SOS宇宙人

透瞳佑月

SOS宇宙人


深夜は大人に踏み潰される子供達の為の時間だ。


中学受験を親に背負わされた子供は勉強してる限り親より遅くまで起きている事を許されている。


小学五年生の僕は勉強のフリを辞めて親の深い眠りを祈りながら自分の勉強部屋がある二階から一階のテレビがあるリビングと地下の書庫を目指して、階段を一歩一歩、親が起きないように、一段、一段を物音立てないように降りて行く。


毎日、毎日、死ぬ気で降りていく。小学生の必死の、これさえあれば生きていけるっていう僕だけの宝物を取りに僕は毎日階段を降りる。小学五年生の限界。20メートル程の命がけの冒険だ。


20世紀少年、ブラック・ジャック、俺は鉄平。親父の地下室の書庫から小学生の怪盗はそこでセックスと殺人と自由を貪り食っていた。


読み飽きた漫画を丁寧に順番通りに本棚におさめてから、音量5でテレビを付ける。


もう親父の漫画は全部読んだから。


スマホを与えられなかった僕には次の娯楽探し場所にテレビしか思い当たる場所が無かった。


付けたテレビには、当時配信サイトなど普及してなかった時代の「深夜アニメ」がやっていた。


友達を武器にして戦う罪の王冠を背負って狂い、迷い、拒絶し、背負う事を決めた少年の物語。


タイムスリップを繰り返して、何度壊れても立ち上がり少女を救う背の高いハリボテの天才科学者の少年。


お兄ちゃんをドキドキさせる為に色仕掛けを仕掛ける妹。


美少女の宇宙人がやってきて、何十人もの美少女がウブな主人公を愛し、昼に生きる子供が知らない快楽を、エロを、萌えという世界で最も美しいハッタリを脳が焼き切れるくらい鮮烈に教えてくれる。


極彩色の美少女の艶かしい輝き。


僕が数年後に味わう苦しみと戦う少年。


小学生が知る必要の無い劇薬に僕はのめり込んだ。






「地球で宇宙人なんてあだ名でも、宇宙の待ち合わせ室には、もっと変なあなたがいたの」




僕は通っている塾は進学実績を重視する。


教育強度に粉々に壊された僕はあの塾で厄介者で、同級生に苛められて、教師から詰られて、親は投資に対するリターンが返って来ないことへのヒステリーを大人の論理で僕に怒鳴り散らす。


偏差値と点数が高くて、整理整頓が出来て、宿題を終わらせて、周りと上手くやっていくのが大人の地球人になる方法。


僕はこの小さな地球という地獄で宇宙人だった。




「地球で宇宙人なんてあだ名でも、宇宙の待ち合わせ室には、もっと変なあなたが居るの。デレパシる気持ちが、電波が違くても、きっとね、なにかつかんでくれる」




聞いたことの無い音楽が、僕の教わった哲学では有り得ない言葉が、深夜のテレビから鳴り響く。


僕は声を殺して涙を流す。


おとなに見つからないように、声を必死に殺して嗚咽をもらして僕は「カヒュー、カヒュー」と泣いている。


宇宙の待ち合わせ室ってどこにあるんだろう。


スマホを持たせてもらえなかった僕には、それがわからなかった


ただ、この世界はもっと楽しい地獄だと、画面の向こうの少年は叫び、この世界には生きる価値のある美しさがあると少女が歌う。




『うわー集中出来る!すげえ、めっちゃ進む!イヤホンで音楽聞くとすげぇ集中出来る!』




「白いイヤホンを耳に当て、少しニヤッとして、合図する」


「イヤホンをあてがって、とりあえずはフード被っとけば問題ないさ。『メカクシ完了』」




僕は雑音をシャットアウトして音楽を聞いて勉強すると言い張って、iPodTouchを買って貰った。


幸運にもこれは、wifiのある場所では「宇宙の待ち合わせ室」を受信出来る魔法の板だった。


受験戦争なんか逃げ出して、僕だけの息が出来る場所。液晶の向こう側の綺麗な瞳の少年少女達だけが僕の友達で、家族で、恋人だった。


頭痛と空腹が止まらないけど。


夜は眠れないけれど。


一日1リットルのコーヒーを飲んで、氷を一日中噛み砕いて、髪の毛を抜いた痛みに依存しているけれど。


なんだか耳がくぐもって聞こえるけれど。


僕には深夜アニメとインターネットがあるから、だから、この世界には生きるだけの価値がある。偏差値が御三家に届かなくたって、僕の生きる意味はここにある。




僕の世界。僕の宇宙。ここは地球の重力圏内を突破している。


僕の地獄で鳴り響く美少女・アニメ・アニソン・ボカロ。それは同じような宇宙人の子供達の共通言語になるものだった。


「敗者」の烙印を押された子供達、私立中高一貫の奴等が笑っていられた理由。


僕が笑っていられた理由。




21歳になった僕は、「宇宙の待ち合わせ室」を自分で作って、狂ったピエロとして生きている。


宇宙の待ち合わせ室は笑いの絶えない地獄だった。


僕は暗い部屋でデスクトップに向き合い、宇宙人と笑っている。二次元美少女と笑っている。主人公達と笑っている。


小学生の頃垣間見た宇宙がある限り、僕の地獄に笑い声は絶えない。


深夜は、大人に踏み潰されて遊べなかった僕達の時間だ。これさえあれば生きていけるって宝物達と遊ぶ為の優しい静寂だ。


アニメ美少女と、主人公と、友達と、僕が、大人にバレないように声を押し殺して泣いて、笑って、朝が来るまで生きていく。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

SOS宇宙人 透瞳佑月 @jgdgtgdt

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

参加中のコンテスト・自主企画