風のレストラン - 料理錬金術の扉

まさか からだ

第1話 料理と出会うことから始まる

 海斗は、幼少期から料理に対して強い興味を抱いていた。しかし、その興味は決して実を結ぶことなく、大学を卒業し、普通のサラリーマンとしての道を選んだ。大手企業に勤める海斗は、どこか心の中で満たされないものを感じていたが、日々の忙しさに追われるうちにその思いも薄れていった。社内での地位は安定していたが、心の中にぽっかりと空いた穴があることを、彼は自覚していた。


 そんなある日、海斗の元にひと通りの連絡が届いた。母からだった。


 「海斗、おじいさんが倒れたって。」


 その知らせは突然だった。海斗は急いで実家に帰ると、すでに祖父は入院していた。祖父は「風のレストラン」を長年営んでおり、その料理の腕は評判だった。子供のころから、海斗は祖父の作る料理が大好きで、毎週末に実家を訪れてはその料理を楽しんでいた。祖父が倒れたという知らせを聞いたとき、海斗の心には「レストランをどうするのか?」という疑問が湧き上がった。


 母は言った。「海斗、おじいさんが残した『風のレストラン』を引き継いで欲しい。」


 祖父は経営者として成功を収めた人物であり、そのレストランも地元では有名だった。しかし、祖父の体調は年齢の影響で次第に衰え、レストランを続けることが難しくなっていた。母は海斗にその後を託すつもりだったのだ。




 海斗はしばらく考えた。自分が料理を作ることはなかったが、幼少期の記憶の中に、祖父と一緒に料理をした楽しい時間が蘇ってきた。しかし、それ以上に不安が押し寄せる。「料理を作るなんて、俺には無理だ。」そう思いながらも、なぜか心のどこかでその挑戦を受け入れたくなった。


 「わかった、レストランを引き継ぐよ。」


 決断した海斗は、すぐに祖父のレストランを訪れることにした。レストランは風が通り抜けるような場所にあり、名前の通り「風のレストラン」と呼ばれていた。その建物は木造で、どこか温かみがあり、落ち着いた雰囲気が漂っている。店内に入ると、空気の中にスパイスやハーブの香りが広がっていた。その香りに包まれると、自然と心が落ち着くような気がした。


 海斗が店の奥に進むと、そこには何十年も経った厨房が広がっていた。古びた調理器具や食器が並んでいたが、その全てに長年の歴史が感じられた。そして、目の前に立ったのは、一人の老人だった。


 「お帰り、海斗。」老人の声は静かで落ち着いていた。海斗はその老人に心当たりがあった。彼は、「風のレストラン」の料理長であり、祖父の親友でもあった人物だった。


 「君がこれからこの店を引き継ぐのか。」老人は静かに言った。


 海斗は少し戸惑いながら頷いた。「そうなんです。祖父が…。」


 「よく来た。ここにはただの料理が並んでいるわけではない。」老人は不意に言葉を切った。「この店には、料理に宿る力がある。料理は、人々の心を動かすものだ。それがわかれば、お前もすぐに気づくことになる。」


 その言葉に、海斗は驚いた。料理に宿る力――それは、彼が想像していたものとは全く違った。


 「料理錬金術とは、そういうことだ。」老人はゆっくりと続けた。「料理を通じて、人々の心を動かし、癒し、さらにはその人の人生を変えることができる。だが、これは単なる技術ではない。料理の背後にある力を理解し、使いこなすことができる者だけが、それを実践できる。」




 海斗はその言葉を受け入れることができなかった。料理がそんなに強い力を持つなんて、信じられなかった。しかし、老人の目は真剣そのもので、何かとてつもないものを感じ取った。


 「今からお前は、料理錬金術の修行を始める。」老人は海斗に向かって手を差し伸べた。「この店の中には、食材と心を結びつけるレシピがいくつも隠されている。それを探し出し、料理に命を吹き込むのだ。」


 海斗はその言葉に戸惑いながらも、心の中で決意を固めた。料理の力を信じることはできなかったが、祖父から受け継ぐべきものがあると感じた。そして、料理を通じて何か新しい世界を開けるのではないかと、少しだけ期待もしていた。




 その日から、海斗は料理錬金術の修行を始めた。最初のうちは、食材の切り方ひとつ、調味料の使い方ひとつに苦戦したが、次第に料理に込められた不思議な力を感じ始めるようになった。食材を使って料理を作るたびに、心の中で何かが変わっていくのを感じた。それは、ただ美味しい料理を作ることではなく、心を込めて食材と向き合うことに意味があることに気づいたのだ。


 料理を通じて、海斗は少しずつその力に引き寄せられていった。そして、祖父が残したレシピの一つ一つを試しながら、彼の中で新しい人生が始まろうとしていた。

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