the nature

日陰このは PLEC所属

序章 メルウラヌスの怒り

 この大地には、力強い雑草が足をつけている。それは、大地の神メルウラヌスから力を与えてもらおうとしているようだった。


地面に足をつける全ての生き物はメルウラヌスによって守られている。


しかし、メルウラヌスを怒らせると、地面を揺らして、人々に恐怖と悲しみを与える。


「だから、絶対に怒らせちゃいけないよ」


幼い頃に聞いた祖母の声を思い出した。下を見ると、雑草が地に足をつけ、天に向かって伸びていた。


「ガレ、何してるの?」


ふと横を見ると、アリシアが隣にいた。いつも通りの湖のような水色のスカートを身に着けている。


「考え事をしてただけ」


「おばあちゃんの言葉?」


「なぜわかる?」


「いつもそうだから」


アリシアは顔に笑顔を浮かべた。アリシアの笑顔は心の奥底まで澄み渡っていった。


第3次世界大戦の時に父親が戦死、祖母の家に疎開したものの、母親は病気でまもなく死んだ。


残された俺を、祖母は根気強く育ててくれたが、9歳の時に祖母が歳で他界。


その後はこのアレクトル孤児院で日々を過ごしている。この孤児院にやってきて、最初の日、一番最初に声をかけてくれたのはアリシアだった。


その時から、俺はアリシアの事を親友、いや、それ以上の存在だと認識していた。


「ところでアリシア、この前のテストの結果、今日分かるな」


「負けないよ!」


「バカがよく言えるよ」


「うるさいなぁ。食堂行くよ!」


ここは山奥で学校なんてものはない。


だから、この孤児院に先生を呼んで、授業を受けていた。今日7時半になると、食堂にて、朝食中に最高成績の子が表彰を受ける。


俺は頭が良い方だったので、何度か表彰されていた。



 食堂は、強い光を放つ蝋燭を乗せたシャンデリアで彩られていた。


俺は3つあるうちの真ん中の長机の横にある椅子に腰掛けた。すると、アリシアは、俺に向かい合って座った。


アリシアは、食堂の正面を指差して言った。

「院長だ。もうすぐ始まる」


「静かに!」


院長のコルペリス・アレクトルは、小さな眼鏡から俺達を覗き込んでいった。


「皆、ありがとう」


そう言うと院長は咳払いをして、銀色に光る髭をさすりながら言った。


「テストご苦労だった。では3日前のテストの最高成績の子を発表する」


食堂全体が期待の沈黙に包まれた。


「482点!ガレス・エルドルス・ガレヌール!」


食堂を拍手が埋め尽くした。


「ガレ!アンタだよ!」


「分かってるって」


アリシアは無理やり俺の背中を押した。俺はその勢いに体勢を崩しながらも、院長の前に立った。


その時、怒りが下りた。


「グラグラグラグラ…」


不気味な音と共に、地面が揺れた。


「皆の者、落ち着いて!」


院長がそう言ったものの、揺れはどんどん大きくなっていった。


やがて、1つのシャンデリアの天井に繋がっている部分がポキッと折れた。それは、アリシアの頭に向かって落ちていった。


「アリシア!」


アリシアは、長机の下に必死で隠れているが、長机が左右に動いて、うまく固定ができない。


ぐんぐんとアリシアに迫ってくるシャンデリアを見て、俺は飛び出した。


しかし、俺の手は届かず、シャンデリアはアリシアの頭に直撃した。


ガラスの破片が飛び散った。それがアリシアの頭に刺さった。俺はアリシアに向かって手を伸ばしたが、地面が俺とアリシアを引き離した。


「ガレ!待って!」


その声が、アリシアの最後の声になった。そのままアリシアに大きなガラスの破片が完全に頭に刺さったのだ。


頭から大量の血を流したアリシアは、最早生きる事すら難しいだろう。


俺は、その揺れに揺られて院長にぶつかった。院長はその勢いで、非常ドアにぶつかった。


「ウゥァガ!」


非常ドアは壊れて、俺と院長は外に出た。


もう一度、大きな揺れが俺たちを襲った。その時、孤児院は横に潰れた。


中にいた人達は皆下敷きになった。揺れが収まった。


「皆は?」


院長は首を横に振った。その悲しそうな顔は、6年この孤児院にお世話になってきて、始めて見る顔だった。


「あれは助からんよ。この孤児院1の頭脳を持つ君なら分かるだろう」


確かにあれだけ潰されたら助からない。頭では分かっていても、それを受け入れることはできなかった。俺はひたすらに泣き尽くした。



 3時間はたっただろうか。その後も少し時間をおいて、落ち着いてから言った。


「院長、あれは大地の神メルウラヌスの怒りなんですよね」


院長は静かに、しかし耳の奥まで響く声で言った。


「この世界に、神なんぞいないぞ。それは人々が作り出した心のよりどころだよ」


「じゃあ、神様じゃないのなら、何の仕業なんですか?」


「自然だ。自然は雨を作り、光を放つ。時には、地を揺らして、炎を巻き上げて、波を起こす」


俺は混乱した。


「俺が小さい頃は神の力だと母から聞いたのですが」


「宗教という特定の神を信じる団体に君のお母さんが入っていたんだろう。

人間の力ではどうしようもないことを、人々は、神として理由づけ、それを崇め、自分に悪い事が起きませぬようにと祈る」


「じゃあ、メルウラヌスは、自然の力を神に例えたもの?」


「そういうことだ。さすが、話が早いな」


「自然って、どんなものなんですか?」


「私にも、はっきりとはわからん。ただ、自然は私達人間の手には入り切らない、巨大な力を持っている。

そして、その私達にどうすることもできない自然に対して様々なことを考えている人間がいる。

沢山の人に沢山話を聞けば、時には、面白いことが聞けるだろう」


自然とは何なのか。それは今、ガレスにとって一番魅力的なものであった。ここで自然を信じるならば、大地の神メルウラヌスを裏切ることになる。それでも、俺は自然を信じる決断をした。


「この世界には、沢山の人がいる。そして、それぞれが考えを持っている、か。

院長、俺は自然とは何かを求めて、旅をします」


「そうか。頑張ってくれ。応援しているぞ。まず、この山を下ると、少し大きな村がある。

そこに向かって、行ってみるといい。半日で到着することができるぞ」


「ありがとう。行ってみます」


俺は立ち上がった。すると、院長は後ろから言った。


「右を見てみろ」


そこには崩れた孤児院があった。


「何か言ってみたらどうだい?」


院長に言われた瞬間、3時間前の楽しい会話が頭をよぎった。


頬に涙が伝った。俺はその場で膝から崩れ落ちた。


アリシアのあの笑顔。孤児院の仲間たちの無邪気な声。綺麗な内装と、それをさらに美しく彩るシャンデリア。その全てが頭の中にフラッシュバックしてきた。


もう一度見ることはできない。もう皆に会うことはできない。それが何よりもつらかった。俺は孤児院とつぶされた仲間たちを思っていった。


「アレクトル孤児院とその仲間達に言う、今までありがとう」


涙が溢れ出してきた。ひたすら泣き喚いた。


しかし、それで変わるような世界ではないことも分かっていた。だから、最後に一つだけ言い残したことを言った。


「アリシア、愛してる」


俺は後ろを向いた。これ以上、孤児院を見ることはできなかった。

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