アンドロイドは愛を囁かない

絆装甲(さら)

アンドロイドは愛を囁かない

アンドロイドは人間を愛することなんかしない。それはこの街━━━アメリカ合衆国時代はニューヨークと呼ばれ、今では民間軍事会社が支配する"エンジェルシティ"となっている━━━の通説で、実際そうだったはずだが、ケイジはそうは思わなかった。昔は慰安用のアンドロイドだって沢山いたらしいが、今はアンドロイドと性行為をするのは小児性愛と同じくらいエンジェルシティでは禁忌だった。理由なんて誰も知らない。だが、白痴な支配者が定めるそんなルールも、悪党ローグの闊歩するブラックマーケットでは守っている者の方が遥かに少ないと言っていい。ケイジも漏れなくその一人だった。ケイジと女型アンドロイドのティア━━━素体番号TA-174━━━は、仕事での頼れる相棒として、また、パートナーとしてお互い支え合いながら生きてきた。ケイジのことを、ただの人形遊びに傾倒する頭のおかしいやつだと嘲笑するやつは沢山いた。そんな奴らも、ケイジとティアは実力で分からせてきたし、仕事を斡旋する子飼いも口は出してこない。ケイジはお互いに愛し合っていると、ずっと思っていた。



「ほら、これでどうだ?サイクロプス。モーガンの野郎は始末した」


悪党の一人であるケイジはそう言って、バーの冷たい鈍色のテーブルの上に、円盤型の置物を置いた。置物の上部から、青白い立体ホログラムが浮かび上がり、白髪の刈り上げでぼろぼろのスーツを着た男の死体を写し出した。


「いいだろう、よくやった。二百クレジットはこの中だ。何かあったら、また呼び出す」


鼻の上に赤い義眼のあるサイクロプス男がそう言った。ケイジはその男とそこそこ長い付き合いだったが、男の本名すら知らなかった(ケイジはその男を、サイクロプスとシンプルに呼んでいる)。サイクロプスは、テーブルと同じくらい鈍色の、飾り気の無いコインを差し出した。中には言葉通り二百クレジットきっかりだった。クレジットは実体の無い仮想通貨。こんな馬鹿げたコインにわざわざ入れる必要は無いが、積み上げたこのコインの数だけ仕事をこなしたということでもあった。それは信頼出来る腕利きの証だ。ケイジはそのコインを受け取り、くすんだグレーのトレンチコートの右ポケットへ入れると、出入り口の方へつま先を向けた。


「ティア、行こう」


「分かったわ」


雑音の混じった機械音声で、ティアはそう言った。アンドロイド特有の白みまで感じられるケイ素の肌。顔は可愛らしい童顔で、人間の女性だって滅多にいないような美貌を兼ね備えている。


「お幸せに」


サイクロプスがそう言った。


「冷やかしは要らない」


ケイジはそう言って、黄色い控えめな照明の支配するバーから出た。一瞬ヒンディー語で嘲るような声が聞こえた気がした。確かに、柄の悪そうなインド人連中が一画を占拠していた。彼らが売り捌く鶴嘴ピックやハッカー用のデバイスの類は非常に優秀な代物だったが、それででかい顔をする奴をケイジは沢山見てきたし、ハッカーでも無い彼にとっては気に食わなかった。

外は大降りの雨だった。それを見たティアが、無言で黒い折り畳み傘を取り出して、軒先で開いた。ケイジが傘の持ち手を取り上げて、二人でその傘に入りながら、雑多なブラックマーケットの犯罪街を歩き出す。


「あなたの肩が濡れてしまうわ」


傘からはみ出し、自身を優先して濡らさぬようにしているケイジに、ティアが呆れっぽく言った。


「君が濡れるよりましだ」


「わたしはアンドロイドよ?そんなに気を使わずとも、問題無いのに」


「おれが嫌なんだよ」


ケイジがそう言うと、ティアはくすっと笑って諦めたようで、それ以上は傘について何も言わなかった。二人で相合傘をして街を歩く様子はまるで熟練の夫婦のようで、誰が見ても邪魔は出来ないものだった。それでいて歩幅は二人で完璧に合っていて、ペースを崩さない。そのまま二人は、自分たちの安アパートへと歩いていった。ケイジは、仕事を無事に終えて、天候とは対照的にすっきりとして晴れやかな気分だった。


