第25話『自由な鳥』
ついに、その日が訪れた。結愛は胸の中で緊張と期待が入り混じる感覚を抱えながら、学校の演奏ホールへと向かっていた。
彼女にとって、この日がどれほど大切な意味を持つかを、言葉で表現するのは難しかった。陽菜に捧げる音楽、そして自分自身の成長を証明する瞬間だ。
奏斗と共にホールに足を踏み入れると、すでにオーケストラのメンバーが集まり、演奏の準備を進めている。
大きな舞台の上には、楽器が整然と並び、緊張した空気が漂っていた。
結愛は深呼吸をし、舞台の端で、準備を手伝っている奏斗と目が合った。
奏斗はこちらにやって来た。
彼もまた、どこか緊張している様子だが、彼女に微笑みかけると、力強く頷いてくれた。
「大丈夫だ、結愛。お前ならできる」
奏斗の言葉が、結愛の心を落ち着かせる。
その瞬間、結愛は小学生の頃に作った曲『自由な鳥』を思い出す。
あの頃の自分が、何も知らないままに書いたメロディーが、今ここで演奏される。あの頃の彼女は、ただただ自由に羽ばたく鳥のように、未来を夢見ていた。
『自由な鳥』は、結愛の心の中にある「自由」と「希望」を象徴する曲だ。
小さな手で鍵盤を弾きながら、空を飛ぶ鳥のように、彼女の心もまた大空に舞い上がっていた。
今、その曲は彼女自身の成長とともに、オーケストラの音色と絡み合い、まるで新たな命を吹き込まれたかのように輝いている。
そして、いよいよ本番が始まる。結愛は深く息を吸い込み、静かにステージへと歩み寄る。
オーケストラの指揮者が指揮棒を持ち、合図を送る。その瞬間、すべてが静まり返り、観客たちの期待の眼差しを感じる中、結愛はピアノの前に座った。
指揮者が指揮を始め、オーケストラが一斉に音を出し始める。
その音色に合わせて、結愛は鍵盤に指を置き、静かに一音を弾く。その音が、ホール全体に響き渡り、観客たちの息を呑む瞬間が訪れる。
『自由な鳥』
メロディーが流れ始めると、結愛の心がどこか遠くへと飛び立つような感覚を覚える。小学生の頃の純粋な気持ちが蘇り、彼女の指先から音が流れ出すたびに、羽ばたく鳥のような自由な感覚が広がる。
オーケストラと共に奏でるそのメロディーは、まるで空を飛ぶ白い鳥が風に乗って自由に舞うかのように、軽やかで優雅だった。
そして、演奏ホールの天井から、実際に白い鳥が羽ばたく。
それだけはない、どこからともなく、精霊も妖精も、天使達が現れ、歌い出す。
結愛のピアノの音色とオーケストラの調和が完璧に一つとなり、観客たちはその美しい音楽と光景に小さな歓声をあげる。
曲が進んでいくうちに、結愛は全身で音楽に身を任せ、心を込めて弾き続ける。奏斗の存在が、彼女を支えるように感じられる。奏斗は舞台裏から彼女を見守っている。心が一つになり、音楽が形を成していく。その瞬間、結愛の中で何かが解き放たれるような感覚が広がった。
演奏ホールの天井から、神々が現れた。
女神アリアを筆頭に、七体の神々が降臨。
そして、神々も歌い始めた。
観客達は、その光景に驚嘆しつつも、静かに聴き入った。
壮大なスケールの音楽が、ホール内に響き渡る。
まさに神曲といっても過言じゃなかった。
精霊、妖精、天使、神様が、歌い。
結愛達はそれに合わせ、弾く。
そして、最後の音が静かにホールに響き渡る。メロディーが途切れることなく、しばらくその余韻が続いた後、観客たちは一斉に拍手を送った。
結愛は目を閉じ、静かに息を吐いた。演奏を終えた瞬間の安堵感とともに、心の中で湧き上がるのは、陽菜の心に届き、呪いが解けたか、どうかであった。
そして、前席にいる陽菜が、静かに涙を拭っているのを結愛は見つけた。陽菜の目に、確かにその音楽が届いていたのだと、結愛は心から感じた。
結愛はゆっくりとピアノの前を離れる。オーケストラのメンバーや観客たちの賛辞の声が響く中、彼女は一歩一歩、陽菜に向かって歩いていった。
そして、陽菜の前に立ち、微笑んだ。
「届いた……かな?」
陽菜は涙をぬぐいながら、力強く頷いた。
「うん、結愛さんの音楽、ちゃんと届いたよ」
その言葉が、結愛の胸に温かさを広げた。彼女は穏やかな笑顔を浮かべながら、陽菜にそっと手を差し伸べた。
陽菜はその手を優しく掴み、握った。
『自由な鳥』が、陽菜を解放した瞬間であった。
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