月を堕とす人(陰・下)

翌朝、あのいつもの感触が、下半身にかすかに残っていた。

酷く馴染んだ異物感というか、ジェットコウスターを乗った時のような何度体験しても慣れない妙な感覚と、身体の奥までひっかきまわされたような甘いだるさ、覚えのない、しかし酷く慣れ親しんだ快楽の残り香があった。不思議と興奮する。

きっと私も可笑しいのだろう。この関係が、この目覚めが酷く心地いい。

さて、今回は何回私の中で達してくれたのだろう。眠っている私に口づけはしてくれたのかな? そんな疑問を抱きつつ、上半身を起こすと布団がめくれて、汗ばんでいた皮膚に部屋の空気がひんやり触れてくる。

やっぱり、裸のままだ。

「また、私が寝てる間にしたの。榊原くん」

「うん、ごめん。」

横にいる彼は顔を枕に顔を半分うずめた胎児のような恰好のまま、自己嫌悪に浸りながら、一言そういった。まるで、哺乳瓶の中で窒息しかけている赤ん坊だ。私より背の高い彼の背中が酷く小さく迷子の子供の様で、母性本能をくすぐられる。

「んん、いいよ。おはよう」

彼の背中にぴたりと頬と手を当て、寄り添うようにそう告げる。

彼の心臓が早くなるのが伝わってくる。心臓は正直だ。そのまま、時が止まったような、私にとって甘く気だるい天国の様な、彼にとってきっと後悔と懺悔を堂々巡りさせる沈黙が流れる。すっと背中が、離れ、あ、と声を出す前に彼の左手が、まるで割れ物に触れるように私の頬に触れた。

「愛してるよ。ナオミ」

暗い月のような瞳に私を浮かべつつ、確かに私の頬を撫でて榊原くんは言葉巧みに眠りについた。彼の言葉を反芻するたびに口角があがるのを感じだ。そのまま、悦に浸りつつ、寝不足と心労で当分起きない彼の頭を優しく、この上なく丁寧に、撫でる。

 もうすこしだ。ああ、早く落ちてよ愛しい人。

高嶺の花だと思っていた。住む世界が違うと、そう思っていたのに。

それなのに、指先が届いてしまった。

一度知ってしまった蜜の味を人はそう簡単に忘れられない。だからこそ、時間を掛けよう、ゆっくりとじっくりと私なしでは生きていけないように。二度と離れることのできないように。


「あーあ、依存しているのはどっちなのかな」


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愛恋短編作品集 歪 瑞叶 @Hizumi_Mizuha

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