ると上ってきた穴は塞がっていて、どこから上ってきたのか判別つかなかった。スーフェリアが塞いだのだろう。仕事が早い。


「ね、これからどこへ向かうのか決めない?」


 スーフェリアがわくわくとした目で話かけてくる。その目は年相応の子供のようだ。実際はおばあちゃんなのだが。


「どこに向かうって言われても、この世界のこと何も知らないからなぁ」

「それもそうだね」

「あ、そういえば、使徒は戦争を止めるために派遣されたとか言ってたよな。この旅もそのためか?」

「違う違う。ただ遊びたいだけだよ。戦争はね、私が何百年か前に人をいっぱい殺したら停戦してくれたね。それから大きい戦争は起こってないっぽいから、戦争のことは考えなくていいよ」


 停戦するほど人を殺すって怖いな。笑いながら軽く言ってるし、それほど強大な力がスーフェリアにはあるのだろう。

 怖いので国家間の戦争かは聞かないでおこう。多分、小さな村同士の争いだろう。うん、きっとそうだ。


「じゃあ、とりあえず近くの大きな街に行かないか。この世界の人の暮らしが見たい」

「うーん、一番近くて大きな街は多分カイキ帝国のテンピンだね。ま、そこまで行ってみようか」

「案内、お願いしますね」

「ふふ、神の使徒の完璧な案内、その目に焼き付けておきなさい」


 そんなちょっとふざけた会話をしつつ、大森林を歩いて麻雀みたいな名前の街を目指していく。


 俺はシティーボーイなので当然森の中は歩き慣れていないのだが、不思議とスイスイ歩いていった。

 これも使徒の体のおかげだろうな。基礎体力が人間と違いすぎる。体力以外も五感の全てが人間を遥かに上回っているようだ。使徒様様だぜ。


「ね、リズ。神の使徒の力、教えてあげよっか?」


 大森林を歩き始めて10分も経たないうちに、スーフェリアが神の使徒の力を教えようとしてきた。

 どうやら早く使徒の力を教えたいらしい。可愛いやつめ。


 俺はもう少し時間が経って、話すことが無くなったら教えてもらおうかなと考えていた。

 しかし、少しくらい早くても全然大丈夫だろう。

 むしろ早く知りたい。だってかっこいいじゃん。


「ふふ、知りたがってるね。知りたがりさんめ、しょうがないから教えてあげよう」

「あざーす!」


 スーフェリアは立ち止まると、鼻歌を口ずさみながら足元の草を適当に毟った。それに合わせて俺も立ち止まる。


「使徒の力の本質はね、細胞の吸収と再生なんだ。よく見ててね」


 そう言うと、手に持っていた草がいつの間にか無くなっていた。


「これがね、吸収。死んでないと吸収できないね」

「早いな……」

「こんぐらいはリズでも簡単にできるよ。で、これがね、再生」


 スーフェリアの手に白く小さな球体が現れ、その球体は蠢きながら植物の形へと変化していく。5秒も経たずに元の草に戻っていた。


「おお……!」

「今はゆっくりやったけど、服を作ったときみたいに小さいものなら一瞬で作れるね。あと、生物の死体ならなんでも作れる」


 彼女の手の中にある草が小さな蜘蛛へと変化する。そして蜂、花、ミミズへと変わっていき、最後には人間の指になっていた。


「面白いけど、なんかグロテスクだな」

「そう? リズもちょっとやってみてよ。イメージが重要だからね」


 促されたので、足元の草を毟る。これを吸収するのか。体の外から吸収する感覚がわからないな。胃酸で溶かすようにすればいいんだろうか。

 試しに握っている草を胃酸で溶かしながら、体に染み込ませるイメージをしてみる。

 すると、ゆっくりとだが草が溶けるように俺の手の中に沈んでいった。


「うわ、本当に消えた」

「お、やるねー。実は神の使徒やってたことあるでしょ」

「ふっ、俺の天賦の才がばれてしまったか……」


 スーフェリアの雑なお世辞を流し、次は再生をやってみる。


 イメージするのは蒲公英だ。俺の記憶にあるものを作れるのか試したい。蒲公英の黄色い花びらをイメージしながら、右手に力を込める。

 右手に白い小さな消しゴムのようなものがだんだんと現れ、最終的には記憶にある蒲公英へと形作られた。


「お! 一発でできたんだ。おめでとう。この花可愛いね」

「でも、小さな花一つ作るのに結構時間かかっちゃったな。練習は必要か」


 俺の記憶にあるものは作れたが、スーフェリアは吸収と再生を一瞬で行なっていた。俺のスピードとは段違いだ。

 彼女のようになるには、練習が不可欠だろう。


「そんなのは後々ね! 今は初めてできるようになったことを喜ぼうよ」

「ああ、そうだな! これが神の使徒としての第一歩ってやつだな!」

「そうそう! 第一歩! ちょっとさ、その花貸して。付けてあげる」


 俺はスーフェリアに蒲公英を手渡す。彼女は背伸びをして俺の頭に手を伸ばす。どうやら頭に蒲公英を付けてくれるようだ。

 その姿がなんだか微笑ましくなり、俺はスーフェリアと目線を合わせるために膝を曲げた。


「ふふ、似合ってるよ。うん、可愛いね」


 そう言いながら笑う自称親の姿が、今は妹のように見えた。

 



───────────────

あとがき。


次回、戦闘します。

スーフェリアはどれほど強いのか。また、戦闘素人のリズちゃんは戦えるのか……?

 


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