第5話 初めての侵入者を眺める
DPも使い果たし、やることがなくなったのでゴロゴロしていると、ダンジョンの入り口周辺に人影が見えた。マスタールームにダンジョン内部を映し出すディスプレイを設置したのだ。50DPかかったが、これは必要経費だろう。お? と思い眺めていると、男2人組がダンジョンの中に入っていくところが見えた。思わず太ももをパチンと叩く。
「よっしゃ!」
釣り糸に獲物がかかったときの気分だ。ダンジョンに人間が入ると、その滞在時間に応じてDPがもらえる。DPはダンジョン運営に不可欠なものだ。どんどん稼いでいかなければならないのだが、ダンジョンを作り上げてからすでに4日が経っている。そろそろ不安になってきたのだ。このまま誰も来なかったらどうしようと。
「おい、起きろカーラ。お客さんがやってきたぞ」
「んあ? なんだと? ついにきたのか!」
あまりの退屈さに耐えられずひたすら寝てばかりいたカーラが飛び起きる。
「さてさて、俺のダンジョンの出来はどうだろうな。うまくハマるといいんだが」
まず、俺の設計ではダンジョンに入るとウィスプに出くわすようになっている。ウィスプは攻撃力なんてほぼ皆無のクソ雑魚魔物だ。魔素でできたガス状の体は魔法の一つでも唱えれば一撃で消滅する紙装甲だし、まず苦戦することなどない。ここはFランクの弱い魔物しかいないんだとアピールすることで警戒心を解く作戦だ。ダンジョンというものは、とりあえず人に入ってもらわないと成り立たない。あまり最初から強い罠とかを置いてしまうと入る気が失せると思うんだよね。だから雑魚のウィスプを、と思ったんだが。
「あれ、なんで逃げてんのこの人たち?」
ウィスプなんて速攻で蹴散らして進むものと思っていたんだが、何か様子がおかしい。全力で逃げているようだ。
「おそらくだが、魔力での攻撃手段を持たぬのであろうな。人間は魔力の扱いが下手だからな。魔法を使えぬものも多い」
「ええ。そうなのかよ」
早速改善ポイント発見だ。ウィスプは魔法を使えない人間には対処できない。後で配置を変えないとな。
「お、ニンゲンどもがインプの群れに出くわしたようだぞ」
モニターを見て絶句する。インプが手に持っている弓矢。あんなもの与えた覚えがない。一体どこから持ってきた?
「どうやら弓矢の罠部屋から拝借したものを装備しているようであるな。インプは器用な魔物だから、近くの道具や武器を使って戦ったりするぞ」
「いやこれ、ランク詐欺じゃ」
インプはFランクの魔物のはずだが、ここまで武装し群れているとかなり脅威に見える。ここがダンジョン内部の閉所という点も弓矢インプの脅威度を引き上げているような気がする。なんせ、逃げ場もないし。冒険者の2人もなすすべなく逃げ回ることしかできないみたいだ。さすがになんか、かわいそう。
「あれ、この先って」
「インプども、罠の場所を熟知しているようであるな。この先の落とし穴部屋に誘導しているのか」
インプたちが2人を誘導するように追い立てる。あれ確か落とし穴部屋の下って剣山なんだよなあ。このままだとこの2人は死んでしまう。
「いや、まずいだろそれは」
ダンジョン運営をしていくに当たって、俺が決めた方針がある。それは“死人“を出さないこと。ダンジョンにやってくる人間はあくまで客のようなものだ。魔物の餌になってもらうより、生かしておいて何回も来てもらうほうがずっといい
「コンソール」
俺はすぐにダンジョン編成をし、落とし穴の下を宝物部屋へと変えた。これで剣山は無くなったはず。ここに落ちて2人が死ぬことはないだろう。
「あと、せっかくだしここまで頑張った2人にはご褒美をあげよう」
俺は懐から緑色の宝石を取り出す。【物質創造】スキルの実験で作ったエメラルドだ。【物質創造】では質量に応じたDPを消費することで自分が思い描いた物質をなんでも作ることができた。このエメラルドを作るのにかかったのはわずか1DP。まあ、言ってしまえば宝石なんか石ころでしかないからな。人間が勝手に価値をつけているだけで。俺はエメラルドを宝物部屋の宝箱へと収納した。これでよし。
そんなこんなしているうちに2人の冒険者が落とし穴部屋に追い込まれてきた。見事に引っかかったようだ。2人は尻餅をついたくらいで、特に外傷はないようだ。
「ハジメ、インプどもが止めをさそうとしているぞ」
「あ、やべ」
落とし穴の上で弓矢を引き絞ろうとしているインプたちを見て慌ててコンソールを動かしダンジョンの魔物たちへの命令を書き込む。
『この地に侵入したものの命を奪うことを禁ずる」
俺がその一文を書き込むと、インプたちは動きを止めて落とし穴から離れていく。どうやらうまくいったみたいでよかった。冒険者たちはその後宝箱からエメラルドを見つけると狂喜乱舞し喜んでいた。ちょっと見ていられないくらいの喜び方だ。怖いわ。
「ハジメ、お前……あんなものをポンとくれてやるなど、正気か?」
カーラを見るとわなわなと震えていた。大丈夫かこいつ?
