君と二人で

海野雫

君と二人で

「お疲れ様でしたー!」

「奏、また明日な!」


 白桜高校の吹奏楽部は、県でもトップクラス。その一員となって二ヶ月が過ぎた。練習はとても厳しいが、楽しくて仕方ない。この高校を選んだのも、中学の時のコンクールで演奏を聴いて、俺もその一員になりたいと思ったからだった。


 憧れの白桜高校の吹奏楽部に入部し、充実した日々を送っている。中学の時からやりたかったトランペットパートでの練習がたまらなく楽しい。


 目下の練習は、夏のコンクールに向けて課題曲と自由曲の練習に加えて、夏の甲子園の応援曲の練習だ。俺の目標はコンクールメンバーに選ばれることだが、吹奏楽の強豪校であるがゆえ、一年生で選ばれるのは稀だ。よほどの実力がないと無理である。中学から吹奏楽をやっているが、中学と高校で楽器が変わった俺は、コンクールの大編成のメンバーになるのは不可能だろう。かろうじて、小編成でメンバー入りできるかどうかというところだ。


 しかし、一年生部員には大切な役割が待っている。それは、野球部の甲子園予選の応援演奏だ。一年生全員とコンクールメンバーに選ばれなかった上級生は、試合のたびに球場へ足を運び、応援する。


 と言うわけで、一年は応援曲の練習をメインに行わなければならない。音楽は人をやる気にさせる。俺はこの役割の重要度はかなり高いと思っている。



 甲子園予選の初日、まだ梅雨も明けていないのに、強い日差しが降り注ぐ。炎天下での演奏は楽器にも自分にも気を使う。楽器は熱くなりすぎないようにタオルを巻いて、日差しを防ぐ。俺たちは熱中症にならないよう、スポーツドリンクを山ほど持ち込んでいた。


 試合が始まり、一回裏の白桜高校の攻撃。


「一番、ライト黒崎君」


 アナウンスが流れた。応援に参加している生徒の話し声が聞こえた。


「黒崎って一年なんだって?レギューラー入りするってすごいよな」


 話し声が耳に入り、俺は何気なくバッターボックスに目をやった。キリッとした眉毛の下から、眼光鋭くピッチャーマウンドを捉えていた。端正な顔立ちに似合わない目つき。彼の双眸に一気に引き込まれた。一年生の割には、体もがっしりとしている。


――うわぁ……かっこいい。


 それが俺の彼に対する第一印象だった。



「野球部の黒崎って何組?」


 同じトランペットパートの森に何気なく聞いた。


「あぁ、十組だよ。奏は別棟の二組だから知らないよな。あいつ、黒崎大翔って言うんだけど、本館では友達も多いし、かなり人気者だぜ」


「そっか。一年でレギュラーとか、すごいよな」


「そうだな。ヒットかましてたし、すげーよ」


 予選第一回戦は、我が白桜高校の圧勝で幕を閉じた。俺は試合中、彼から目が離せなかった。



 結局、俺はコンクールメンバー入りを果たすことができなかった。


「まだあと二回チャンスはあるし、夏のコンクール以外にも色々あるから、大丈夫!」


 俺は自分を自分で鼓舞した。


 あれだけの部員がいるのだ。出られる方がすごい。


「にしても、黒崎はすごいな。野球部もかなりの部員数なのに一年でレギュラーなんて……」


 気づけば彼のことを考えていた。


 明日は白桜高校の二回戦。彼はスタメンで出るのだろうか?



 一回戦とは異なり、二回戦は雲行きが怪しかった。濃い灰色の雲が空を覆って、今にも泣き出しそうだ。


 かんかん照りの中での演奏も気をつかうが、雨の中の演奏もかなり大変だ。いつものバスタオルに加え、大きめのビニール袋も用意し、雨に備える。トランペットはまだ丈夫な方だが、クラリネットなどの木管楽器は晴れでも雨でも大変だ。最悪の場合、音が出なくなることがある。


 試合開始のサイレンが鳴り響く。


 今日も彼はスタメンでベンチ入りしていた。彼の活躍をしっかり目に焼き付けながら演奏をする。


――俺の演奏が、彼の活力になればいいな……。


 そんなことを思いながら。


 白桜高校野球部は順調に勝ち進み、ついに、甲子園出場をかけた決勝戦まで上り詰めた。野球部員の目がギラギラしている。ここ数年、決勝戦まで勝ち進んではいたものの、力およばず、苦汁を飲まされていた。今年こそ、甲子園への切符を手に入れるという意気込みが見て取れる。


