第27話 時の神の言葉

 右側の壁に浮かんできた、時の神のボヤキの様な謎の言葉を、勇者とルキヤが拾い上げて行く。ヨルがそれをメモって、時の神の思考を読み解こうとしていた。

「この・・・・く?に~~は、あぶ・・・あぶない?」

「この国は、危ない・・・と。」

「すべては・・・あ・・・のひか・・・ら」

「すべては、あの日から始まった・・・と。」

 んん?

 何か、凄い事言っていないか?

「もう・・・す・・ぐや・・つが・・・くる・・・」

「もうすぐヤツが来るから、逃げろ・・・と。」

「やつ・・・・の・・・な・・・・は・・げる・・・ど・・・りす・・・ぐ・・・」

「ヤツの名は、ゲルドリス・グァロウ。」

 何やら、新たな脅威が今、この世界を席巻しているから逃げろ!と言う話らしい。しかもその脅威の名は、『ゲルドリス・グァロウ』と言うらしかった。

「何だ?ソイツ、オレは初耳なんだよな~。

「実はボクもだ。結構ユリサルート王国史は勉強してるつもりだったんだけど。」

「当然オイラも知らないっす!」

 ルキヤ達は、今目の前の青い壁に浮かんだ時の神の思考?呟き?を読んで、知らぬ誰かの名前を目にしていた。しかもその名の者は危険なので、早く逃げろと時の神は言うのだ。

「逃げろと言われてもな、俺達はどちらかと言うと逃げちゃいけない側の人間だからな、簡単に時の神の言い分を飲むわけには行かないんだ。」

 勇者が壁に向かってそう言うと、また新しい文言が浮かび上がった。

「お・・・まえ・・・・のはい・・・ごにい・・・る・・・もの・・・か・・・らに・・・げろ」

「お前の背後に居る者から逃げろ。え?勇者の背後?」

 メモを取っていたヨルが勇者のすぐ後ろに居る人の方を向くと、そこには神官が立っていた。

「神官様?」

 ヨルはその時見た神官は、今までに見た事の無い顔をしていた。

「どうした?ヨル君・・・」

 勇者が振り向くのと、神官が勇者に向かって攻撃してきたのはほぼ同時だった。しかし先に神官の異変に気付いていたヨルが、短剣を神官に向かって投げたおかげで、神官の攻撃が勇者に当たる事は無かったが。

 バババッ!

 カキィ~~ン!!

 神官の服が空気を含んで翻る音と、ヨルが放った短剣が地面に落ちる音がして、目の前の青い壁の文字に夢中になっていた面々が一斉に振り向いた。振り向いた先では、勇者とヨルが神官と交戦している光景が、皆の視界に入った。

「なっと!?」

 ルキヤが驚いて声を上げると、神官は今度はルキヤに向かって攻撃を繰り出す。神官の武器は錫杖で、先端に付いている鋭利なトゲが一番攻撃力が高そうだった。

「発現せよ!このわたくしにひれ伏す鋼鉄の覇者!私の目の前の敵に、地底の熱により溶かされし灼熱の鉄の雨を降らさん!!」

 メレルが、ルキヤに向かって必殺の一撃を繰り出そうとしている神官に向かって、超高度難易度魔法の『灼熱の業鉄火ごうてっか』を放った。

 メレルのロッドの先から展開されたその魔法は、神官の頭上から数千度の熱で溶かされた液体の鋼鉄の雨が降り注ぐと言う禁書魔法の一つで、今の時代では外道魔法とも呼ばれて使用制限がかけられている超特級の攻撃魔法だった。