ティアが買い出しでちょっとした遠征に行っている間、ケイジはプラスチックの椅子の上で足を組んで煙草を吸っていた。時々ドラッグ欠乏症になりかけて、覚醒剤を服用した。煙の燻る紙巻き煙草を歯で挟みながら、愛銃のマキシムナイン消音拳銃を指で優しく撫でる。黒く輝き、角張った近代的な見た目のマキシムナインに、ケイジは少しの時間見惚れていた。そして溜息を吐く。

ケイジは、もうこんなことやめにしたかった。銃の引き金を引く、飛び出しナイフで人を刺す。生々しい感触は余裕そうな態度では隠せない。なにより、これ以上危ない橋は渡りたくなかったし、ティアと二人で安全に暮らしたかった。周囲に名が知れてきた最近は特にそうだ。それに、こんな方法でしか金の稼げない自分も嫌だった。おれが本当にしたいこと━━━それは、銃声から離れてティアと二人で暮らすことだ。ずっとそう考えている。まずは、子飼いのサイクロプスにしている借金を全て返済しなければ。そうしたら、そうだ。トーキョーにでも渡ろう。なんのしがらみも無く、誰一人おれたちを知らない街で、時々二人で出掛けたりなんかしたりして、静かに暮らそう。そう思った。眼前のテーブルの上の、鈍器のような円形の灰皿に吸い殻を投げ捨てる。ジャスト。そんなことをしていると、玄関扉の開く音が聞こえた。


「ただいま」


ティアの声。それが耳に入るなり、ケイジはすぐに立ち上がって玄関へ向かった。


その夜は、今までの中でも特に激しかった。ティアの劣情を煽る控えめな肉体は、誰が見ても魅力的だった。主導権は日によって違う。それはお互いに相談して決める訳でもなく、自然と定まっていくものだった。その日はケイジが、ティアに強く求めた。細かい理由などどうでもよかった。ただ、このままの現状への不安、ティアと離れたく無いという、突発的に湧き上がる不安定な感情からで、別にそれは珍しいことではなかった。行為の途中、ティアは幾度ケイジに「愛している」と言っただろう。その言葉を聞くと、ケイジは心のそこから安心するのだった。その「愛している」という言葉も、ケイジはティアの心からの言葉だと信じていた。

行為が終わって、夜とは思えないほど窓から差し込む沢山の光に囲まれた白いシーツの上で、ティアは寝ていた。

ケイジは行為の後、昂ぶった感情が収まると、途端にまた不安になることがある。彼女は、本当に心から、おれに「愛している」と言ったのか。そんな不安だった。演算の結果、おれに最適解な言葉を吐いているだけだったら?そこから先は全く考えたくもなかった。だから時々、ティアが寝静まった後にケイジはこうやって、上裸のままティアの回路を調べるのだった。ティアは、元々違法な慰安用アンドロイドだったものをケイジが引き取って、さらに違法な射撃統制システムを積んだ、違法を重ねた産物だった。回路を調べて何も異常が無ければ、それはティアが本気でケイジを愛しているという歪んだ証拠になった。アンドロイドの感情指数を最大に引き上げたとしても、両者の間には何か壁のようなもの━━━目には見えないが、本質的には絶対に相容れない線引━━━が存在していて、愛を囁くなどということは、前例が無いことだった。それに、慰安用として客に媚びへつらうような機能は全て取り外してもいた。では、ティアに「愛している」と言わせるものは?それが、きっと心というやつだろう。