「今年のレギュラーは技術力も高いし、絶対いけるよな!」


 俺と同じく、コンクール出場できなかった森が、興奮気味に目を輝かせている。俺は目を細め、ベンチに座っている彼に目をやり「そうだな」とだけ言った。



 結果は、2−1で白桜高校は今年も甲子園出場を逃した。マウンドで両チームが並び、試合終了の挨拶をする。全員、涙で顔がぐちゃぐちゃだ。


 その中で彼は誰よりも涙を流していた。この試合で引退する三年生よりも。先輩たちから肩を叩かれ、何度も頷いては袖口で涙を拭っている。その姿を見ると、俺にも込み上げるものがあった。


 片付けを終えて、バスへと向かうと、ちょうど野球部も別のバスに向かって歩いていた。俺はどうしても彼に声をかけたくて、走り寄った。


「黒崎、お前にはまだチャンスがある!大丈夫だ、頑張れ!俺もコンクールメンバーに選ばれるよう頑張るから!」


 手を振って、自分たちの乗るバスへと走っていった。その姿を彼が驚いた表情で見ていたのにも全く気付かずに。


 バスに乗ってから、彼とは全く面識がなかったことにようやく気づいた。


――急に話しかけられて驚いたよな……。今度、学校で会ったら謝ろう。


 窓の外の流れる風景をぼんやりと眺めながら、彼に会えるのは二学期になってからかなと考えた。



 夏休みに入っても、吹奏楽部には休みがない。むしろ、コンクール本番前ということもあり、朝から晩までみっちりと練習がある。


 コンクール出場しないメンバーは別室で基礎合奏やパート練習を行った。休憩の時に、窓からグラウンドを見下ろすと、野球部もすでに練習を始めていた。三年生は引退したのだろう、グラウンドにいる人がまばらに見えた。


 練習が終わり、昇降口で靴に履き替え、扉に向かうと、十組の下駄箱から彼が姿を現した。


「あっ!」


 俺は思わず声をあげて、彼の元へ近づいた。


「決勝戦、残念だったな。あ、俺、吹部一年の五十嵐奏。この前、急に話しかけてごめんな」


 頭をぽりぽりかきながら俯いた。


「じゃあ、俺はこれで」


 彼の前から立ち去ろうとすると、「あっ……」と彼が声を発した。振り返ると、少し照れくさそうにしながら話しかけてきた。


「応援、ありがとう。すごく力が沸いた。それにあの日、先輩たちからは、『お前はまだチャンスがあるからいいよな』って言われて結構へこんでたんだけど、お前から『頑張れ』って言われたの、すごくうれしかった」


 目つきは鋭いから、喋り方もきついのかと思ったが、かなり優しい口調で心がじんわりと温かくなった。


「そっか……。確かに三年生は最後だったもんなぁ。けどさ、一年だからって、これからずっとレギュラーってことないだろ?上手な奴がいれば追い抜かれるし」


 彼はうんうんと頷いてにっこり笑った。笑った顔はすごく優しい。胸の奥がキュッとした。


「せっかく、こうやって知り合えたんだし、よかったらこれから仲良くしてよ!俺、二組だけど、移動教室とかで本館来るし、見かけたら声かけてくれよな!」


 その日から、彼は俺を見かけると手を振ったり、声をかけてくれるようになった。俺も同じように声をかけた。余裕のある時は、廊下で立ち話もするようになった。



 文化祭の前日、吹奏楽部のステージ発表のリハーサルを終え、楽器を片付けてから昇降口へと向かった。ちょうど彼も練習が終わったようで、額に汗をびっしょりかいて近づいてきた。


「今練習終わり?」


「じっとしているとそんなに暑くないのに、動くと暑いよな。五十嵐は?今日はもう終わり?」


 彼がタオルで汗を拭きながら聞く。


「うん。リハーサル終わったとこ。明日は朝早めの集合だから、だるいよ。あ、ステージ観にこいよな」


「おぉ。楽しみにしてる」


 靴を履き替えて、扉へ向かい「じゃあな」と言おうとしたその時、彼が急いで出てきて言った。


「俺、自転車通学なんだけど、駅まで後ろに乗ってく?」


「いいのか?」


「いいよ。通り道だし」


「てか、俺、電車通学って言ったっけ?」


「いや……」


 彼が口ごもったが、乗せてくれるって言うんだから別に気にすることではないか。


「じゃぁ、乗せて!」


「お、おぉ……」


 駐輪場で、彼が自転車を出してくれたので、後ろにまたがる。彼がゆっくりと足を踏み出して自転車が進む。こうやって自転車の後ろに乗るのは初めてかもしれない。恐怖を感じて、彼の汗でしっとりしたカッターシャツをギュッと掴んだ。


