第20話 ヘイマス対地球

     20 ヘイマス対地球


 ヘイマス・ベインと一対一にもち込んだ――私。


 彼女は私を眺めてから、首を傾げた。


「確かに、人間じゃありませんね。

 けど、私達と同レベルの存在でもない。

 ぶっちゃけ、その程度の力しか持たない者は、この戦場にいられません。

 無駄に命を捨てる事になるだけです」

 

 袴を穿いている和装の少女は、無表情のままそう断言する。

 それでも彼女は私に興味を持ったのか、もう一度首を傾げた。


「だと言うのに私から逃げ出さないあなたは、一体何者? 

 これから私に殺されるしかないあなたは、一体何を考えている?」


 ヘイマスの問いに、私はこう答える事にした。


「私は――只の地球よ。

 天の川銀河に属する太陽系第三惑星である、地球。

 ええ。

 銀河の外れに存在している時点で、田舎者の誹りは免れないかも」


「――地球?」


 今まで無表情だったヘイマスが、初めて感情を動かす。

 彼女は僅かな驚きと共に、質問を重ねた。


「いえ、でも、この世界の地球がこれほど健全な訳がない。

 と言う事は、あなたは私達の浸食を受けている側の地球ですね? 

 あなたは私達を追い払う為に、擬人化したとでも言うのですか?」


 厳密に言うとその答えはノーだが、私はヘイマスに話を合わせる。


「うん。

 まあ、今は似たような感じね。

 いえ、私からも質問しておきましょうか。

 あなた達タカ派は、何故そこまで地球に拘るの? 

 地球って、そんなに価値がある?」


「………」


 ヘイマスは僅かなあいだ黙然としてから、口を開く。


「ええ。

 地球とは――確かに奇跡の星です。

 私の力は仙人に属するのですが、宇宙に触れた時それがよく分かりました。

 生命体を育める惑星は、かなり多く存在する。

 でもそれが知性体となると、その数は激減するのです。

 三百万個ほどしかなく、地球はその内の一つです。

 この宇宙には銀河が数兆個ほどもあるのに、知性体の数は絶対的に少ない。

 それ程の奇跡を起こした地球であるなら――最早信仰の対象にしてもおかしくはないでしょ?」


「………」

 信仰の対象。

 この地球が〝超人種〟に崇められていると言うのか?


 人を越えた存在が、そこまで地球に執着する? 

 正直言えば、私の方こそ〝超人種〟に敬意を抱いていた。


「そうね。

 あなた達は、人では絶対に乗り越えられない運命を覆してきた。

 人の身でありながら、人を縛り付けている宿命から脱したの。

 それは只の人にとっては、羨望に値する偉業よ。

 この世界の住人は、只の人間では決して出来なかった事を可能にした。

 本来ならその時点で、こちら側の人類は敗北しているのでしょう」


 私は本音を漏らしつつ、それでもまなじりを決する。

 未だに力不足だと痛感しながら、私は今こそ気迫を込めた。


「でも、私の相棒は只の人でありながら、絶対に負けを認めない強情っ張りなの。

 今もあなた達に勝つ為、この戦場に身を置いている。

 例えあなた達が私を信仰してくれたとしても、私は彼女の為だけに勝たなければならない。

 それが、この星の意志。

 地球と言うちっぽけで、知性を育むしか能がない惑星の答えよ」


「………」


 と、ヘイマスは大きく息を吐き、最後にこう謳う。


「いえ、そこら辺は心配いりません。

 私達が信仰しているのは、飽くまで私達の世界の地球です。

 私達に裏切られながらも、まだ辛うじて私達を許容している寛大な地球。

 それこそ――私達が〝生命の母〟と崇める地球ですから」


 腰に携えた日本刀を引き抜く、ヘイマス・ベイン。


 瞬間――私と彼女の戦いは遂に幕を開けた。


     ◇


 ヘイマスの抜刀した刀が――薙ぎ払われる。


 奇妙な事に、それは鍔から上が存在しない刀だ。

 刀身が無いその刀は、けれど明確な斬撃を誇っていた。


 私はそれを、瞬間移動で躱すしかない。

 いや、事前に逃げ出していた私は、彼女の背後に立って、試しに彼女を殴ってみた。


 だが、その結果は余りに無残だ。

 超絶的なエネルギー体であるヘイマス・ベインは、敵が触れただけでその部位を破壊する。


 私の左腕も吹き飛び――私はそのまま瞬間移動で逃げ出した。


「さすがは〝超人種〟――。

 私とは、そもそも存在レベルからして違い過ぎる。

 宇宙を消す事が出来るあなた達に、たった一つの惑星が敵う訳もない。

 これは単純な算数で、明確なエネルギーの差でもある。

 この天地をひっくり返しても覆せないレベル差がある限り、私ではあなたに絶対勝てない」


 敗北宣言ともとれる事を言いつつ、私は左腕を再生する。

 その間も私は瞬間移動で逃げ続けて、ヘイマスの攻撃から逃れようとした。


 だが、ヘイマスにとっては、私の動きなど止まって見えるらしい。

 瞬間移動でさえヘイマスからは逃げ切れず、私の体は両断されていた。


 それでも地球が存在する限り死なない私は、何とか再生する。

 この圧倒的な劣勢に追い打ちをかけるべく、ヘイマスはこう宣言した。


「――あなたの世界に帰りなさい、地球。

 あなたは別世界の地球ですが、それでもやはり地球の命を絶つのは心苦しい。

 今なら――見逃してもあげても構いません」


「優しいのね、あなたは。

 いえ、表情さえ変えずに私を傷付けられるあなたは、やはり見かけ通りの存在と言う事? 

 けど、そんなあなたでも、私を殺し切る事は出来ない。

 何故なら私と地球は、連結しているから。

 私が死ねば、地球もまた死の惑星と化す。

 それではあなた達が、私の地球を浸食した意味はなくなる。

 死の星と化した地球に移住しても、何の意味もないでしょう?」


 今もヘイマスの刀でバラバラにされながら、私は喜悦してみせる。


 目を細めたヘイマス・ベインは――いま初めて私に殺気を向けた。


「確かに――それは道理です。

 ですが、あなたは一つ勘違いをしている。

 私が斬れるのは、人の命だけだと思いますか――?」


「……げっ!」


 ヘイマス・ベインは宇宙五億個分を圧縮して――自身の刀の刀身に変える。


 それは〝超人種〟が――本気になった証拠だ。

 事実、彼女はいま――必殺の一撃を放った。

 

 鞘に納めた刀を抜刀して――再び刀を鞘に納める。


 それだけの単純な暴力的行為は――けれど確かな成果をあげていた。


「――『必中』――。

 それが――我が業の名」


「な、はっ?」


 途端――宇宙が五億個分以上両断されるだけの力場が私の体に生じる。


 何故ならヘイマス・ベインは――私の体内に斬撃を瞬間移動させたから。


 瞬間移動してきた斬撃を見切れる筈もなく――私はその一撃を食らうしかない。

 

 しかも彼女が斬ったのは、私の体ではなく一種の概念だ。


 私の中にある〝敵対心〟という思いを――彼女は必中の形で両断した。


 その時点で私は、文字通り彼女達に敵対心を抱けなくなる。


 いや、誰に対しても敵対心を抱けない私は、もう戦線から離脱するしかない。


 これこそヘイマス・ベインの――必殺の一撃。


 概念さえ斬る彼女は――能力さえも斬って捨てる事が出来る。

 

 いや、本当にその筈だった。


「な、に?」


 左に一メートルほど動いた私を見て、ヘイマスは初めて眉を顰めた。

 或いは、当然か。

 私はそれしか移動していないのに、ヘイマスの業を躱していたのだから。


《……地球さんっ? 

 大丈夫なんですか――地球さんっ?》


 その時、織江さんの焦燥した声が頭に響いた。

 もしかして清彦君は織江さんに、私が劣勢である事まで話している?


 ならば、これ以上織江さんに心配をかける訳にはいかない。

 私は即座に、決着をつける事にした。


「何ですって? 

 なぜ、あなたに私の業が躱せる? 

 地球でしかないあなたが、なぜ宇宙を五億個以上消せる攻撃をしのげるの? 

 あなたは――一体何?」


『必中』を繰り返すヘイマスだが、私は少し移動しただけでその業を躱し切る。


 その理由を――私は今こそ語った。


「それは簡単な事。

 私は地球であるが為に、全ての世界の地球に住む人類の力を投影出来る。

 地球で起きた全ての事象を再現できるが故に、誰かの強さもこの身を以って再現可能なの。

 今は橋間言予という〝超人種〟の力を借りて私は戦っている。

 彼女は敵が行った過去、現在、未来に及ぶ暴力の形を全て再現できる。

 私はその能力を使い、あなたの動きを見通しているの。

 何故って、橋間言予の能力発動の条件は、敵の暴力を受けたビジョンを見る事だから。

 敵の全ての攻撃を疑似体験する事により、橋間言予は敵の業さえ知る事が出来る。

 癖も、業のタイミングも、それがどんな業かさえ。

 ここまで言えば、もう分かるでしょう? 

 あなたに――ヘイマス・ベインに――勝機など全く無いと」


「な、はっ?」


 次の瞬間、私が具現したのは過去、現在、未来から召喚したヘイマス自身の斬撃だ。


 それは瞬間移動してヘイマスの躰に殺到し、彼女の〝敵意〟を根こそぎから斬りつくす。


〝敵意〟を失ったヘイマスは、最早、その場に跪くしかない。


 これこそ我が奥義――『全ての地球は我が身の内に』――。


 地球としての特権を行使した私は――早くもこの勝負に決着をつけたのだ。

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