ケイジは、そんなある意味無邪気な考えを信じていた。愛しいティア。それをケイジは確認すると、安心して自身もティアの隣で眠りについた。


次の日は、ティアが先に起きていた。時計の針の音だけが響くベッドの上で起き、服を着てからダイニングルームへ出て、軽い朝食を済ます。それからいつも通り紙巻きの煙草を吸っていると、テーブルの対岸に座っていた下着姿のティアが口を開いた。


「ねえケイジ。あなた、昨日の夜にわたしの回路を調べてたでしょう?」


その言葉にケイジは無意識に目を大きく開いた。ティアが続ける。


「そんなにわたしのことが信じられない?わたしが、アンドロイドだから?あなたを本気で愛しているって、これが本心だって、アンドロイドは一体どうやって証明すればいいのかしら」


「そんなことはないよ」


「嘘ばっかり。一瞬目を見開いたので分かるわよ。それに、貧乏揺すりが大きくなってる」


ケイジは、逃げられないな、と思った。


「確かに、おれは昨日君を調べたよ。悪かった。安心したかった。君の言葉が本心かどうか、情けないことに、おれは分からなくなるんだ」


「そういうことをされるこっちの身にもなってよ」


ティアはそう言うと、テーブルから乗り出し、ケイジの頬にキスをした。

"愛"とは、一体なんなのだろう。それが何か、誰も教えてくれやしない。厄介なのは、目でも耳でも鼻でも、手で触ったって分からないことだ。いや、それを疑うこと自体、彼女への裏切りになってしまうのかな。人間を愛したことのないケイジにとって、それが何かはっきり理解することは困難だった。言葉で伝えるのか?それとも行動で?自我を解き放たれたアンドロイドは、きっと自分が処理されないためにはなんだってするだろう。ティアもそうなのか?ああ、また疑う。おれの悪い癖だ。そうして考えが一巡して、ケイジは嫌になった。


「疑うのは······おれの悪い癖だ。悪かった。あと千クレジットくらい貯めて、そうしたら、ジャパンに行こう。銃声から離れて二人で静かに暮らそう」


ティアは微笑んで、


「ふふ。そうね」


そうしてグラスに入った液体━━━エンジェルシティで最も安いであろうブランデー━━━を一口飲んだ。

そして異変に気付いたのは、その次の瞬間だった。外から聞こえる自動車のエンジンの停止音が、どんどん集まって来ていた。扉を閉める音、次に足音。複数だった。ティアとケイジの動きが同時に止まった。


「ケイジ······」


「ああ」


短く返事をして、ケイジは立ち上がった。


「モーガンの残党か?取り敢えず、準備する。もうここには帰ってこれないだろう。武器と、必要なものだけ入れて、とっとと逃げるぞ」


「分かってるわよ」


そうやって二人は、ほぼ同時に行動を始めた。


正体不明の戦闘員はそれぞれ手に散弾銃や自動小銃、拳銃を持ってアパートの一階のケイジとティアの住む部屋の前へ、突入の準備をしていた。裏のベランダの方にも人員を展開している。連れてきたハッカーが扉の電子錠に潜り込んで、本来ならばキィが必要なその扉の解錠をしていた。そして、電子錠ロックが赤から緑の表示に変わった。


「開いた」


電子空間から戻ったハッカーの声が、戦闘員たちの脳内スピーカーへ響き渡った。


「行くぞ」


引っ込んで開いた扉から覗く玄関へ、銃を構えて進み出した。次の瞬間、部屋へ飛び込んだ戦闘員の視界を閃光が支配して、轟音とともに玄関が吹き飛んだ。



「引っかかった!」


ティアがそう言うと、ケイジが頷いて即座にベランダへ繋がる窓を破り、外へ飛び出た。裏を押さえていた戦闘員は呆気に囚われていたので、ケイジは素早くマキシムナイン拳銃の引き金を引いた。消音器と一体化したマキシムナインの銃声は、爆発音に隠れて存在しないのと同義だった。外に展開していた四人の内三人の頭をケイジが撃ち抜き、残る一人の胸をティアがドラグノフ狙撃銃で撃ち抜いた。


