還章④ 戦士の里Ⅰ
草木が橙色に染まり、赤い星が沈み始める頃。
数日歩いて、『フィンチャー領』の『戦士の里』に辿り着く。
道中、魔物に襲われはしたが、武器を抜いた頃には、既に勇者が対象を斬っていた。
こいつの強さには目を見張るものがある。負けるわけにはいかない。
戦士の里は、小さいとも、大きいとも言えない村だった。だがおそらく、多くの村人が住んでいるのだろう。
「ただいまー!」
ゴンザレスは大声をあげる。すると……。
「ゴンにいちゃん!」
「ゴンザレス!」
と、家々から子どもたちが飛び出してくる。彼らは、ゴンザレスに飛びついた。
ゴンザレスは軽々と子どもたちを持ち上げる。
「おお! お前たち、元気だったか? 良い子にしてたか? 『悪夢に立ち向かう者は皆英雄』。忘れてないだよな?」
「うん!」
「でも弟はね、昨日おねしょしてたよ」
「言うなよ~!」
思い思いに、ゴンザレスに話しかけまくる子どもたち。微笑ましい光景だ。
「そりゃあ、よかったぁ。オイラの仲間たちを紹介したくてさ、立ち寄ったんだ。とっちゃんとかっちゃんはどこだい?」
もう来るよ! と、子どもたちが指さした方向から、ゴンザレスによく似たご婦人と紳士が駆け足でやってきた。
「とっちゃん! かっちゃん!」
笑顔のゴンザレス。どうやら、親子間の仲は良いようだった。
「……ゴンザレス。おかえり」
「おや、その方たちは……王命にあった、勇者様たちだね?」
頷いたゴンザレスは、オレたちをひとりひとり紹介してくれた。
姫様の紹介で、ご婦人は何かに気がついたようだ。
「あなた……もしかして、リリスかい?」
直前まで、モジモジとしていた姫様は、真っ直ぐ背筋を伸ばした。
「は、はい! お久しぶりです、おばさま!」
「おやまぁ……貴女にも会えるなんて……。今日は、特別な日ね。皆様、今日は休んでいってください」
……休息にはちょうど良い地点だ。
オレは勇者に目配せする。奴も同じ気持ちだったのか、頷き返してくる。
「それでは、お世話になります」
王国式の敬礼を欠かさず、戦士の里へと踏み入った。
案内されたのは、ゴンザレスの実家だ。
村一番の広さを持つ家。話によると、里一番の戦士となった家族が住む家屋らしい。
先代の戦士はゴンザレスの祖父だったようで、長年、彼の家族が住んでいる。
その二階の大部屋を、勇者一行に貸してくださった。
荷物をほどき、腕を伸ばす。そしてすぐに、姫様の荷ほどきの助太刀に入る。
先ほどから頬を緩ませている彼女に、声をかけた。
「そういえば、姫様の幼少期は、こちらでお世話になっていたのでしたね」
「ええ! なかなかお会いに来られなかったですから、本当に嬉しいです!」
本当に嬉しそうだ。良かった。
オレも顔が緩む。
そんな最中、階段を強く踏み上がってくる音がする。
念のため、姫様の前に立つ。
扉が開かれる。
そこには、ゴンザレスに負けじと屈強な女が立っていた。
恥ずかしげもなく腿を露わにし、紅い髪を乱雑にまとめた女性だ。
鍛え上げられた筋肉は、芸術性を感じさせる。
「おう! ゴンザレスよう! 久しぶりだな!」
「ヴァルガン!」
ゴンザレスは、ヴァルガンと呼ばれた女と抱擁を交わす。
姫様が口を両手で隠す。反対に、勇者があんぐりと口を開けた。
「みんなぁ、紹介するだ! こいつはヴァルガン。オイラの幼馴染みで、戦士の儀式で凌ぎ合ったライバルだ!」
ヴァルガンの肩を叩くゴンザレス。
一方のヴァルガンは、笑いながらため息をついた。
「『フィンチャーの地酒を交わせば敵も仲間』、とは言うけどよ。ゴンザレスには負けちまったから、オラは二番目の女だな。『ザ・ウォリアー』の称号は取られちまった」
しょんもりと、ゴンザレスは肩を落とす。
「そんなこと言うなよぉ……オイラは、お前が居なかったら、ここまで頑張れなかったよぉ……」
本当に悲しそうだった。
道中で聞いた話だが、『戦士の里』の民には姓が無いらしい。