「まあ、あれは撒き餌みたいなものだよ。あいつらが生きて帰ったらこのダンジョンの噂を流してくれるだろ? そうなれば宝を求めて冒険者たちがやってくる」
「それはわかるが……あれは、あの宝石はやりすぎだ。あんなにいいものを出す必要があったか?」
「あれ1DPだぞ? たった1DPで、あんなに喜ばせられるんだから安いもんだろ」
「そ、それでも……あんなの、この私でも見たことがないほどの逸品だぞ! それをどこの馬の骨ともわからんやつにくれるなど……」
「なんだよ。お前も欲しいのか?」
以外と俗っぽいところもあるんだな。ならしょうがない。俺は物質創造で宝石を作り出す。カーラは桃色の髪が特徴的だから、同じく桃色のピンクサファイアがいいかもな。せっかくだから大きさもできるだけ大きくしてみよう。拳大くらいにはなるかな。形は丸がいい。記憶にある宝石の形を再現していく。
「そ、それはっ」
カーラがキラキラした目でこちらを見てくる。うーん、このままだと持ち運びに不便だな。どうせならアクセサリーにでもしてみようか。もう一度【物質創造】を使って金を出し、ネックレスの形にしていく。そこにピンクサファイアを嵌め込めば、宝石付き金ネックレスの完成だ。使ったDPはわずか2DPだ。
「ほい。こんなのはどうだ? 我ながらよくできたと思うんだが」
「お、おお、おおお」
プルプルと震えるカーラの首にネックレスをかけてやる。サイズはちょうど良さそうだ。金のチェーンはあまり仰々しく見えないような上品な作りにした。まん丸のピンクサファイアを金が縁取って豪華さを演出している。石がちょっとデカすぎる気もするが、大は小を兼ねるっていうしな。カットも入っているから表面がキラキラと輝いてすごく綺麗だ。
「は、ハジメ。これ、本当に貰って良いのか?」
「もちろん。DPさえあればいくらでも作れるしな。こういうのをたくさん作って宝箱にしまっとくのもいいよな」
「い、いや、ダメだ。宝石を作るのは私の許しを得てから出なければ許さん。いいか?」
急に真面目な顔で言ってくる。あまりの真剣さに少し驚く。
「な、なんでだ? 撒き餌としては優秀だろ? あの2人の反応を見る限りこの世界でも宝石は価値あるみたいだし」
モニターにはいまだに喜んでいる2人の冒険者が写っている。ダンジョンに人を呼び込むためには、このくらいの褒美があってちょうどいいと思うんだが。
「そう簡単に出すなと言っておるのだ。特に私にくれたこのネックレスなぞ、この世界のどこを探しても見つからん。その価値は計り知れんぞ。それこそ世界中の国が黙っとらん。これを求めて戦争が起きるぞ」
「え、そんなに」
確かにこんなにでかい宝石なんて現代日本でも見たことはないけど、でもこんなに簡単に作れるものにそんな価値があると言われても、全くピンと来ない。だって、2DPだぞ? あの2人の冒険者が入ってきてからすでに十数DP稼いでいる。それからしても破格すぎる値段だと思うんだが。
「そうだぞ。こんなもの、決して量産していいものではない。世界中からこのダンジョンに人が殺到し、ダンジョンマスターであるお前は捕えられて一生宝石を生み出す家畜として飼い殺しにされるだろうな。実際、そういう奴を何人か知っている」
カーラの発言に背筋が震え上がる。そんなの嫌すぎる。【物質創造】のスキルは俺の思うよりもヤバいものなのかも。少し自重しなければ。
「それじゃあ、宝石は控えたほうがいいか……」
「あの冒険者どもに渡したものぐらいならばそう問題にもなるまい。もちろん量は考えなければならないがな。それと」
「それと?」
「その力、私のためにならば使うことを許す。これからも、その……」
カーラがモジモジと、バツの悪そうに言い淀む。
「ああ。アクセサリーが欲しいってことか」
カーラは少し照れくさそうに頷く。ああ、邪神と言っても女の子なんだなあ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます