天使の介護施設
ちびまるフォイ
奇跡の打算
「はーーい、ミカエルさん。羽もちあげてくださいね」
「よっこいしょっと……」
羽が持ち上げられると、その裏側をくまなく拭いてゆく。
お風呂の介助は負担がかかるので、羽や体を拭くことが多い。
この介護施設「
人間の従業員でも1人3天使~4天使を見ている。
正直手が足りていない。
「〇〇さん、次セラフィムさんにご飯を」
「は、はいぃ!」
体を拭き終わるや別の天使の介助に移る。
こっちは少し厄介だ。
「ええ? 今日もエーテルのスープぅ?」
「はい。でも体も温まりますし体にもいいんですよ」
「はあ。なんてみすぼらしい。
これでも私は天界十三使徒のひとりだったのよ?」
「そうですね、もちろん知っていますよ」
「なのに……こんな……はぁ……」
「お口を開けてください」
「いやよ。虹のサラダを持ってきて。
スタージュエリーのパンもでいいわ。
こんな虫みたいな食事まっぴら!!」
「そうはいっても……」
飲み込む能力も低下し、噛む力も衰えている天使。
そんなものを提供しようものなら、喉につまるリスクが高い。
食事の世話を終えると今度は「光の介助」となる。
「ラファエルさん、それじゃ光出していきましょうか」
「いつも悪いねぇ」
「ぜんぜんですよ。仕事ですから」
「よっこいっしょ」
「それじゃ足をあげて、おしりをつけてください」
「ふう……だいぶ光が出たわ」
「流しちゃいますね」
天使は定期的に体から毒素を「光」として放出する。
その介助をするのも職員の仕事。
天使によっては自分の毒排出を見られなくないという人もいる。
「〇〇さん、どうもありがとう。
ところで気になってるあの人とはどうなの?」
「え? え……あ、あはは。まあ……いい感じ……ですよ?」
「そう。それならよかったわぁ」
「実は今度デートの約束も……」
「あらほんとう? 頑張ってねぇ」
「はい!」
こんな忙しい毎日でも潤いはある。
天使ではなく人間に今気になっている人がいる。
今ままではアプローチを遠巻きにかけるばかりだったが、
ついに明日は念願のデートにこぎつけることができた。
すでに服も買っているし美容室も予約済み。
万事抜かりはない。
連絡も取り合っているし、お互いの空気感はもうカップル。
(きっとこのデートで告白されるに決まってる)
確信めいた手応えを感じていた。
それだけが心のささえになっている。
そして翌日。
デート当日を向けた。
「〇〇さん、今日は早上がりだったよね?」
「あ、そうです」
「デート?」
「ふへへ。いや……まあ……そんな感じ?」
「「 キャ~~!! 」」
職員の控室もどこか浮ついていた。
そんなゆるふわな空気を仕事モードに切り替えさせる警告が飛んできた。
「〇〇さん、1階の天界ロビーでトラブルみたい!」
「ちょっと行ってきます!!!」
入居している天使のトラブル。
天使が転倒になれば大事故につながるかもしれない。
猛ダッシュで向かうと、セラフィムさんが他の天使と言い争っていた。
「す、ストップ! なにがあったんですか!?」
「なにもないわ! あなたは関係ないでしょう!?」
「この施設内でおきたことは職員の管轄です。話してください」
「イヤ」
「この……!」
まるで人質解放交渉のごとく粘り強く聞いたところ、
どうやら格下の天使が自分のプライドを傷つけたというもの。
天界で仕事をしていたときに位の高い天使にありがちなトラブルだった。
なんとか仲裁をして場を収めた頃にはすっかり遅くなっていた。
「もうこんな時間!?」
予定していた退勤時刻はとうに過ぎていた。
あわてて仕事を終えてデートの待ち合わせ場所へ急いだ。
気になっている彼はすでに待っていた。
待たせてしまっていた。
「ごっ、ごめんなさい! せっかく約束してくれたのに遅れちゃって……」
「はあ……」
「仕事でトラブルがあって……」
「いや理由はいいよ。俺さ、今日すっごく楽しみだったんだ。
いい店も予約しちゃったりしてさ」
「はい……」
「遅れたのに連絡ひとつよこさない。
なんか……そういう人ちょっと合わないかも」
「ま、待って!」
「少し距離置きたい」
「えええ!?」
デートは始まる前に終わってしまった。
家に帰ってやけ酒をしても爆食をしても傷は言えなかった。
そして無常にもこんな精神状態でも仕事はやってくる。
「はぁ……」
「〇〇さん、さっきからため息ねぇ。なにかあったの?」
「ラファエルさんに話せるようなことは……」
「デートでなにかあったのね?」
「ぐっ……。そうなんです……実は……」
私もストレスが溜まっていたのだろう。
誰かに話すことで肩の荷をおろしたい気持ちが少しあった。
「というわけで、いい感じだったのに
私の遅刻のせいでなにもかも終わったんです……」
「あなたのせいじゃないじゃない」
「急いでて連絡忘れたのは私のせいですし……」
「ねぇ、〇〇さん。ちょっとだけ奇跡を授けてあげましょうか?」
「き、奇跡!?」
「大丈夫。ちょっと仲を修復するだけよ。
ふたりだけの秘密にすれば誰にも気づかれないわ」
「だっ……だめですよ!