だが、戦士の儀式を突破した者にだけは、戦士を冠する称号を名前の後ろに付ける風習があるという。
「冗談だよ! な? そんなへこむなって。ハキハキ喋るようになったって聞いたのによ、こういうところは変わってねえなあ。……あ、すまねえ御一行。ご挨拶が遅れちまった。オラはヴァルガン。よろしく頼むよ……ってオイ!? もしかしてアンタ、リリスか!?」
「リリス様だ」
訂正させる。ご婦人は許したが、そこらの奴には許さん。
こら! とオレを見る姫様。
「お、おう。すまねえ、怖えなお前……。ええと、リリス様? オラのこと、覚えてっか?」
「ええ、もちろん! 小さいころ、三人で遊んだじゃないですか! お久しぶりです、ヴァルガン様!」
「おお……おお! そうだ! あの頃は尻尾も角も小さかったのに。変わっちまうもんだなあ……あれ……」
ヴァルガンが首を傾げながら、姫様の顔を舐め回すように眺める――オレは前に出て、睨み付けた。いいぞ。オレがここで不敬罪を執行しても。
「そんなつもりはねえよ! 悪かったって、怒るなよ兄ちゃん。……いや、綺麗になったもんだなってさ」
姫様の手が、オレの背中に触れる。
「もう……大丈夫ですよ、バルムンク……」
「悪い。話に夢中になっちまった。叔母さんたちが飯用意してくれたから、呼びにきたんだ。近所も呼んで、軽い宴だとよ。ゴンザレス、手伝ってくれ」
と、ヴァルガンはそう言い残して、一階に引っ込んでいった。ゴンザレスはそれを追いかける。
ようやく、静けさが訪れる。耳鳴りが止んだ。
せっかくお世話になるのだ。何もしないと言うのは騎士の名を汚すことになる。オレも手伝おう。と、歩こうとしたのだが、違和感があった。
振り返ると、姫様はオレの裾を掴んでいる。
「姫様……?」
「あっ、いえ! 私たちも手伝いにいきましょう! ねっ?」
パタパタと、姫様も部屋を出て行ってしまった。
どうしたのだ、いったい。
腕を組んで考えようとしたが、視界の隅に二人組が映る。そういえば今の会話、この二人は珍しく静かにしていたな。
一目見ると、接吻でもするのかという距離で顔を突き合わせ、「マジか……」「ゴンって彼女いたのか」「そういうこと?」なんて、俗な話をしていた。
□ □ □
なんとも新鮮な宴だった。
郷土料理、というのだろうか。実家――ウェルバインド領と、王国領では食べられない数々の料理は、オレの舌鼓を打つ。
先ほどまで居た近所の家族たちは、既に帰宅していた。残っているのは、戦士の両親と、勇者一行のみ。
紳士は、酒とつまみをいくつか持ってきてくれていた。
「騎士様。そんなに気に入っていただけて何よりです。地酒と合わせると、もっと美味しく感じるかと」
む。酒……か。酔い潰れてしまった夜を想い出し、丁重にお断りする。
「すみません、私は酒に弱く。お気持ちだけ受け取っておきます。代わりにといってはなんですが、世界が平和になった暁には、ウェルバインド領との取引をお願いしたい」
父上の顔を思い出す。
オレと違い、父上は酒に大層強く、こういった領地特有の地酒といったものを気に入っているのだ。
正直、父上のことはどうでもいいが。領地が豊かになるのであれば、悪くないだろう。
「それは光栄です。世界を救われる日を、心より楽しみにしております。……さ、勇者様、もう一杯どうぞ」
「ありがとうございます!」
勇者は既に何杯か酒を飲んでいた。メルルも同じくらい飲んでいる。
姫様は少量を嗜んでいるようだ。両手でグラスを持ち、舌を出し、舐めるように飲んでいる。ゴンザレスは……彼の目の前には、酒瓶しか転がっていなかった。なのに、ケロリとしているのが不思議だ。
「……ねえ、ゴンザレス」
と、ご婦人が重々しく口を開いた。何やらゴンザレスに話があるようだ。
オレたちが居ていいものか分からん。
「ご婦人。私たちは上に失礼します。……いくぞ、勇者」
「んぁ? おお」
