6:初めての握手会
…物凄い戦場に来てしまった気がする…。
とあるデパート内のCDショップ。
自宅からバスで1時間はかかるその場所に、私は独りで来ていた。
今日は土曜日。
本当だったらお家でダラダラと過ごすはずだったが、私は数週間前にスマホに届いたGerAdE公式アプリからの「握手会決定のお知らせ」という通知を見てはるばるここまで来てしまった。
そのお知らせによると、再来週発売されるGerAdE初の最新アルバムのCDを店頭で予約購入すると、その際に発行されたレシートがチケットとなって、なんとGerAdEのメンバーと握手ができる、というもの。
メンバーとの握手は1人1回のため、1人で何回も何枚もCDを予約購入して握手をすることは出来ないが、ライブで初めてメンバーと会う前にまさか至近距離でお目にかかれることになるとは…!
しかし、そう思って会場のCDショップまで来てみたはいいものの、私はその隣のスペースを見て驚いていた。
店頭の隣には広いスペースを設けて予約購入の受付もたくさん並んでいるけど、そこには既にたくさんの女の子たちで溢れかえっていたからだ。
「…っ、」
…GerAdEが人気なのは知ってるけど、まさかこんなに来てるなんて。
ざっと見た感じ、数百人…いや、下手したら千人は超えているかもしれない。
握手会会場はまた別の階にあるらしいが、私もとりあえずはこの集団のなかに紛れるしかない。
しかし並んだ瞬間、周りから他の女の子たちの香水の良い香りがふわりと漂ってきた。
…すごい。
皆私よりも大人な感じで、すっごくお洒落してきてる。
私なんて部屋に脱ぎ捨ててあったパーカーにデニムのスカートだから、こんなのお洒落でも何でもない。
それなのに、周りを見ると平気で肩を露出した服を着ている子もいるし、びっくりするくらい短いスカートを穿いてきている子もいる。
…あ、やば。そういえば慌てて来ちゃったけど、髪ぐちゃぐちゃじゃないかな。
そう思いながら鞄から鏡を取り出そうとすると、その間に何やら後ろからぐぐぐ…と背中を押された。
その反動で思わず私も前の人の背中を押しているみたいになってしまうけど、な、何でこんなに押されなきゃいけないの!?
そう思っていたら私の前に並んでいる20代くらいの女の人に「押さないでください」と睨まれるし、何だか凄く散々だ。
……私、GerAdEと握手したいだけなのに。
だけど、今日握手会に行くことをかずくんに声をかけなくて良かったと思う。
私が行きたいからって、かずくんはGerAdEに興味が無いのに、ライブに行く前にこんなに散々な思いをさせるわけにはいかない。
そんなことを考えているうちに、やがて列が進んで行って、私はようやく握手会へのチケットを無事に手にすることが出来たのだった。
…………
握手会会場に到着した頃には、ここにも既に人が溢れかえっていた。
デパートの7階にある広い催事場スペースで、係員や警備員があちこちに立っている。
とりあえず案内されるままに最後尾に並ぶと、一気に緊張感が増してきた。
握手会は午後14時かららしい。
…今の時間、13時半頃。握手会が始まるまであと30分ほどある。
うわ、ヤバイ。MASAくんに会える!MASAくんに会えるっ…!
そう思ったら、緊張とワクワクが私の中でどんどん増してきて、何だか変な気分になってきた。
しかし今気が付いたけど、よくよく周りを見てみれば、みんな友達やカップルでイベントに参加している。
…もしかして、ぼっちで来てるのは私だけかな。
GerAdEのメンバーから見たら、「あれ、コイツぼっちか」ってなっちゃうのかな!?
あ~どうしよう。
MASAくんを目の前にしたらなんて言おうかな?
…今のうちに考えておかなきゃっ!
…………
MASAくんに伝える言葉を考えていたら、いつの間にか握手会が始まっていた。
私の前にはたくさんの人が並んでいたけれど、始まりだしたら回転が速いようで、どんどんどんどんと私の番が近づいてくる。
催事場内の一角のスペース。
たくさんのパーテーションに囲まれたそこに近づけば近づくほど、聞き覚えのあるメンバーの声が聞こえて来た。
「ありがとねー」
「え、マジで!」
「…っ、」
…この声。
たぶん、JUNくんとMASAくんの声だ。
そしてその直後、MASAくんの笑い声もそこから聞こえてきて、余計に緊張が高まった。
…わ、やばい。私、いつもみたいに上手く話せるかな。
なんて考えているうちに、いつのまにかパーテーションのすぐそばまで来てしまう。
その間にもパーテーション越しに聞こえてくるメンバーの声。
ここまで来てやっとHARUくんの声も聞こえてきた。
…優しい声で「ありがとう」って聞こえてくる。
HARUくんが常に塩対応なんて、あのウワサ嘘じゃん!
……うわ、緊張とワクワクとドキドキがMAXだ。
やっぱりかずくんも連れて来ればよかったかな。
そう思っていた時…
「…!」
ようやくGerAdEメンバーの姿が見えてきて、私は思わず頭の中が真っ白になった。
私の前にいる人なんて、握手する前から感激して泣いている。
え、やめて、それ私もつられそうだから!
メンバーの順番は、
手前から奥に行くに連れてHARUくん
私が大好きなMASAくん
メインボーカルで一番人気のJUNくん、と並んでいる。
なんて見ているうちに早くも私の番がやってきて、私はその時初めて至近距離でHARUくんを目の前にした。
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