「ぐあぁぁぁあああ~~!!!」

 神官は、この世の者とは思えない悲鳴を上げて苦しむも、

「見て!勇者!鋼鉄の雨が当たった皮膚が再生してる!!」

 ルキヤが神官の傷口が広がるどころかふさがり続けているのを見て、驚愕する。

「アカン・・・これは急いで逃げないと!!」

 神官の様子を観察していたセイルが、ルキヤと勇者にかなりヤバイ旨を視線だけで訴えた。

 その空気を読んだルキヤは、

「皆!この間の扉の間から逃げるよ!!道はオレが覚えてる!!付いてきて!」

 メレルの魔法を直撃して瀕死の状態になっている神官?の様な敵が、再生を完了して襲い掛かって来る前に、ルキヤ達はこの場から完全に逃げ切る必要があった。

「分かった!アキラ、遅れるなよ!」

「おちゃのこ~さいさいのすけ!!」

 こんな時でもダジャレ?を言う余裕があるアキラに感服したヨルだったが、それより後方で遅れているメレルの姿が目に入った。

「メレルさん!!」

 ヨルが声をかけると、

「しまった!メレルは高度な魔法を使って疲弊していたんだ!」

 勇者は焦りながら思い出して引き返し、メレルを小脇に抱えてルキヤ達に合流する。

「急いで・・・アイツの再生能力、今まで私が見た・・・魔物の中でも最強・・・」

 勇者に抱えられたメレルは、神官だった魔物?の再生能力の事を告げると、そのまま意識を失った。

「分かった、メレル!ありがとう!!」

 意識を失って身体の力が抜けたメレルに、勇者は感謝の意を告げた。


「皆!こっちだ!!さっきの道を引き返して、最初の三叉路に戻って・・・」

 ルキヤが先頭に立って、青い星の石の輝く洞窟を進む。祭壇の間から一旦洞窟の出発点近くの最初の三叉路に戻ると、

「さぁ、まず右の道を進みます!!しばらく行ったら二手に分かれるので、その道は左!」

「うんうん、ボクも覚えてる。」

「覚えてる者が2人も居るなら安泰だな!」

 勇者は、ルキヤとヨルの2人が先頭に立ったのを見て、少し安心していた。

「アタシも・・・と言いたい所だったけど、完全に忘れてた!」

「オイラは~・・・」

 アキラはテヘっ!と笑いながら、一番後方から付いてきていた。

「へぇえ~、なるほどね。アンタ何にも考えて無い様で実は、結構皆の事心配してるのね?」

 皆の一番後方から付いて来ると言う事は、敵が追いかけて来た時に対戦する言わば殿しんがりを自ら努めようとしているのだと、セイルは気付いたのだった。

「皆には、内緒だぞ!」

 アキラは口に手を当てて、セイルに口止めした。

 後方のそんなやりとりに気付く事無く、ルキヤとヨルは前に一度使った扉の間に着いた。後方から、勇者とセイルとルキヤも続いて到着する。

「ここが、扉の間。俺は実はこの神殿の扉の間は、利用したことが無いんだ。」

 勇者は、ルキヤが想像もしていなかった言葉を言った。勇者は結構この扉から長距離移動して各地に行っていたと思っていたので、予想外な言葉だったのは間違い無かった。

「昔はさ、コイツ・・・メレルの使う高度な長距離移動魔法があってさ、移動にはあんまり困る事が無くてね。」

 勇者はそう言うと、今は普通に眠っている様な状態のメレルの、縦巻きロールの黒髪を撫でた。

「へぇ~、そうだったんですね。」

 ヨルがまた、うんうんと言いながら勇者の話を聞いていたが。

「アンタ達!急ぎなさいよ!!神官だったっぽい魔物の気配が強くなってるわよ!!」

 セイルが、かなり焦った様子でルキヤを急かした。

「そうだ!皆!!これからどうする?ヴァイラーナムの街にいったん戻る?それともキルキス村に行ってみる?」

 ルキヤは、勇者とヨルとアキラ、そしてセイルに究極の選択を迫った。

 迫ったが、時間の猶予など無かったので、ルキヤは自分の考えを提案した。

「オレは、この左側の扉を通って神殿の入り口に近い所に出た後、キルキス村に行こうと思ってる。そして、キルキス村の役場であの2000年史を見せてもらうんだ!」

 2000年史!!

 セイルが、先日見たかった凄い本である。

 部長クラスの人が居ないと開けないと言っていた、超重量級の記録本だと言う。

「それを見れば、もしかしたら時の神とか今襲い来る強大な敵の正体が分かるかも知れない!」

 ルキヤは言い終わると、仲間たちの目を一人一人見た。

 時間が無い中では、明確な目的を持つ者の意見に従った方が命を無駄にするリスクを減らせると言う、戦場でのおきてを目の当たりにしてきた勇者は、

「分かった。これからの判断はルキヤ君に任せる!!」

 これからの判断、これからの行動指針は、ルキヤが決める。それは、この仲間たちの中のリーダーがルキヤに決定した瞬間だった。

「じゃ、行くぞ皆!」

 ルキヤは、入り口を背にして左側の壁の一番奥の、青い扉を開けると、一歩足を踏み入れた。仲間達も、ルキヤに続いて扉の中に入って行った。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る