ゆっくりと立ち上がる勇者――気の抜けた返答をするな。
「ああ、いえ、騎士様。良いのです。良ければ、同席してください」
オレたちに関係がないことはなさそうだった。
ゴンザレスには、予想が付いているのかもしれない。背筋を伸ばしている。
ご婦人は告げる。
「ねえ、ゴンザレス。やっぱり、村に残ってくれないかしら……?」
と、彼女は王命に逆らったのだ。
「何を……ッ」
オレの踏み出した一歩は、勇者の上げた腕によって遮られる。
まだ何も言うな。そう言いたげな眼だった。
……良いだろう。話だけは聞いてやる。
「かっちゃん。決めただろ? 王命だって、みんなが送りだしてくれたんじゃないか」「そうだけど……! でも、やっぱり、寂しいものは寂しいのよ。それに、最近は魔物だって……」
ゴンザレスの肩は下がっていく。
「でも……。――そういえば、じっちゃんは? じっちゃんはなんて言ってんだ? また狩りにでも出ているのかい? オイラの大好きなじっちゃんが一番、王命に喜んでた! 『戦士ロイヤーの導きは、護る為に』って!」
そのときのご婦人の顔に、オレは覚えがあった。
「おとっさんは……! ……あなたが王国に向かってすぐ、戦士の里に魔物が来た。強大な魔物だったのよ。その魔物に、殺されてしまったわ。魔物がどんな目的で来たのか……それは分からないけれど」
ああ、見覚えがあったのは間違いが無かった。
あの眼は、身近な者が死んだ者の眼だ。王国騎士団の任に就いていた時、なんども見た眼と同じだった。
姫様は目を見開き、震える両手で口元を覆った。
ゴンザレスは立ち上がって、テーブルを叩く。その一撃によって食卓は砕かれた。
「嘘だぁ……じっちゃんは、先代の戦士なんだ……負けるわけが……」
左腕に装着している腕輪を、ゴンザレスは強く握る。
ゴンザレスの肩に手を置いたのは、紳士だった。
「でも、死んだんだ」
彼は、ご婦人の言葉を引き継ぐ。
「だからなんだ、ゴンザレス。残って欲しいと言ったのは。選ばれた戦士が今、村には居ないんだ。魔物も活発となっている。赤紫に染められた空の浸食が、いつこの村にまで届いてもおかしくはない。魔王を倒した頃には、もう里は無くなっているかもしれない。……勇者御一行の皆様。あなたたちに同席していただいたのは、こういった事情だからです」
言葉が喉に詰まった。先ほどのオレなら、王命に逆らうことを是としなかっただろう。 だが、知ってしまった今、声は震えるばかりで、言葉にならない。
クソッ……もし、ひと月前のオレだったら……。
勇者の腕がゆっくりと下ろされた。
彼は夫妻に向き直ると、深々と頭を下げる。
「ええ。事情は良く分かりました。話してくださり、ありがとうございます。ですが、ゴンの――ゴンザレスが考える時間も必要かと思います。いったん、持ち帰らせてください」
姫様がゴンザレスを支えようとする姿を見て、オレもそばに駆け寄った。
「ここはオレが」
「……私も共に」
ゴンザレスの顔には、深い陰りが漂っている。
オレたちは、静かに二階への階段を上がった。
背後では、勇者が階段に足を運ぶ音と、メルルが椅子を引く音が重なる。
「息子を、よろしくお願いします」
ふいに、ご婦人のか細い声が耳に届いた。
□ □ □
既に、戦士の里は静けさと暗闇に包まれていた。日付は変わっている。
オレは空気を吸いに、外へ出た。
手頃な段差に座る。
夜空を見上げた。
輝く星々の中に、一際煌めく星がある。それはまるで――オレにとっての――。
「バルムンク?」
「姫様?」
彼女の声がする。振り返ると、姫様がこちらに近づいて来ていた。
慌てて立ち上がろうとすると、
「座っていてください。私も、少し夜風に当たりたかったのです」
「そうですか」
身体の力を抜き、一人分の席を空ける。
隣に姫様が座り込んだ。……仄かに香った、甘い匂い。
「……どうですか、ゴンザレスは」
「いまは、イサム様とお話しています。勇者様に救われたから、また助けて欲しい、って」
