告白

歪 瑞叶

告白

 申し上げます。ええ、申し上げますとも。あの人たちは、冷酷で非道、いや、あまりに酷い。ええ、酷いのです。いえ。仕方ないことは分かっているのです。しかしながら、あの仕打ち、ぶっ殺してやる。いえ、すみません。はい、はい。落ちついて申し上げます。あの人たちを、生かして置いてはなりません。悪魔です。はい、何もかも、すっかり、ぜんぶ、申し上げます。

 あの二人の老人によって、私はもう生きていく根気も力もなくなりました。ご承知のように私の夫も死にました。事故死です。そして相手の人も死にました。あの人たちは夫が殺めた人のご遺族。そう、ご両親です。

 しかし、私とあの人たちには、たいした違いが無い筈ではありませんか? 

お互いに家族を失い悲しみの淵にいる。失ったものの大きさに茫然自失となっている。事故の被害者の遺族と加害者の遺族との間に、そんなにひどい差別は無い筈ではありませんか! いえ、はい、はい、言い過ぎでございました。

事故はあの男、いえ、夫のは自業自得でありましょうから如何様に責められても仕方ありません。

 でも、しかし、後に取り残された私たちが、あの馬鹿な夫によって未亡人となった私と子供二人にまでその責任があるのでしょうか? おかしいではありませんか、あの男が酒に酔って事故を起こしたことはかえがたい事実であり、その責があの男にあるというのは、納得できるのです。しかしながら、再び申し上げますが、なぜ、その責を別居していた私たち親娘が負わねばならないのでしょうか。それなのに私は今日この時まであの人に、どれほど意地悪くこき使われて来たことか。あの老人たちの仇を見るような目と傷めつけて取り殺してやると言わんばかりの形相を私は忘れることが出来ないのです。あの男の不出来を笠に罪悪感というナイフで私を脅すのです。はじめのうちはそれにも応じてきました。

 あの男のした事を自分の仕出かしたことのように感じる幻覚の所為で!! 

しかし同じ遺族として、同情の念があったのも事実なのです。きっと娘たちが殺されれば私も同じようにしていたのですから。しかし、あの老人たちの脅迫は、意地の悪さは、もうダメなのです。ああ、もう、いやだ。ここまで堪えて来たのです。怒る時に怒らなければ、人間の甲斐がありません。

 もし、私に財産がたくさんあれば、被害者のご両親の気に済むように弁償したいと思っていました。いくらお金をあげたからと言って亡くなられた人の命を元通りにすることはできませんが…。

それでもあの時の私は償わなければならないと、手を尽くしたのです。でも、私には、お自分で考えているより、何もありませんでした。それでも将来家を建てるために貯金していたお金が97万円ほどあったのでございます。それで、私はこのお金とテレビ、冷蔵庫、洗濯機、洋服ダンス、時計、指輪、夫の洋服等も売りました。それほど多くはなりませんでしたが代金24万円と合わせて121万円をお見舞い金としまして、またあの木偶の坊の退職金を保険金も全部、そう全部、全部さしあげる条件でご遺族の家に持って行ったのでございます。しかし、あの人たちは「こんな少額では納得できないからもっとお金を出しなさい」とおっしゃりました。私はこのお金が全財産でございますからこれ以上のお金を調達することはできませんので幾重にも私の事情を申し上げたのでございます。それを聞きながら、老人たちは、呆れたように、いや、いえ、怒ったかのような顔をしては、そんなことは知ったことではないとばかりに親戚回りをするなり、借金をするなりしてでも賠償金を出しなさいと申します。私は、分かりましたと言って、一週間をかけてお金を借りに走り回りました。銀行にも行き借りようともしましたが、とうてい無理な話でした。夫の親戚も私の親戚も決して余裕のある生活はいていませんので膨大な金額を調達することはどう頑張っても無理でした。

 しかし、僅かに預かったお金を持ってもう一度ご遺族の家へと行きました。以前より僅かばかり多くなったお金を差し出すと、老夫婦はお金を受け取った後に私は働いて毎月1万円ずつ弁済しなさいと申します。

 私のような学歴もなく手職もない人間に何万もする給料を払ってくれるところがありましょうか。たとえ就職できましたところで、弁済金と家賃を払ってしまうと生活費にまでまわすことは出来ないのでございます。どうして親子三人生活すればよろしいのでしょうか。私は、悩んだ挙句に体を売ることにしました。金と引き換えに男に体を売る馬鹿な私にはそれくらいの事しか思いつかなかったのです。

 それらしいネットの掲示板に、書き込み、夜の街に出では精一杯のサービスと色香を使い客を取りました。時には年下の学生にすら買われることすらありました。そうして弁済に追われ、私は娼婦として着飾るようになり、以前よりもしっかりとしたメイクと好きでもない男と寝ることに、抵抗をなくなってきたころ、それを羽振りがよくなったと思われたのか、毎月の弁済金が2万円になりました。

 私は老夫婦にそれでは本当に生活が出来なくなる。子供たちがまともに暮らせないと申しあげました。すると、老夫婦は「加害者家族が普通に過ごして、幸せになる権利などない」とおっしゃりました。しかし、しかしながら、罪のない子供たちと生活だけは近所の子供たちと同じようにしてあげたいと願うのは母として当然のことではないでしょうか。娘たちは「なぜテレビがなくなったの」「テレビが見たい」とせがまれます。あの老夫婦、いや、あの悪魔どもの所業、あまりにひどいではありませんか、あんな、あんな理不尽。いえ、はい。はい、続けます。そこで私は娘たちの為に壊れることを決めました。私は必死に男を喜ばせる方法を覚えるように努めました。今まで拒んでいた事も、言われればすんなりと受け入れました。ええ、全てです。私は否定することをやめました。精液も飲みました。お尻も使えるようにしました。乳首にクリトリス、三つすべてにピアスも開けました。そうです。はい、ええ、自分で安全ピンを使いました。はい。あの続けてよろしいでしょうか。はい、ありがとうございます。それで、私は男のどこが気持ちいいのか、つぶさに観察し身に着けていきました。そして、なにより息を合わせた演技をすること。それだけを心がけるのです。感じていないとわかれば、その男はきっと私を二度と買ってはくれない。なんでですか? 分かりませんか?男の人って女を感じさせたいって思ってるものなんです。自分の愛撫で、ペニスで、女を淫らにかき乱したいと思っているのです。だから五感を研ぎ澄まして抱かれるです。適度に喘ぎ、シナリオが指し示す絶妙の瞬間に歓喜の声をあげ、淫猥な蛮族の女のように烈しく身体を痙攣させる。男は自分が感じさせてやっているのだと恍惚に浸って、また私を買ってくれるのです。そうして、心をすり減らして生きてきました。いえ、心などもうとうに捨てていたのだと思います。

 しかし、ふと心が正気に戻ってしまうのです。トイレに行って、股にぶら下がるやらしいピアスを見た時、ブラジャーをつける時、鏡を見た時、そうした生活の合間に以前の自分が二重に重なって、変わってしまった自分を見て発狂したくなるのです。それをどうにかこうにか押さえつけて、訴えるのです。もう許してくださいと、もう限界なのですと、それを見てあの老夫婦は「ふざけるな!」「一生をかけて償え」と攻め立てるのです。しかし、昨晩、娘たちに「なんでお母さんは、夜いないの」と言われたとき何かがプツリと切れてしまいました。…ごめんなさい… 

えっ、なんですか? ごめんなさい?言ってませんが。いえ、はあぁ? はい。

こんなにも身を粉にしているのに、このガキどもは、のうのうと学校に行っている。学校に行かせるために、普通に生活させるために、働いているのに、そう思うと目の前が真っ暗になりました。

夜になると、子供たちはすやすや眠っておりました。

これからお父さんのもとに行けるのも知らずに!私は、まず長女、そう、私のかわいい、はい、目に入れても痛くない私の娘。


あ……




あ、え、あっああああああああああああぁぁぁぁぁぁああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあぁぁああああぁぁぁああああああぁぁあぁあぁ……――






(しばらくの後)


――……はい、あい、すみまぜん。はい、私は桜の首に手をかけていました。

そして私がふと気付いたとき、桜は。私は全身の力をこめて首をしめつけて、そして桜はすでに息絶えていました。冷たくなっていました。私の呼吸はとまりました。力も、思念も、すべてが同時にとまりました。私は桜をゆさぶりました。桜を呼びました。抱きました。すべて無駄でした、冷たい皮膚の感触が残っています。

徒労でした。私はワッと泣きふしました。……ごめん、ごめんなさい、ごめんね、桜。弱いお母さんでごめんね…はい、すみません。ありがとうございます。度々、いえ、お優しいんですね。それで、朝になって、私は妹を親戚の家に預けて、いえ、はい、今ある金のすべてと一緒に預けました。ああ、あの子は、凜は元気ですか? ええ、まぁ、それはよかった。


 え?その後?あー、はい。家に帰って少し迷いました。

紐と包丁どっちがいいか、悩みました。紐は殺すのに力がいると思いました。

それに時間もかかるとどこかで聞いたので。

はい、だから、包丁にしました。


はい。私があの老夫婦を殺しました。

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