呪術学園幻想録

もりぞー

それぞれの願い

第1話  力に目覚めた日 その1

 5月のある日、深夜の池袋のビルの裏に、あわただしく動く人影が複数あった。


 白い派手なスーツを着た金髪の男が、冷静な表情で指示を出している。


「封鎖までどのくらいかかる?」


 黒いスーツを着こんだ男がすかさず答えた。


「瀬尾管理官、あと10分ほどですが、民間人の生存者が数名残っているようです」


 白スーツの男――瀬尾は、短く思案したあと、視線を横に送った。


「わかった。先守は封鎖結界の準備を頼む。九條、チームの準備はできているな」


 その問いに答えたのは、長髪を束ね、白い制服を纏った男子高校生だった。周囲の張り詰めた空気とは対照的に、飄々としたその様子は、どこか余裕すら感じさせる。


「もちろんですよ瀬尾先生、東京学園退魔班五名、準備は既に完了しています」


「嫌な胸騒ぎがする。まだ異界化こそしていないが、状況が不自然だ。慎重かつ早急に突入して民間人を救出してこい」


 いつも通りの矛盾した指示に、九條は肩をすくめて苦笑して返す。


「慎重なのと早急、どちらなんですか?」


「お前らならどっちもでいけるってことだ。ほらっ、無駄口たたいてないで、さっさと行ってこい」


 瀬尾が行けとばかりに軽く手を振ると、九條は振り返ってチームの面々に問いかけた。


「という無茶ぶりが来ているが、いけるなお前ら?」


 その問いかけには、同じ白い制服を着た四人の高校生たちが、ほぼ同時に応じた。


「了解、九條先輩」「行きましょう、九條隊長」「わかったわ、兄さん」「もちろん、準備万端よ!」


「よし、時間との勝負だ。散らばって対処するぞ」


 それぞれが短い応答を交わしたあと、五人は暗闇に包まれたビルに向かって駆け出していった。


________________________________________



 天之勇馬は、ビルの一室の隅で膝を抱えていた。


「なんでこんなことに……」


 呟きながら、冷たくざらついた床に触れる指先が震えている。


 両親の病院帰り、軽い寄り道のつもりで近くのビルに立ち寄った矢先だった。


 空気が突然重く感じられ、視界の隅で揺れるような違和感。それを感じた次の瞬間、視界が暗転し、耳鳴りと共に冷たい空気が漂い始めた。


(おかしい……なんだ、この感じは……)


 心臓の鼓動が耳に響く。胸の中で渦巻く恐怖と後悔に、冷たい汗が背中を伝う。


 突然、部屋の空気が震えた。


「……ッ」


 扉が鈍い音を立てて破られる。そこに現れたのは、異形の怪物だった。


 巨大な一つ目の中央から、異様に長い手足が生えている。皮膚はまるでひび割れた陶器のように白く、その目は勇馬を嘲笑うようにくるくると回転していた。


「う、うわあああ!」


 勇馬は恐怖に駆られ、本能的に部屋の反対側にある扉へと走り出した。


 しかし、逃げた先のエレベーター前にも同じ化け物が待ち構えていた。


「嘘だろ……なんなんだよ、この化け物は……」


 背後から迫る怪物の気配に、勇馬の足は竦み、立ちすくんでしまう。


 やがて一つ目の中心が割れるように開き、中から鋭い牙がびっしりと並んだ口が覗いた。


(……もう、だめだ)


 絶望に飲み込まれかけて目をつむったその瞬間――


「いけぇぇぇええええええええっ!!」


 エレベーター横の扉が激しい音を立てて蹴破られた。


 閃光のように現れたのは、白い制服に棒状の武器を持つ少女。


 彼女は人間離れをしたその勢いのままに突進し、棒状の武器で薙ぎ払って怪物を殴り飛ばした。


「っ……!」


 あまりの衝撃的な出来事の連続に、勇馬は力なく床に座り込む。


 その少女は軽やかなステップを踏みつつ器用に棒を回しながら、もう一体の怪物と対峙しつつ勇馬に声をかけてきた。


「大丈夫あなた? ちゃんと生きてるね!」


 柔らかく、それでいて凛とした声が響く。


「あ……ありが、後ろ!」


 勇馬の叫びに反応するように、倒されたはずの怪物が再び起き上がり、少女に飛びかかろうとしていた。


 だが、少女は微動だにせず、静かに呟いた。


「結界一式――」


 青白い光が彼女の周囲に広がると同時に、化け物は見えない壁に弾かれ、吹き飛んだ。


「光ってる……?」


 驚愕する勇馬の漏れ出た声に、少女は驚いたように振り返った。


「え、見えてるの? この結界の光が?」


「あ、ああ……なんか光って見えてる……」


 その言葉に、少女はぱっと表情を明るくした。


「うそ! こんなところでお仲間発見できるなんて!」


「仲間……?」


「そう! ウチは東京学園退魔班の七草茜。そしてあなたも、その光と化け物が見えてるってことは、ウチらの仲間になれる素質があるってことなの!」

 

 そう説明しているさなかに起き上がってきた化け物を棒で薙ぎ払い、とどめを刺していく。


 茶色がかったミディアムヘアが、戦闘の中でもどこか爽やかに揺れている。


 鮮やかな手さばきで怪物を倒し終えた彼女はくるっと振り返るとこちらに歩いてきた。


 そして、明るく微笑みながら勇馬にハイっと優しく手を差し伸べてくる。


「ほら、大丈夫? 立てる?」


 その眩しい笑顔に目を奪われながら、勇馬は誘われるがままに差し出された彼女の手を握る。


 これが、俺と七草茜、そして呪術との出会いである。


 その瞬間から勇馬の運命は静かに、しかし大きく変わり始めたのだった。

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