バッテンマーク
@kagikakukakumachine
バッテンマーク
近未来の日本では著作権法も個人情報保護法も著しく後退し、情報の取得や利用に対する制限が緩和された。これにより、情報を使ったサービスを提供する企業が次から次へとアプリやガジェットなどの情報サービスを提供するようになった。世界は「自由な情報サービス社会」と呼ばれる時代に突入していた。赤ん坊から老人までありとあらゆる人間の様々な情報が企業に取得され、それにより生まれたサービスが人々の生活を一段と豊かにした。
ある一組のカップルが日本のある都市に暮らしていた。そのカップルはこの超情報社会の中でもとりわけ進歩的であった。この社会は、より良い情報を賢く効率的に取得できるかどうかの「情報戦」だと言って、自分たちのあらゆる情報を企業に提供することでより便利で有益な情報やサービスを利用できると考えていた。パーソナライズされた各サービスはどんどん最適化されて、二人に必要な情報を必要なときに提供するようになる。もはや何が必要かを考える必要すらなくなった。
そんな二人に変化が訪れた。子どもの誕生だ。子どもは未知の存在だった。子どもが生まれてから二人は日々、情報が少ない状態に直面した。子どもは刻々と変化する上、自分たちの子どもに関するデータがまだまだ少なく、サービスが子どもにパーソナライズされるのには時間がかかった。自分たちの子どもに関するあらゆる情報を取得するように心掛けたが、そもそも世界的にも子どもに関するデータの蓄積は大人と比べると格段に少なく、精度の高いサービスが提供されるかどうかも分からなかった。悪戦苦闘して日々を乗り越えて来た二人は次第に子供のことを理解し始めていた。
しかし、ある日、二人は見たことも聞いたこともない現象に遭遇する。子どもが自分たちの似顔絵を描いてくれたのだが、自分たちの似顔絵には顔の真ん中に大きくバッテンマークが描かれていた。最初はそんなこともあるのだろうと考えていたが、子どもが描いた全ての似顔絵にバッテンマークがついていた。たまたまではないと確信して二人は不安になった。これはなんだ。なんでこんなことが起こるのか?
AIが提供する検索サービスで調べたが、有効な情報はなく、AIに考えられる見解を聞いたが、子どものアート的表現であるとか、アニメや漫画のキャラの影響、子どもの拒絶感情の発現などの推測が提示されるのみで、納得のできるものはなかった。ついには病院に行って検査をしてみたが、子どもには特に異常はなく、なぜ似顔絵にバッテンマークがつくのかは分からないという結論だった。
しばらくして、同じような現象が世界各地で起きているということがネットで話題になる。世界中の赤ん坊たちが描いた親の顔に、バッテンマークがつけられるという奇妙な現象が発生していたのだ。中には親の顔以外にもバッテンマークが描かれていることもあった。二人は自分たちの子どもだけではないと知るも、世界中の誰もなぜそれが起きるのかは分かっていないようだった。この奇妙な現象に世界中に不安が広がっていく。いろんな推測がネット上で行き交い、テレビのニュース番組では、先天的な病気ではないかなど、様々な考察がされて仮説が出された。中には、オカルト的なものもあり、「赤ん坊たちには大人には見えない何かが見えているのではないか?」などという話がされた。科学者たちが研究を進め、メディアは連日特集を組むようになる。しかし、誰もその真相にはたどり着けなかった。
ある企業が、ついにその謎を解明するまで——。
「この現象の原因は、我が社の新型ウェアラブルデバイス連動アプリ『ベイビースマート』にありました。」
発表したのは世界的なIT企業の代表だった。彼らが開発したウェラブルデバイスは、コンタクトレンズ型デバイスで、赤ん坊に装着させると『ベイビースマート』を起動させる。このアプリは、他のセンサデバイスと連動して赤ん坊の眼に映る周囲のデータと赤ん坊の生体データとを組み合わせて取得し、赤ん坊の興味や感情などを推定して親のスマホに表示することができるという革新的なアプリであった。
「有料版ではこれに加えて教育用コンテンツなどのAR表示が可能になります。しかし、無料お試し期間が終了すると、デバイスのディスプレイ上に、無料版であることを示すウォーターマークが表示される仕様になっています。つまり、デバイスを装着した赤ん坊の眼にウォーターマークが表示されることになります。おそらく、このウォーターマークは交差するように表示されていたため、赤ん坊たちの描く親の顔にバッテンとして反映されていたのです。」
無料お試し期間が終わると、デバイスのディスプレイに「×」マークが浮かび上がる——それが赤ん坊の視界に映り込んでいたことで、赤ん坊はバッテンマークが重なって見えた顔を親の顔として大量に学習した。その結果、赤ん坊は、親の似顔絵としてバッテンマークがついた親の顔を描いたのだった。
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