「ああ……まあ、確かに」
言葉を濁す。
王国に来た頃のゴンザレスは、あまり自分の主張をしない奴だった。何かを選ぶ時は、必ず誰かに、どうすればいいのかを聞いていた。
だが、勇者と関わるにつれ、明るく、話せる性格になっていった。
――勇者がゴンザレスに返す内容を予想できる気がする。
……戻るか。オレの力が必要かもしれん。
「姫様はゆっくりしてください。オレは先に戻ります」
立ち上がって、戻る。
戻ろうとしたが、再び、姫様に裾を捕まれていた。
「どうされました?」
彼女は上目遣いでオレを見る。
心臓を、誰かに大きく殴られたようだ。どくんと跳ねる鼓動。
彼女に聞こえていないことを祈る。
「……少し、話を聞いてください」
「は、はい」
再び座り込んだ。
姫様は、自らの尾を引き寄せて抱いた。その中に顔を埋めている。
「バルムンクって……私の幼少期についてを何処までお話したか、覚えていますか?」
何を今更。
「勿論、全てです。あなたは幼少期まで『戦士の里』で暮らしていた。その姿を、里に寄った王国の彫金師が発見した。彫金師は、あなたが胸に付けていらっしゃるそのブローチに心当たりがあり、王のもとまで連れて行く。そこであなたが、行方不明になった第二王姫様のご息女であったことが判明した――そのブローチは、王姫様の物でしたからね――国王は、血の繋がりがないと知りながらも、あなたを娘として引き取る。そしてしばらくは、国王や王妃様、第一王姫様方と共に過ごしていた……」
これが、オレの知っている全てだ。オレが姫様と初めて出会ったのも、同時期だろう。 姫様は胸からブローチを取り外し、手の中で転がしている。
「ふふ。ありがとうございます。でも、少し情報が足りていませんよ。王様――お父様は、魔物とお母様から産み落とされた、穢れた血の私を引き取ってくださったんです。なんて寛大なお心の持ち主なのでしょうね……」
「やめてください。姫様、ご自身を卑下するようなことを言うのは。あなたはオレの――」
オレの、なんなのだろうか。
いや、護る対象だ。
「ええ。普段は言わないようにしてるのですけどね。あ、ええっと……、そう。何が言いたいかって、私はお父様たちに感謝しているんです。だから、離れるのはとても寂しい……ゴンザレスのお母様とお父様の気持ちも、分かるんです」
「そう、ですか……」
オレには、分からない話だった。父上のことが、嫌いだから。母上はオレが物心つく前に亡くなって、イゾルダがオレの母代わりをしてくれた。
だから、離れて寂しいなんて気持ちは、分からない。
でも、彼女が悲しんでいるのを見るのは、悲しくなる。
「だからね……ゴンが村を護りたいって選択したら、尊重したい」
姫様は、オレの手を握った。
強く、握った。
「――――」
オレは握り返し、少しだけ力を込めた。
彼女は決意を込めた眼で、オレを見る。
「バルムンク。それと、もう一つ」
「なんでしょう?」
「これから話すのは、あなたがまだ知らないことです。……私が幼少期に『戦士の里』で過ごしていた理由――それは、ゴンのお母様に拾われたからです。おそらく、王姫様……本当のお母様が、私を逃がしてくれた。このブローチを、私に託して。……彼女がいま、何処に居るのかは分かりません。本当の父が誰なのかも、分からないまま。ですが、私を逃がした理由……それは……」
姫様は押し黙ってしまう。
何を言いたいのか、分かる気がした。だけど、それを想像するわけにはいかなかった。
□ □ □
オレたちが部屋に戻ろうとすると、扉の前にはメルルが立っていた。
メルルは手招きをして、部屋へと入っていく。それに倣う。
聞こえてきたゴンザレスの発する声は、枯れていた。
「……オイラは、欲しかった仲間が出来た。それに、世界を救えるかもしれない。でも、手の届く範囲を、護らなきゃいけねえってのも分かってる。ねえ、イサムさん。オイラ、どうすればいいんですかね。オイラを変えてくれた、あなたの言うことなら……従えます」