「こいつら、本当にモーガンの戦闘員か?服装になんだか統一感がある」


「チンピラの恰好なんかいちいち覚えちゃいないわよ。ほら、これ」


ティアはそう言って、戦闘員の死体から奪った自動車の鍵をケイジへ投げた。


「ありがとう。じゃ、逃げるぞ」


「どこまで?」


「さあ」


「そういうとこ」


ティアはそう言ってケイジを指さす。そうしてから二人はさっさと自動車へ乗った。


広大で手のつけられないブラックマーケットの外周部を、二人の乗った車は走った。分厚いウィンドブレーカーを着たティアは、ドラグノフ狙撃銃を抱きかかえるように持ち、うつらうつらとしていた。まだ昼にもなっていない時間帯で、敵が追ってきているのかどうかも分からなかった。ケイジは黙々とアクセルと時々ブレーキを踏んで、ハンドルを決して離さず、他の車と同じようにビルの合間の碁盤のような道路をせっせと進んだ。目的地は、思いつかなかった。ブラックマーケットから離れられればそれでよかった。ビルの合間を縫う数多のモノレール線のさらに上空は、ホバー・カーを誘導するためのガードレールが浮いていて、誘導の灯を放っている。今だけホバー・カーに乗りたいと、ケイジは思った。付近の連中はこんな高級品持っていないだろうから、やすやすと逃げられる。

横目に海の見える、海岸線の幹線道路に差し掛かった。ぎりぎりまでビルやアパートなどの建物がぎゅうぎゅう詰めで、美しく閉塞感があった。ブラックマーケットの範囲も終わりに近づいてきた時だった。急に車のボンネットの上に、質量の大きい、黒い塊が落ちて来た。車は急停止して、ティアとケイジはそれぞれ頭と腹を強打した。


「痛ってえ······」


「今度は何······?」


二人は苦しそうな声を上げた。フロントガラスを見ると、ボンネットが盛り上がり、中心は見るも無残に潰れてへこんでいた。そしてその上に立っていた、黒い塊は、人だった。全身改造人間で、黒いジャケットを着ている。唯一の肌色の頭部さえ、下顎がサイボーグになっている。ティアが二人分はあろうかという体躯の男。ケイジはそいつに見覚えがあった。


「ブッチャー!」


そう叫ぶと、そいつはにやりと笑った。


「ティア、降りろ!」


そう叫ぶと、二人はすぐに車の扉を蹴って外に転がり出た。ケイジの体感で一秒も無い、次の瞬間、運転席と助手席は弾丸の嵐に包まれた。ブッチャーの両手に持っていた短機関銃だった。ケイジはホルスターからマキシムナインを取り出す。


「"肉屋"ブッチャーか。おれたちと同じ、サイクロプスのとこの悪党ローグだったよな。お前、おれたちになんの用だ」


空になった両腕の短機関銃の弾倉を同時に落とし、ブッチャーは答える。


「モーガンの後処理だ。あいつに忠誠を誓うやり手の悪党は多かったからな。お前は口封じだ」


「おれがそうやすやすと喋るわけないだろ」


「どっちみちお前は用済みなんだよ。全員、気味悪がってる。人形遊びはおしまいの時間だ」


ブッチャーはそう言ってティアを一瞥した。ケイジの心にふつふつと怒りが湧き上がってきた。それは地雷から足を離すようにすぐに爆発して、ケイジはマキシムナイン拳銃の引き金を幾度も引いた。しかし、全員義体のブッチャーには豆鉄砲も同然だった。ティアもドラグノフ狙撃銃を胸へ撃ったが、鋭い音を立てるだけだった。


「無駄だ。五十口径の徹甲弾でも無い限り、おれの体は貫けん」


ブッチャーは車のボンネットに乗ったまま、その姿をぼんやりとさせ瞬く間に消えた。


「クロークの補助ユニットか」


「何も見えないわ」


ティアとケイジは周囲を首がもげそうなほど見渡した。道路の真ん中だが、不思議なことに車通りは全くなかった。右側の絶え間ない群青から、コンクリートに体を打ち付ける海の波の音が絶え間なく聞こえた。逃避か否か、いい眺めだと、ケイジは思った。

