私は少女を拾った

Gonbei2313

第1話 出会い



 ヒデアキは何度も読んだ本を置いた。



 客足が遠のいている店を営業する事になんの意味があるのか。店主たるヒデアキ本人にもわからない。



 時折、ヒデアキはそんな疑問を抱くがそれに意味が無い事はわかっている。



 ベタ集落。巨大なゴミ捨て場。そこで店をやっている事がそもそもおかしい。



 一応「雑貨屋。ヒデアキ」の看板を表に出してはいる。しかし、それだけともいえた。そこしか店らしい要素が無い。一見して店だと気づく人は少数派だろう。



 ただのボロ小屋。少し大きいだけの古い家屋。そうとしか見えない。関心そのものを向ける人がいない。ヒデアキはそう思っているし、正しい評価だと思えた。



 無音。無意味な時間。それがヒデアキの頭上を通りすぎて消えていく。



 不意に、店の扉が開いた。久しぶりの来客か。ヒデアキは苦笑した。



「いらっしゃいませ」



 ヒデアキは静かにいった。



 客はこの辺りではまず見かけない類の人だった。



 まず、清潔感がある。そして、エルフという種族。ベタ集落の事はある程度、ヒデアキは把握している。ここの住民ではなさそうだった。



 年齢はわからないが、外見は少女ぐらいだとヒデアキは思った。ただし、長い時を生きる種族が相手だ。見た目だけで判断するのは、早計だろう。



「えっと……」



 エルフの少女が困惑した顔でヒデアキを見ていた。



 その反応も無理はなかった。



 ヒデアキは金属の仮面で顔を覆っている。目と口の部分がくりぬかれているだけだ。酷く不気味な印象を人に与える。



 何より、不穏な気配を全く隠していないのも問題だった。異様である。



「どういったご用件でしょうか?」



 丁寧な物腰でヒデアキはたずねる。しかし、見た目に反したその言動は不気味さを際立たせる。



「その」



 明らかに少女は気圧されている。



「……ふむ。少々、慌ただしい客人が来るようです。奥へ隠れていなさい」



「え?」



「追われているのでしょう。ここでは珍しくありません……流石にここに居られては隠し通せません。お店の奥へ」



 冷静な態度を崩すことなく、ヒデアキは少女へいった。



 ヒデアキは自身の住居兼店の周囲。その様子がある程度はわかる。彼の魔法である。怪しい気配に反応するように仕込んでいる。



「あ……はい」



「ご安心ください。隠し事は得意ですからね」



 少女は困惑しながらも店の奥へと消える。ヒデアキはその気配を背中で感じつつ、店の入り口を見つめていた。



 扉が開く。少々、乱暴だった。



 入ってきたのはエルフの男2人だった。弓と剣を携えている。見るからにエルフの戦士といった風体だった。



「いらっしゃいませ。雑貨屋へようこそ」



 ヒデアキは快活な声でいった。



 しかし、エルフ2人は険しい顔のままだ。何かを探すような素振りを見せ、ヒデアキに近づく。



「ここにエルフの少女が来たはずだ。こたえろ」



 高圧的な態度。それを体現したような声だった。



「得体が知れなかったので、追い払いましたよ。ここではそれが普通です。エルフの旦那」



 ヒデアキは小さく笑う。その態度を見て、2人は薄気味悪そうにしていた。



「人はよくわからん生き物だ。そんな珍妙な恰好をして、何がしたいのだ?」



「無意味なものにも、意味を見出す。それが人ですよ」



「意味のわからん男だ。自分を賢いと思ってる。そんな類の人だ。一番、嫌いな類だ」



「そうですか。まあ、好き嫌いはあって当然ですね」



 ヒデアキは愉快そうに笑う。



「おい。あまり真に受けて相手をするな。こういうのは適当に相手をしておけ」



 片割れのエルフの男が鋭く注意した。ヒデアキの前で不機嫌そうにしていた男がうなずく。



「人の土地の勝手は知らないご様子。良ければ案内しましょうか?」



 ヒデアキはいった。



「いらん。本当に知らないのだろうな? 知っていて黙っているなら、ただではすまぬぞ」



「知りません。神に誓いましょう」



「……良いだろう。さらばだ」



 エルフの2人は店を足早に出て行った。ヒデアキはしばらく、その気配に注意を傾けていた。



 十分、離れた。そうヒデアキは判断し、店の奥へと入った。ヒデアキの生活空間だ。リビングにあたる部屋に、少女は居た。



「もう大丈夫ですよ」



 優しくヒデアキは声をかける。



「あ、ありがと……助かったわ」



 安心したのか、少女のそのままの性格が表に出ているようだった。



「お安いご用です。人は助け合ってこそです」



 ヒデアキは楽しそうに笑った。無機質な仮面が揺れる。不気味である。



「あの……」



 少女が何かをいいたげにヒデアキを見つめる。



「ヒデアキです。よろしくお願いします」



 丁寧に挨拶してヒデアキは頭を下げた。



「ジャスミン。よろしく……」



 少女、ジャスミンはまだヒデアキに圧倒されている態度だった。



「ご丁寧にありがとうございます」



 ヒデアキはそういって、ジャスミンの出方を伺った。



 どういった事情があるのか。今後どうするつもりなのか。何もわからない。そのため、様子を見る事にヒデアキは決めた。



「これからどうしよう……」



 しばらくしてジャスミンがつぶやいた。どうすれば良いのか。路頭に迷っている。そうヒデアキには見えた。



 過去の自身。右も左もわからなかった自分と重ねて、ヒデアキはジャスミンを見ていた。路頭に迷うのは、寂しく寒い。



「少しの間、ここで従業員として働きませんか?」



 提案。ヒデアキは内心、断れると思っていた。自分が怪しい人の自覚はある。断られたら、都までの移動を手配しようと考えていた。



 幸い、知り合いは多い方だった。






「お願いするわ……いえ、お願いします。」






 意外な言葉にヒデアキは固まった。正気か? とヒデアキは思いすらした。



「本気ですか?」



 驚いた声がヒデアキの口から出る。



「本気です」



 ジャスミンがうなずく。その目に、迷いはない。



 これがヒデアキとジャスミンの出会いだった。



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