だが、きっと勇者はこう言うのだろう。
「俺が言うだけなら簡単だ。でも、自分で決めて欲しい」
「…………」
ゴンザレスは、そのまま押し黙ってしまった。
オレたちに静寂が流れる。
その時、突然メルルが声を上げた。彼女は自身のこめかみを揉んでいる。
「まて、まてまて。下りてくる……神託が下りてきたぞ……これは……」
勇者は聖剣を握る。
「いつの予言だ?」
「……今、すぐだ! 眷属クラスの魔竜が二体! 外!」
勇者は飛び出した。
オレは一瞬、反応が遅れる。槍を握り、外へ――その前に、押し黙っているゴンザレスの肩を叩く。
「行くぞ! まずは、護りきらねばならないだろう」
「バルムンクさん……はい……」
オレたちは勇者を追う。
戦士の家を出るのと同時に、虚空から羽音が聞こえた。
『ギョエエエエエエエエエエエエ!!』
奇声が鼓膜に響く。
空を切り裂いた二対の双翼が、姿を見せた。魔竜だ。
奴らの口から、風属性の魔術が放たれる。
メルルは魔導書を開き、魔竜を睨んだ。
「『土礫よ。貫け』」
風魔術を、地属性の魔術で
「神託によると、この魔竜は竜魔王に近いモノの眷属だ。トドメは勇者に! みんな、油断するなよ!」
オレは姫様の前に陣取る。
勇者は――メルルの側だ。
ゴンザレスが大斧を持ちながら、右往左往している。
勇者の檄が飛ぶ。
「ゴン! 俺のことはいい!!」
騒ぎを聞きつけたのか、家屋の灯りが点灯していく。様子を見に来た者の何人かが、顔を覗かせた。
先頭に立つのはヴァルガンだ。
「ま、魔竜!?」
ゴンザレスはすぐに行動を移し、ヴァルガンの前に立つ。
「ヴァルガンッ! 下がって!」
「ゴ、ゴンザレス……これは……」
「いいからッ!」
「『灼熱よ! 燃え盛れ!』」
メルルの放った魔術が、火蓋となった。
魔術は天にまで届くが、二対の魔竜は高速で旋回し、易々と避けてやがる。
オレたち勇者一行の弱点が一つ、露見した。
空を飛ぶ敵に対する有効な手段が、あまりにも乏しいことだ。
「聖剣を投げるか……?」
とんでもないコトを言い出す
魔竜共もオレたちを仕留めるため、その獰猛な牙と爪を行使するだろう。魔術は相殺されるからな。
そこを狙う――!
「姫様、ご準備を!」
「はい!」
――来た!
魔竜はオレたちの命を刈り取るため、低空姿勢に切り替えた。
オレは即座に槍を振るう。狙うは翼。仕留められなくとも、機動力を奪う!
穂先を跳ね上げるように、槍を振るう。王国式の槍術だ。
併せて、姫様の剣技が光る。
剣先と穂先は、翼を裂いた。
『ギャッ!?』
翼を傷つけられ、四枚羽となった魔竜は、不安定に飛び上がる。
即座にオレは、自身に肉体強化魔術を発動する。
対象は、肩。
勢いを付けるために駆け――そして、槍を――投擲する――!
メルルの放つ、彩りの魔術が飛び交う中、奔る銀光。
銀光は伸び続ける。天に向かって、真っ直ぐに。
永遠にも感じられるその時間に、終わりがきた。
銀光の終点、その穂先は魔竜の命を貫く。
声にもならない声を上げた魔竜の一つは、地に墜ちた。
槍の回収に向かうために駆け出す。
だが、二体目の魔竜の軌道が変更されたのを確認する。
奴の口腔に集まるのは空を揺るがす強大な風元素。命を終わらせる生命力のエネルギーは、
狙う先は、民家か――! 駆ける脚を反転させる。
攻撃は出来なくとも、盾にはなれるはずだ。
脚を反転した瞬間、すれ違うように勇者が疾走する。
「!?」
勇者はある程度離れた後、聖剣を背中に収め、両手を地面につけた。まるで、これから全力で走り出さんとするような構えだ。
「何を……」
「バルムンクッ! 俺を上空へ!!」
「――承知した!」
オレは再び、肩と腕に肉体強化魔術をかける――オレの中の魔力が尽きかけて、視界が白んだ。だが、こいつの前で、醜態を晒せるものか……!