「これから坂道とカーブがあるから、しっかりつかまって」


 すでにしっかり掴んでいるから、これで大丈夫だろうと思っていた矢先、ぐらっと体が揺れた。咄嗟に、彼の腰に手を回してしっかりつかまった。


「大丈夫?ごめんな、汗臭くて……」


 俺は彼のがっしりした体に腕を回すと恥ずかしくて頬が赤くなった。


「うん、大丈夫」


 そう答えるのが精一杯だった。


 駅に着いた時、思い切って提案した。


「あのさ、俺のこと、奏って名前で呼んでくれない?」


 彼は一瞬驚いた表情を見せたが、爽やかな笑顔を見せた。


「じゃあ、俺のことは大翔って呼んでくれ」


「分かった!吹部以外の友達で名前呼びしてるヤツいないから、なんか嬉しいなー」


 えへへと笑うと、彼もつられてはははっと笑う。


「じゃあ明日―」


「明日頑張れよ!」


 手を振って改札をくぐった。


 それからというもの、すっかり仲良くなった俺と彼は、練習が休みの日が被ったら、一緒に遊ぶことが多くなった。とはいえ、どちらの部活もほぼ休みはないので、同じ日が休みという方が稀なのだが。



 二年に進級し、俺は大学受験を見据えて塾にも通うようになった。部活と塾で随分と忙しくなった。その日も塾に行かなければならない。足取り重く昇降口へ行くと、彼も練習が終わったようで、昇降口にいた。二年になり、同じクラスになったので以前よりもっと親しくなったような気がする。


「お疲れー。新入部員の調子はどうだ?」


「こっちは経験者が多いからやりやすいかな。吹部は?」


「未経験者が三割ぐらいいるからなぁ。音の出し方から教えないといけないから結構大変かも」


 昇降口で会うと、いつも彼が駅まで送ってくれるようになっていた。今日も当然のように駐輪場へと足を向けている彼の背中に声をかけた。


「今日、俺、塾だから。じゃあなー」


 彼が振り返り俺の方を見る目が、寂しそうに見えた。


「そうか。じゃあまた明日な」


 彼は雑に自転車にまたがり、去っていった。その後ろ姿を見つめると、寂しさが込み上げた。



「なぁ、大翔は塾行かねーの?」


 教室の窓際にもたれかかりながら、彼に聞いた。


 二年も中盤になり、そろそろ進路を決めなければいけない時期。野球部の主将となった彼は塾にも行かず、相変わらず部活ばかりしている。


「俺は野球の推薦で大学行こうと思ってるから」


「それでも受験勉強した方がいいんじゃない?」


「いらんだろ」


 彼はつれなく返事する。


 確かに彼は勉強もできるし、野球部の主将だし……。推薦でいくことができるのだろう。

 なんとなく癪に触った。


「俺は、大翔のことを心配して言ってるのに、そんな言い方しなくてもいいんじゃないか?」


「別に心配してくれって頼んでねーし」


 いつも、相手のことを気にかけてくれるのに、彼らしくない言葉だった。だが、俺はカチンときて深く考えることができなかった。


「もういいよ」


 プイっと彼に背を向け、教室から出ていった。


 その日から、なんとなくイライラしてしまって、彼を避けるようになった。俺が避けているからか、彼の方からも話しかけてこない。あっという間に一ヶ月が過ぎ、冬休みを迎えた。