入居している天使からは奇跡受け取れないんです! 規則で!」
「これは私が勝手にやったことにすればいいじゃない」
「こ、この話はこれで終わりです!」
奇跡の提供を持ちかけられたとき思わず心が揺れた。
天使はここに入居する前にさまざまな奇跡を実現してきた。
恋愛成就もそのひとつ。
天使ラファエルにかかれば、たかだか人間の恋愛などお手の物だろう。
それでも受け取るわけにはいかない。
「はあ……次の恋を探さなくちゃ……」
愚痴っているとスマホに通知が届く。
あの彼から「話したいことがある」ということだった。
もう嫌な予感しかしない。
時間をあわせて今度は遅刻せずに向かった。
「この間のことなんだけどさ……」
ほらやっぱり、私はこれから失恋する。
「ちょっと言い過ぎたなって……」
あれ。
「俺、君の職場のこともちゃんと知らなかったし。
一方的に自分の都合ばかりまくしたてて……」
あれあれ。これは雲行きがおかしいぞ。
「あれからよく考えたんだ。
毎日君の顔が浮かんできて……やっぱりその……。
好きなんだなって……わかったんだ」
「ちょっとまってもらえる!?」
「え? きゅ、急だった!?」
「そういうことじゃなくて!」
慌てて介護施設に連絡をとり、ラファエルさんにつなぐ。
「もしもし? ラファエルさん!?」
「あら天界通信なんてはじめてねぇ。どうしたの?」
「奇跡を使ったんですか!?」
「どうして?」
「あれだけ冷え切っていた彼が急にデレたんです!」
「使ってないわよぉ。あなたも拒否したじゃない」
「そうですけど! こっそり奇跡ほどこしてないですよね!?」
「ふふふ。そんなのしてないわ。あなた自分の魅力を忘れてるんじゃない?」
どれだけラファエルを詰めても、奇跡は使っていないとのこと。
それを確かめるすべはもうないだろう。
奇跡による力かもしれないし、そうでないかもしれない。
「ごめん、おまたせ」
「もういいの?」
「うん。それでさっきの言葉……」
「ああ、やっぱり俺には君が必要だと感じたんだ。
あの日の遅刻も天使の仕事を頑張っていたからなんだろう」
「わかって……くれたの?」
「だから好きになったんだよ!」
「うれしい!」
「まだ答えを聞いてなかったね。俺と付き合ってくれるかい?」
「はい、よろこんで!!」
ついに念願の彼とお互いの気持ちを確かめることができた。
彼の背中に回したこの手はけして離さないと誓った。
これが奇跡であっても奇跡じゃなくても、もうどっちでもいい。
奇跡のようなハッピーエンドを迎えられたことが嬉しい。
「あ、待って」
「どうしたの?」
「そういえば、私ってなんの仕事をしているか話したっけ?」
「いいや。でも君の友達から、君の仕事を聞いたんだ」
彼の目はらんらんと輝いている。なにかに期待するように。
「それで、どうすれば天使の奇跡が受けられるんだい?」
この奇跡のような関係は秒で終焉した。
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