突然、瞬間的な灼熱と、爆発的な痛みがケイジの脇腹を襲った。短機関銃の九ミリ弾だった。視界の端にマズルフラッシュが見えた気がして、その方向へ撃ちまくった。弾倉が空になる。


「うああ、くそっ!」


血でべたつく脇腹を触り、ケイジはやけになって叫んだ。


「ケイジ!大丈夫!?」


深刻な顔をするティアの顔が見えた。ケイジがその顔を見たのは、初めてだった。そして瞬く間に、今度はティアが苦しそうな声を上げる━━━ちくしょう。あの野郎、ティアまで撃ちやがった。それに傷が大きい。喉の奥から血が逆流してくるようだ。弾丸は、多分まだ体内にある。ちくしょう。あいつ、多分拡張弾頭を撃ってきやがったんだ。

頭が鈍くなっていくのが、ケイジには感じられた。ブッチャーが、今度は車の屋根の上へ姿を現した。両腕に持った短機関銃の先をそれぞれ反対側の二人へ向けて。


「終わりだ」


引き金に手を掛ける。ケイジは全身に力を入れた。脇腹からいっそう激しく血が噴き出る。だが前に転がって、銃弾の嵐を避けられた。

ティアは、さっきの屋根からの銃撃で足を破壊されていた。彼女の最期の瞬間がケイジの目に映り込んだ。顔いっぱいに銃弾を浴びて、白い人工血液を撒き散らす瞬間を。呆気ないの一言で表現出来る。ケイジは目を大きく見開いた。瞳孔が小さくなる。すかさず弾倉を取り換え、ブッチャーへ撃った。ブッチャーはそれをものともせず、舌打ちをしてからまた消えた。ケイジはすぐにティアへ駆け寄った。


「ああ······」


顔は、もはや素体識別さえ出来ないほどに破壊され、白い血まみれで横たわっていた。ティアのものだったドラグノフ狙撃銃を手に取る。口径は七・六二ミリで、確か彼女は徹甲弾を装備していたはず。ブッチャーのむき出しの頭へ撃ち込めば、充分に効果はあるだろう。銃を構える。足元へ、銃弾が一発飛んできた。ブッチャーの野郎、きっとおれをおちょくってるんだ。ティアを失った悲しみと、怒りと憎しみ、その他形容し難い数多の感情でぐちゃぐちゃになりながらも、ケイジは冷静だった。

弾の飛んできた方向を向いて、はっと目を見開く。そして深呼吸して、引き金を引いた。同時に、ケイジの頬を弾が掠めた。何もなかったはずの空間から、赤い血が噴き出し、巨大な体躯のブッチャーが、前のめりになって倒れた。


「ティアの白い血が、お前に飛んで、クローク中でも位置が分かった、このくそ野郎」


そう言ってブッチャーの死体へ唾を吐いた。そうしてから、再びティアの傍へ駆け寄った。空はタイミングを見計らったかのように曇り出し、次に雨が降り出した。ケイジは、ティアの潰れた頬へ手をやる。頃は、無機質な温かさがあったが、今はそれすらなかった。


「そうだ」


ケイジは思い立ったように立ち上がり、車から傘を取り出し、広げてティアの死体へ差し出した。自身もその中へ入る。ケイジは思い返した━━━思えば、おれとティアの出会った日もこんな雨だった。路上で蹲っていたティアにおれが傘を差し出したんだ。ティアの「愛している」という言葉。あれが嘘か真か、もうおれにも分からない。おれは、本気で一人の女性と恋をしたのか、それとも人形遊びをしていただけなのか。確かなのは、おれがティアを一人の女性として愛していたことだけだ。


ケイジはトレンチコートのポケットからくしゃくしゃの紙巻き煙草を一本発見すると、路上で傘を広げたまま、火を付けた。

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