2話 魚はむしって食べるもの

「いいよ。許します。

 次、同じことをしたらただじゃおきませんからね」

 

 母が胸を力いっぱい叩いた。

 たまたま早くできただけだろと内心思うも

 今、私はこの刺身盛りに心奪われている。

 

 さて、細かいことはいいとして

 どれから食べようか。

 マグロにしようか

 サーモンにしようか

 いや、やはり最初は

 味の薄いイカから食べるのが

 通のやり方だよな。


 そんなことを考えているうちに

 なぜか、刺身が消えていく。

 

 まずい、忘れてた。

 我が家は魚好き一家である。

 父や弟が口いっぱいに刺身を

 ほおばる姿を見て、私は焦る。

 

 「ヤバい、食べなきゃ遅れる。」


 私の箸はとどまることを知らず

 動き続ける。

 やがて、箸を止めたときには刺身は

 なくなっていた。


 時を同じくして父との団らんが始める。

 

「最近、中学校はどうなの?」

 父が私に尋ねる。

 

「最近部活が忙しくてさ、

 ランニングやらラダーやら

 卓球部は運動しないって

 聞いてたのに

 やけに忙しいんよね」

 

 「それはきつそうだな」

 

 「うん。だけど明日部活休みだから

  ゆっくりサブスク見られるよ」


 私は答え、自覚する。

 そうだ、そうだ明日は

 久々の休日なのだ。

 私は胸を高鳴らせた。


 その時だった。


 母が「イサキの煮つけ」を運んできたのは。


 「はい、イサキの煮つけよ。

  おいしそうね。

  骨があるのが二人分、と骨抜きが一人ね。」


 父の表情が変化し母をにらみつけた。


 「ん?まて、骨抜きってどいうことだ。

  だれだ。魚をむしれないやつは」


 うがった表情をした父があたりを見渡した。


 「ごめんなさい、僕です。」


 弟が静かに手をあげた。


 私は畏怖した。

 この光景の既視感に。

 私が小学生のころと見た同じ景色に。

 

 もし、あの時と同じなら

 次来るセリフは決まってる。

 やめろ、やめてくれ

 このセリフを言われたら

 次の日のオフは無くなり

 休日のための努力は

 骨折り損になる。


 さぁ、緊張の一瞬だ。

 父の重い口が開いた。


 「まったくお前たちは

  分かってないなぁ

  魚はむしって食べないと

  いけないんんじゃ。

  そうだ。

  明日、釣りに行こう。

  いや、行かなければならない。

  お前たちになぜ

  魚をむしらなければならないのか

  教えてやる。」


  私の自由な明日のオフは

  骨抜きにされ

  冷たい海原へと身を投じることになった。

  ー私は恐れていたのだ。 こうなることを。







 






  


 

 

 








 

 


 

 

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る