【転生船大工短編小説】帆船計画 失われた海洋帝国の記憶 ~カルタゴ、最後の技術者~(約9,700字)

藍埜佑(あいのたすく)

プロローグ:現代から過去へ

 研究室の灯りが、深夜の闇を切り裂いていた。鳳凰院ほうおういん崇平そうへいは、モニターに映る三次元モデルを眺めながら、ため息をついた。画面には、古代地中海型の三段櫂船の設計図が立体的に浮かび上がっている。


「やはりここの構造が……」


 崇平は眉をひそめながら、マウスを操作して船体の断面図を回転させた。深夜の造船研究所で、たった一人で古代船舶の研究に没頭する男の姿は、どこか寂しげだった。


 45歳。大手造船会社の技術者として、20年以上のキャリアを重ねてきた。しかし、彼の本当の情熱は、趣味として続けている古代船舶の研究にあった。特に、カルタゴの三段櫂船には並々ならぬ執着を持っていた。


「この補強材の配置が気になるんだが……」


 崇平は画面に映る船体の骨組みを凝視した。現存する史料からは、具体的な構造を特定することができない。考古学的な発掘データと、現代の造船技術の知識を組み合わせて、最も合理的な推測を重ねるしかない。


 机の上には、カルタゴの造船技術に関する論文の原稿が積み重ねられていた。『古代地中海世界における船舶技術の発展 -カルタゴの三段櫂船を中心に-』。発表まであと一週間。しかし、まだ決定的な証拠が足りない。


「ああ、もし、あの時代に直接行けたらなあ……」


 つぶやきが、静寂の中に溶けていく。崇平は疲れた目を擦りながら、コーヒーに手を伸ばした。すでに冷めきっている。


 そのとき、不思議な浮遊感が体を包み込んだ。


「なっ……!?」


 意識が遠のいていく。モニターの光が歪み、研究室の風景が渦を巻くように消えていった。


 最後に見たのは、画面に映る三段櫂船のワイヤーフレームモデル。そして、暗闇の中で、潮の香りが鼻をくすぐった。

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