走馬燈のような
金谷さとる
音無し影絵
壁に叩きつけられ、見たことのない角度から見える腕と指先にちろりと炎が忍び寄ってくる。
赤い炎が燃え上がり影絵のように人影が行き交っている。
わたしは今なにを見ているんだろう。
「ねぇ、セツ。お姉様がどうしてタマシダ様とアモウ様とおしゃべりしているのかしら? 教養も礼法も身につけていないお姉様なのに」
下のお嬢さまが可愛らしく拗ねながら聞いてくるのにわたしは答える答えを持っていない。
おふたりともただただ上のお嬢さまに好意的なのだ。
「なにも知らないさまが珍しいと愛でておられるのかもしれませんね」
わたしには到底わからない感情ですが。
「そうね。お姉様もお困りのことでしょうね。お姉様が学院に通われることがそもそもの間違いなんですもの」
下のお嬢さまがにこりと笑ってらっしゃる。
上のお嬢さまはどんどん学院内で孤立していく。
タマシダ様とアモウ様もまた上のお嬢さまにだけ時間を取られているわけにはいかないらしく、避けることは容易くもあった。
下のお嬢さまがアモウ様と語らう時間をとれて頬を染め談笑してらした。
「アモウ様が、私とおにいさまの寄り添う姿がお似合いだとおっしゃるの。そうよね。お姉様より私の方がおにいさまに相応しいもの」
上のお嬢さまの許嫁様がお好きなんですね。
そう呟けば、下のお嬢さまはふわっと微笑んで「ぜんぜん。家柄と個人の能力はそれなりだけど、それなりだし、お姉様の許嫁だわ」と返してくださる。
「そうね。お姉様には相応しくない方ですもの。私に心揺らされる方ですのよ。当然浮気なさるでしょうよ」
わたしには下のお嬢さまがなにをおっしゃっておられているのかがてんでわかりません。
ただ。
「そのような方、お嬢さまには相応しくありませんね」
「そうでしょう。セツもそう思ってくれるのね!」
きゅっと手を取ってくださる下のお嬢さま。
ふわりと柔らかく滑らかな指先。
ああ、上のお嬢さまの指先はささくれてどこか固かった。
「セツ!」
遠くから呼ばれる。
影絵の人がわたしに手を伸ばしてくる。
「お姉様は、どこ!?」
上のお嬢さま……。
駆けてきた魔獣。
討伐にきた警備隊。
上のお嬢さまがわたしを壁に叩きつけた。
わたしの腕は上がらない。
立ち上がれない。
なにもできない出来の悪い上のお嬢さま。
わたしでも読める本の朗読をまともにできない。
わたしは下のお嬢さまに何度も読み聞かせをしていただき朗読を聞いていただいていた。
文字も上手に書けない。
わたしは下のお嬢さまに「復習ね」と言って繰り返し練習を重ねていた。
わたしは姐さんに身嗜みを確認されていた。
わたしは上のお嬢さまがわたしの掃除する姿を見てなんとなく掃除をしているのを見ないフリをした。
雨の日に上のお嬢さまのもとに食事が届けられていないこともそれ以外で食べているんだからたまにはいいでしょと賄いを平気で食べながら目を逸らしてた。
上のお嬢さまの許嫁様はわたしを危険な魔獣から遠ざけるため突き飛ばした上のお嬢さまごと燃やした。
パキリと軽い物が折れる音が響いた。
たける炎の中からパキリパキリとなにかを踏みながら魔獣が抜けてくる。
わたしは、なにをしていた?
立てない。動けない。
影絵の人物……下のお嬢さまの後ろに魔獣が見える。
ゆっくりと下のお嬢さまが振り返る。
叫ばないといけない。
下のお嬢さまに『逃げて』とわたしが上のお嬢さまに告げられたように。
動けない。
踏み砕ける軽い音しか聞こえない。
赤い視界に黒の影絵が揺れる。
そのあとのことをわたしは知らない。
骨が折れ使えなくなった使用人のわたしを大奥様が保護してくださったのだ。
上のお嬢さまを危険にあえて晒したのはわたしだというのに。
わたしの居場所は、上のお嬢さまが居られたなにもないはなれ。
上のお嬢さまも下のお嬢さまもどうなったか誰も教えてはくれない。
わたしは今、上のお嬢さまがおられた場所にいる。
走馬燈のような 金谷さとる @Tomcat
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