 三学期になっても、彼とは相変わらず会話がなかった。彼からの目線に気が付いて、目が合っても、俺がフイとそらしてしまう。


「奏、あのさ……」


 彼が俺に話しかけようとしたが、それを遮るようにクラスメイトに話しかける。


「なぁ、次の授業の課題やった?」


「何?お前やってないの?」


「分かんないとこがあってさー。教えてよ」


 俺は彼を振り返ることなく、クラスメイトの元へ行った。彼がそこにいつまでも佇んでいるのを無視するかのように。



「なぁ奏さ、黒崎と喧嘩でもしたのか?」


 部活の練習中に、同じパートの森が聞いてきた。


「なんで?」


「お前ら最近ずっと一緒だったじゃん。だけどこの頃あんま一緒にいるのみないからさ……」


「あぁ……ちょっとな……」


 自分でもなんでずっと怒っているのかが分からない。大したことじゃないはずなのに、ずっとイライラが続いている。ずっと一緒にいたいと思っているのに――。


 ただの友達だったら、相手の選んだ道を応援できるのに、好きな人が進路を決めて前に進んで行ってるのが悔しかったのかもしれない。


 とは言え、付き合っているわけでもなく、ただ一方的に俺が彼に好意を持っていて、勝手に怒っているだけで。


 一人で一緒の大学に行けたらいいな……と思っていただけで。


 彼の気持ちなんか、これっぽっちも考えていない、自分勝手な妄想だ。


「明日、大翔に謝るよ」



 朝から少し緊張していた。ここ二ヶ月近く、彼とはまともに話していない。どうやって話しかけようかと、席に座って彼が登校してくるのを待った。


 だが、彼は登校しなかった。


 最近、寒いし、風邪でもひいた?でも、野球やって体も鍛えているから、そんなに簡単に体調なんか崩さないだろうし……。もしかしたら、遅れてくるだけかもしれない。


 しかし彼はその日、結局学校には来なかった。気になって、帰りのホームルームの後に担任に聞きに行った。


「実は、昨日の部活の帰りに事故にあってな。入院してるんだよ」


 俺は顔から血の気が引くのが分かった。先生にどこの病院かを聞いて、急いで向かった。



 病室に行くと、彼はぼんやりと窓の外を眺めていた。右手がギプスで覆われ、右足は転用から器具で吊られていて浮いている。俺が近づくと、ゆっくりこちらを振り返ったが、その目には光がない。


「奏……」


 力なく俺の名前を呼ぶ彼は、生きる力を無くしたようにも見えた。


「大翔、事故にあったって聞いて――」


「部活休んできてくれたんだ」


「当たり前だろ」


 彼のベットの側に近づいて、怪我をしていないように見える左側で丸いすに腰掛けた。


「ずっと、無視しててごめんな……」


 今日、必ず言おうと思っていた言葉をようやく言えた。


 俺の言葉を聞いた彼は、目元が少し和らいだ。しかしすぐに、まつ毛を伏せて、悲しげな表情になった。


「俺、もう野球できなくなった」


「え?」


 彼が何を言ったのか、理解できなかった。


「なんで?怪我が治ればできるんじゃ……」


 ふっ、と悲しそうな笑いを浮かべて俺の目を見つめる。


「大腿骨粉砕骨折したんだ。通常の生活も杖が必要になるかもだって」


 無理に笑顔を作っているのか、口の端がひきつっている。


 俺の頭の中は真っ白になった。グラウンドで毎日練習している姿を見ていた。どれだけ頑張っているか知っていた。野球で推薦を受ける予定で、大学でも活躍するはずだったのに――。


 知らぬ間に、両目から大粒の涙が溢れ出ていた。それを見た彼は驚きを隠せない。


「なんで、奏が泣いてるんだよ」


 骨折していない左手で、涙を拭ってくれた。俺はその手に自分の手を重ねる。決壊したダムのように涙は溢れ出た。


「……ごめん……ごめん……」


「奏は悪くないだろ」


「俺……」


 自分の気持ちを口に出しそうになり、その言葉を飲み込んだ。


「事故にあったのは、俺の不注意だし。考え事してぼんやりしてたから」


 彼は優しい微笑みを俺に向けて言った。


「奏の言う通り、塾に通っとけばよかったなー。今から勉強しても大学進学、無理かもしれないし」


「無理じゃねーだろ!大翔は元から勉強できるし」


 ようやく止まった涙をティッシュで拭き、鼻をすすりながら言った。


「俺、大翔と一緒の大学に行きたい。大学でもずっと一緒にいたい。一緒に頑張ろう!」


 告白、とまではいかないが、俺が彼に言える精一杯の言葉を告げた。


「そうだな。奏と同じ大学に行くために、猛勉強するよ。やることが見つかったら、なんか元気出てきたな」


 彼はくしゃっと俺の髪を撫で、歯を見せてにっこりと笑った。



 三年になると部活も勉強も、今までやったことないぐらい必死で取り組んだ。遅い時間まで勉強するが、彼と同じ大学に行くためだと思うと、全く疲れを感じない。目的があれば、これほども必死になれるのか、と感動する。


 夏のコンクールは金賞を取ったものの、県の代表にはなれず、すぐに引退した。


 部活がなくなると、あとは受験へ向けてまっしぐらだ。彼と二人で放課後に図書館で勉強することも多くなった。


 塾へ行く道すがら、彼が明るい声で俺に言った。


「俺さ、大学に行ったら自転車やろうかと思ってる」


「自転車?」


「うん。自転車競技。サークルがあるみたいでさ。実際今も、歩くよりも自転車に乗る方が足の負担は軽いんだよ。だから」


 俺は顔を輝かせて、彼に聞いた。


「へぇー!もうそんな先のこと考えてるんだ。すごいな大翔は」


 大学に入ってからのことを考えている彼に遅れをとっていると感じて、恥ずかしくなって俯いた。


「俺さぁ、やっぱ体動かしてないと落ち着かねーんだよな」


「そっか……。やりたいことが見つかってよかったな!俺も何か見つけないとな」


「じゃあさ――」


 彼は一回大きく息を吸って言った。


「俺と一緒に、自転車やってみない?」


「え?俺、運動とかあまり得意じゃないんだけど……」


「大丈夫だって!ってか、俺の足がこんなんだから、側にいて欲しいっていうか……」


 彼が顔を赤くして俯いた。そんな彼の態度に俺は驚きを隠せない。


「そ、そうだな……。俺が側にいた方が大翔が安心だって言うんだったら、俺も自転車やってみようかな」


「いいのか?」


 俺は、にかっと笑って「もちろん!」と答えた。



 大学受験の合格発表日。俺と彼はスマホ片手に、一緒に大学のサイトにアクセスした。


「やった!合格した!」


 彼に目をやると、目を輝かせて俺をみた。


「俺も!」


「やったな!」


 嬉しさのあまり、彼に抱きついた。野球を辞めた彼は、一年の時よりも少し細くなったように感じた。


 我にかえり、彼に抱きついてしまった事を変に思われたんじゃないかと思って、パッと離れて話題を変えた。


「あー、ホント死ぬかと思ったわ。大翔と同じ大学に行くの、かなりハードル高かったし」


 ニヤッと笑って彼を見る。彼は嬉しそうに目を細めて俺の方を見ていた。


「でもさ、一人暮らししないといけないから、部屋も探さないとだし、合格してものんびりできねーな」


 へへっと笑って彼を見た。


「あのさ」


 彼が神妙な面持ちで俺を見て言った。


「よかったら、ルームシェアしねーか?」


「へっ?」


 驚きのあまり、変な声が出てしまった。一緒に住むってこと?はっきり言って嬉しい。嬉しいけど……。理性が保てるかどうか心配だ。


「ルームシェアならお金も浮くし。サークル入ったらそれなりに金かかると思うから。嫌なら断ってくれていいから……」


「嫌じゃない!嫌じゃないよ」


「よかったー。じゃあ、日程決めて部屋探しに行こうぜ!」


 彼は嬉しそうに、微笑んだ。



 住む部屋も決まり、あっという間に卒業式が来た。


 この三年間、あっという間だった。部活に明け暮れる毎日。忙しかったけど、すごく楽しかった。二年からはコンクールメンバーに選ばれたし、金賞も取れた。ただ、県の代表になれなかったことだけが心残りだが。


 そんな事を考えていたら、吹奏楽部の後輩たちがやってきた。


「先輩!卒業おめでとうございます!」


 口々にお祝いの言葉を伝えてくれる。そして、プレゼントを渡された。


「ありがとう!お前たちもがんばれよ!」


「はい!」


 吹奏楽部特有の元気のいい返事を聞いて、手を振って別れた。


 校門に向かっていくと、途中で女子に囲まれている男子がいた。


――すげー、人気者じゃん。


 誰だろうと思って見ると、彼ではないか。


 彼は整った顔立ちで、女子から人気が高かったのを今更ながら思い出す。いつも俺が一緒だったから、女子が寄り付かなかっただけなのだ。


 彼の横を通り過ぎようとすると、「待って!」と声をかけられた。振り向くと彼がこちらに向いて歩いてきている。取り残された女子たちは膨れっ面をして俺の方を睨んでいた。


「おいおい、彼女たちの相手しなくていいの?」


 からかい気味に言うと、目を細めて睨んできた。


「奏に話がある」


「俺に?何?引越しの日はもう決まってるし、何かまだ決めることあったっけ?」


「いいからこっち来て」


 腕を掴まれて、駐輪場の奥に連れて来られた。彼が急に立ち止まったので、俺は彼の背中にぶつかった。


「なんだよ、急に止まるなって」


 彼が振り向いて俺を見つめてきた。


「あのさ……」


 そこまで言って、声を詰まらせた。目を彷徨わせて落ち着きがない。


「どうした?」


 掴まれていない方の手で、彼の頬を撫でた。その手を彼が掴む。


「俺、奏のことが好きなんだ」


「え?」


 彼が俺のことを好き?嘘だろ……。


 だが、彼の目を見ると、目の端は赤く染まり、黒い瞳がゆらめいていた。


 今まで秘めていた気持ちが溢れ出す。


「俺は一年の時から、大翔のことが好きだよ」


 彼の唇に俺の唇をそっと重ねた

 温かい風に乗って桜の花びらが舞う。これからの俺たちの人生を祝福するように。

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