「『――全ての
走り込んでくるのは勇者。その脚がオレの腕に引っかけられる――男一人分の体重がかかり、身体が軋んだ。
全身全霊を込めて、天に届くように、打ち上げるッ!!
「行って、来いッッ!!」
勇者は大きく腕を振り上げて、跳ぶ。
高く。天高く。
彼は空中で聖剣を抜いた。
夜空に煌めく銀の剣。刃から放出された赤く輝く炎、天に描かれる紅い虹。それは朝日を思わせる。
村民と、オレたちが見上げる中、聖剣は、魔竜を両断した。
死骸は二つに分かれる。欠片のようなモノが、中空を舞う。あれは……角か。
魔竜の死骸は燃え尽き、そして灰となって散っていく。
よくやった! オレはグッと拳を握りしめる。
――待てよ? あいつ、跳んだ後のことを考えてないんじゃないか?
それがよぎった瞬間、駆け出していた。
枯渇した魔力。飢える魔力器官。軋む心臓。狭くなる視界。
クソ……。放っておけば良いものを……! だがオレは――姫様が悲しむ顔だけは、見たくないのだッ!
頭から地上へ落下する勇者。そんな状況だというのに、腕を組み、考え込んでいる様子。何かを思い付いたかのように、カッと目蓋が開かれる。
「着地は任せた!」
そう言い放ちやがった。
「間に合わん……!」
呟いた瞬間。身体が軽くなる。魔力器官が満ちる。
これは、メルルの魔力共有魔術だった。
発動するは強化魔術――! まさか、この短期間で三度以上も発動することになるとはな。オレは魔導師ではないのに――対象は、脚。
「『――脚よ、駆動せよ』」
奴が地上に激突する間際、オレは勇者をキャッチすることに成功する。勢いを抑えきれず、踏ん張った両脚のまま、地面を滑った。
長い痕が、黒煙を炊きながら地を焦がす。
抱えていた勇者が呟いた。
「お、ありがとう。でも、メルルに頼んだつもりだったんだぜ」
「ひひひ、その光景が見たくてね」
勇者を抱えたオレが見たかったのか、メルルはニヤついている。
ああ、そうかい。お呼びじゃなかったのか。
腹立たしいので、勇者を地に投げ捨てることにした。
「いてっ」
「ふん、自分で立て」
「ひでえ! ちゃんと感謝してるって!」
本物の朝日が顔を出した。
橙色の光が、村を照らす。
勇者は一体目の魔竜にトドメを刺しに行った。
「お、おい! ゴンザレス、いったいなんなんだよ!」
大声の方向を確認する。
村民がゴンザレスに詰め寄っていた。
「なんだ、って……オイラたちは、魔竜から護られたんだよ」
再び大声が聞こえる。子どもたちの泣き声。
「おい、ゴンザレス。どうした?」
ゴンザレスの肩を叩く。
「ま、魔竜が来たから、みんな不安になってるみたいで……」
「大丈夫ですか……?」
姫様がオレの背中から顔を出した。
同時に、村民が一歩引く。
ヴァルガンがそっと呟いた言葉が、オレの耳に残響した。
「思い出した。その角、前に襲ってきた魔物と同じ……」
「貴様……いま、なんと言った」
聞こえていたとは全く思わなかったのか、焦りだしやがった。
「い、いや……ごめ……」
腸が煮えくり返る。熱い。心の底にあるものが、熱によって沸騰する。
拳を握り、前方に繰り出そうと――!
止めたのは、勇者だった。
「やめろ。子どもが見てる」
下を見ると、小さき村民が、オレたちを見つめていた。その目は姫様に注がれ、涙が溜まっていく。
「こわい……こわいよ……やっぱり、悪魔の名前なんだ……」
小さい声は徐々に大きくなっていき、同時に、泣き声へと変貌していく。
両親が、子どもを抱えて去って行く。
最後に放った呟きが、この場に響いた。
「……すまない。でも、やっぱり、怖いものは怖いんだ」
姫様の様子を確認すると、彼女は自らの角に触れる。表情は暗く、ショックを受けているようだった。
「行きましょう……姫様」
オレは姫様の背に手を添えた。
そのお身体は、小さく震えている。
まだ耳には、先ほどの言葉が残響していた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます