第17話 井熊大華

     17 井熊大華


 遂に別の世界の地球に足を踏み入れる――私達。


 別の地球であっても、目に届く範囲なら瞬間移動は可能だ。

 だが、敵地で手の内を晒したくない私は、織江さんをお姫様抱っこして移動する。


 時速二百キロで走りながら、私達は、先行する清彦君の後を追った。

 その間、私達が目にしたのは砂漠ばかりだ。


 清彦君の言う通り、この別世界の地球では自然が失われつつある。

 彼の話では、もう地球の三割が砂漠化しているらしい。


 浸食してきた、この別世界の地球の一部も例外ではなかった。

 太陽が照りつける中、私達と清彦君は目的地に向かって前進する。


 やがて清彦君は足を止め、彼方を見た。


「あそこだ。

 あそこが穏健派のアジトで、彼等のリーダーである井熊大華の住処。

 まずは彼女に接触する、という事でいいんだね?」


 私が頷くと、今も私に抱えられている織江さんは首を傾げた。


「というか、ここってマジで異世界? 

 ここに居ると超能力が使える様になるって話だけど、私、全然そんな気になれないわよ?」


「ああ。

 基本的に只の人間と『異端者』は別物だからね。

 織江さんは只の人間に属するから、この世界に来ても、超能力は使えない。

 仮に使える様になったとしても〝超人種〟を相手にそれを使うのは、自殺行為だ。

 間違いなく殺されるだけだから、自重した方がいい」


「……そうなんだ? 

 ……ま、〝超人種〟は宇宙を消せるって話だし、それも当然か」


 そう納得するしかない織江さんと共に、私達は丘の上から飛び降りる。

 二十メートル先の地面に降り、私達は清彦君に先導されながら例の建物に近寄った。


 それは、どこかのお金持ちの屋敷の様だ。

 西洋風の豪邸であるそこには、立派な門がある。


 ただ門番の類は存在せず、清彦君はただこう謳った。


「――東清彦だ。

 井熊大華に話があって、来た。

 至急、取り次いでもらいたい」


 彼は簡潔に、用件だけ口にする。

 それだけで門は開いて、屋敷に通じる道が露わになる。


 織江さんを地面におろした私は、彼女達と共にその道を進んで屋敷に向かう。

 屋敷の扉も自動で開いて、私達は屋敷の中に進む。


 清彦君は私達を案内しながら屋敷内を歩いて、やがて客間へと行き着いた。

 客間のドアを開けると、そこには一人の少女がソファーに座っている。


 少女は黒い長髪を背中に流し、眼鏡をかけていた。

 白い和服を着ている彼女は、どこまでも清楚で可憐だ。


 立ち上がった彼女は、微笑みながらこう挨拶する。


「はじめまして、お客様方。

 わたくしは――井熊大華。

 どうぞ、宜しく」


「………」


 その瞳は、まるで全てを見通しているかのよう。

 私でさえ緊張しながら――井熊大華との交渉は始まった。


     ◇


 井熊大華が――私達三人に席を勧める。


 私達はそれに従って、彼女の対面のソファーに腰かけた。

 立っていた大華さんも腰を下ろし、彼女はもう一度微笑む。


「ひさしぶりね、清彦。

 まさかお友達を連れて、顔を見せるとは思わなかったわ。

 それで、失礼ですがあなた方は何者ですか? 

 清彦のお友達というなら、正直、余り歓迎はできないのだけど」


「………」


 余りと言えば、余りな評価だ。

 お蔭で私は苦笑し、織江さんはもう一度顔をしかめる。


 その時メイドらしきヒトがやってきて、私達にお茶を持ってきてくれた。

 大華さんはそれを優雅に口にしてから、クスクス笑う。


「いえ、もちろん冗談よ? 

 確かに清彦はロクデナシだけど、だからと言ってお友達までそうとは限らないもの。

 それとも――あなた方も清彦と同じ穴のムジナ?」


「………」


 お嬢様然としている大華さんは、どこまでも食えないヒトだ。

 冗談とも本気ともとれる事を言って、私達を煙に巻いている。


 その時、今まで黙っていた清彦君が口を開く。


「そうだね。

 彼女達は僕と同じで、驚くほど善良だよ。

 同じムジナと言うなら、その通りさ。

 ただ大華の歪んだ物差しで、僕達の善良さを推し量れるかは疑問だけど」


「………」


 言っておくが、私達は大華さんに喧嘩を売りに来た訳ではない。

 寧ろその逆で、私は彼女に助力を求めるつもりだ。


 そうしないと私の計画は、成立しないから。


「成る程。

 相変わらずあなたは喧嘩腰なのね、清彦。

 でも、そう言うのはよくないと思うの。

 穏健派に中立側とお互い立場は違うけど、良好な仲は保っておくべきでしょう? 

 でないと――私達の仲は何時か殺し合いに発展する」


「………」


 井熊大華は、上品ではあるが好戦的でもある。


 これで穏健派のリーダーなのかと、私は疑問視するしかない。


「先に喧嘩を売ったのはそっちだと思うんだけど、これって間違い? 

 いや、いいよ。

 確かに大華と無駄話をしていても仕方ないし、そろそろ本題に入ろう。

 地球さんも、そういう事でいいね?」


「……〝地球さん〟?」


 と、初めて大華さんは、訝しげな表情になる。

 彼女は〝まさか〟という面持ちになった。


「〝地球さん〟というのは――地球が擬人化したと言う意味? 

 遂にこの世界の地球は――憤りの余り擬人化したと言うの?」


「………」


 確かにこの世界の地球は、現在、酷い状態と言えた。

 何せ宇宙のプログラムを果たせず、その存在レベルさえ劣化させている。


 このまま行けばこの世界の地球は、第四種を生み出す事さえ出来ずに、滅びるだろう。

 その地球であるなら、怒りの余り擬人化してもおかしくないかも。


 しかし、私は大華さんの間違いを正すだけだ。


「いえ、私は現在この世界の地球に浸食されている方の地球よ。

 あなた達がやって来たが為に私の体もこの通り浸食を受けているの」


「まあ」


 私が灰色に染まった右手を見せると、大華さんは驚きの声を上げた。

 彼女は何かを思案したかと思うと、即座に結論を口にする。


「成る程。

 つまりあなた方の目的は、その浸食を止める事にあるのね? 

 地球と地球の融合はリスクが高いと感じるが故に、タカ派を打倒したいと思っている。

 その為にあなた方は、最も効果的で効率がいい手段を講じる事にした。

 即ち――私達穏健派との同盟が別世界の地球の意向ね?」


「………」


 さすがに、一派閥の長である。

 私が言いたい事を、彼女は瞬時に悟って言語化してきた。


 井熊大華さんはもう一度紅茶を啜ると、私達に向き合う。


「加えてあなた達の目的は、早期決着にある。

 今私とオリビアの戦力は、拮抗しているわ。

 でも地球さんとやらが私達と同レベルの使い手なら、どうなるか? 

 私が地球さんと手を組めば、どういう勢力図になる? 

 ええ。

 私の手駒は二人から三人に増え、オリビアの戦力を圧倒出来るわ。

 此方側が三で、オリビア側が二。

 三対二になれば、恐らく三人のうち誰かが生き残る。

 その残った誰かと私が組めば、オリビアを打倒する事も夢ではない。

 そう計算したからこそ、地球さんは私に会いに来たのでしょう?」


「………」


 このヒト、本当に察しが良いな。

 さっきまで長話をするしかなかった私とは、えらい違いだ。


「まあ、そういう事ね。

 清彦君の話では、タカ派と穏健派の戦力は拮抗しているとの事。

 ならタカ派の予想を超える戦力が穏健派につけば、この拮抗は崩れる。

 断然穏健派が有利になって、きっとあなた方は勝利する事になる訳です。

 つまり地球の浸食を止めたい私と、地球の浸食を快く思わない穏健派の利害は一致している。

 ここは私達が手をとり合うのが――最も賢い手段ではないかしら?」


「………」


 私がこつこつと説明すると、大華さんはもう一度何かを思案する。

 顔を上げた彼女は、こう漏らした。


「それは、私に地球を諦めろという意味? 

『神』の思惑通り第四種に地球を譲り渡し、私達は母星をすてろとあなたは言っている? 

 それがどれだけ酷な事か――あなたは本当に分かっているの?」


「………」


 今まで穏やかだった大華さんの眼差しが、厳しい物に変わる。

 私が何かを言おうとした時、あの彼女が先に動いた。


「ええ。

 私は今を生きている地球さんの身を――最優先に考えている。

 逆を言えば地球がこんな状態なのに、姿も見せないあんた達の地球に疑問を抱いているわ。

 あんたは地球がこんな事になったのに、なぜ地球が姿さえ見せないのか考えた事はないの?」


「………」


 織江さんの発言を受け、大華さんはキョトンとする。

 その後、彼女が浮かべたのは冷笑だ。


「それはつまり、私達の地球は私達に興味がないと言っている? 

 地球の意志は飽くまで、第四種を生み出す事。

 それを阻止している私達の行為は、地球の意向とは真逆だと言いたい? 

 だからこそ地球は、私達を見捨てて高みの見物をしているとでも言うの――?」

 

 殺気とも言える物を発しながら、井熊大華は私達を威圧する。

 次に誰かが何かを告げただけで、この交渉は決裂しかねない。


 私がそう感じた時――相良織江は既に胸を張っていた。


「その答えは、あんた達が一番分かっているじゃないの? 

 寧ろ部外者である私がその答えを口にする方が、非礼と言えるでしょう? 

 そっちの地球の事は、そっちで考えて。

 さっきも言った通り――私はこちら側の地球の事を考えるだけで精一杯なの」


「………」


 ……恐ろしい。

 何が恐ろしいかと言えば、大華さんの濃厚な殺気を浴びても、織江さんが物怖じしない点だ。


 根拠のない自信に護られている相良織江さんは、ここでも言いたい事を堂々と言い切った。

 問題はこれが、吉と出るか凶と出るか。


 暫く黙然としていた大華さんは、大きく息を吐く。


「私達を見捨てた地球に、これ以上義理立てする意味はない。

 ……正直、私も何度もそう考えたわ。

 その度に答えを保留にしてきたけど、どうやらそろそろ答えを出さないといけないみたい。

 ――いいわ。

 その挑発に、乗ってあげる。

 今も地球に魅入られているあのワカランチン共を倒して、目を覚まさせる。

 その為なら――目的を同じくしている人達と手を組むのも一興でしょう。

 あなた方も――そういう事でいいわね?」

 

 織江さんの説得が功を奏し――井熊大華さんは私達との同盟を決める。

 それは私が計算していた物より、よほど早い決断だった。


 やはり織江さんは頼りになると思っていると、何やら大華さんは首を傾げる。


「いえ、その前に一つ確認しておくわ。あなたは地球、なのよね? 

 でも、地球って宇宙のほんの一部よね? 

 で、私達はその宇宙さえ、消す事が出来る。

 そんな私達と同レベルの敵を、あなたは本当に相手に出来るの?」


 私の答えは、決まっていた。


「あ、うん。

 ――頑張る」


「………」


 それが、紛れもない私の本心だ。


 大華さんはあからさまに胡散臭い物を見る様な目になるが――もう何も言わなかった。

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