午前3時の大惨事

楽天アイヒマン

午前3時の大惨事

 午前3時、眠気覚ましのために紅茶を淹れた。サビだらけのヤカンで湯を沸かし、煮えたぎる湯をティーバックが置かれた湯呑みに注いだ。滲み出る香味成分を見ていると、アルコールでふやけた脳みそは言葉を次々と吐き出した。


 人間誰しもが人に言えない秘密を抱えているものだ。例えば子供を堕胎しただとか、30超えても童貞だとか、父が新興宗教の教祖だとか、そんな具合だ。そして秘密とはえてしてバラされるために存在するが、(滲み出す秘密−押さえ込もうとする理性)×カッコつけの公式を経て絞り出されるものが芸術足り得るのではないのだろうか。

 ただ僕はあまりにも凡人なので、僕の想像する天才からはみ出した天才が僕の無念を全て攫っていくことを望んでいるのだ。そこら辺を歩いているすべての天才たちにとって、僕は風景の一部であることを強く願う。なるべく惨めであるように。なるべくキモくあるように。そこにだけ僕たち凡人の希望はある。


 ティーバックをあげて、下げて、またあげる。その繰り返しにすらひどく苛立ってしまう。カッコつけやがって。インスタントでいいじゃないか。全てに憧れた僕ではあるが、こぼれ落ちた欠片達の価値を見誤った気がしてならない。欠片は僕に話しかける。どうやら次は君の番だと。僕はそれを無視して、六畳間に置いてきた夢に別れを告げる。


 人間嫌いだなんだかんだ言われるが、僕は自分のことをそう思っていない。愛の総量が人よりも少ないだけだ。そして一人の人間を愛し尽くした。だったらもうそれでいいじゃないか。結末がわかっている映画なんて見る気もしない。それが古くて白黒なら尚更だ。どうせ明日になったら記憶なんてないんだろう。だったら消えたはずのあなたに、そばにいて欲しかった。


 昔っからそうだ。他人に対して感情的になることが、僕はひどく苦痛だった。それをそつなくやって当たり前のように他人を愛せるみんながひどく羨ましかった。

 きっかけは成人式だった。そこで僕は当たり前から弾かれた人間だと悟った。あまりに世の中のことを知らなかった。誰が教えてくれるのだろうか。成人式の帰り道、次の街頭まで息を止めて、それを破ったら地獄行きだと、僕は必死に遊んでいた。


 きっとみんな誰にも言えない不幸を必死こいて乗り越えてきたのだろう。じゃなければ僕と彼らとの差がどうやっても説明できない。ていうかなんでもないのにペシミストぶっている僕はなんなのだろうか。(待ってくれ、置いていかないでくれ。)障害のある人たちに失礼だと思わないのだろうか。そんな事うだうだ考えているから、大人になっても母親像を追い求めて、アル中になるんじゃないか。忘れ去られた昨日の残滓が、一塊になって僕に抗議している。

 もつれる足はあまりにも多くの血を流していることを訴えている。後一歩、後一歩、遠くで僕が叫んでいる。だけどなんで叫んでいるかは分かりやしない。

苦悩に挑めなかった僕と、苦悩に挑んだ僕。重なり合って、溶け合って、3分前の記憶の中に溶け出していく。

 衝動はいつの間にか消え去って、残った熱は未練になって僕の足を引っ張っている。僕は彼の手をそっと握った。長旅を終えて、彼の手は少しカサカサとしていた。僕はカサついてひび割れた手を見て、母親を思い出していた。夕暮れのボヤける白濁した記憶の中、なにかを煮込んでいた母親の背中…


 おっと、もう3分経ったみたいだ。慌てて台所に行き、紅茶を啜る。甘くて苦くて、何かに似ている味だったが、とうとう思い出せなかった。

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午前3時の大惨事 楽天アイヒマン @rakuten-Eichmann

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