ホテルニューさわにし:骨
野村絽麻子
お詣りにやって来るお客様
ホテルニューさわにしには、中途半端に日当たりの良い、あまり広くない中庭がある。
庭の中心部にはツツジの植え込みとこじんまりした浅い池があり、その周りをささやかな遊歩道が囲う。
春になれば池の辺りには黄色の水仙が咲くそうで、池にはどうやらメダカくらいは住んでいる。一応は職人によって整えられた松の木と、藤棚が東屋代わりに据えられていて、藤棚は今の季節はすかすかに枯れたように見えるけれど、初夏にはそれなりに綺麗な藤の花が庭の一角を彩るらしい。もちろん、雪模様の中庭もそこそこ美しいと思う。
館内の、中庭を囲む回廊を歩いていると、庭を歩いて行くお客様をお見かけすることがある。
「冬の中庭に何か用事ですかね」
「ああ、あれは祠を見に来とるんよ」
洗い立てのシーツを乗せたワゴンを押していた園田先輩がちょっと振り返りながら教えてくれる。祠と言われてお客様の視線の先を追えば、確かに、それっぽいものが見えた。
祠と呼ぶには割とエキゾチックなんじゃないだろうか。
観音開きらしい戸の付いた本体に、チューリップハットを被せたような屋根、その上には駄菓子のカステラみたいな尖塔が伸びている。あれは祠というよりも東南アジアの寺院に似てないだろうか。私の疑問を読み取ったかのように園田先輩が軽く笑いながら口を開いた。
「アレな、仏舎利が入ってるらしいで」
「……だからあんな形の祠なんですね……って、仏舎利?」
先輩の話では、何年か前に自称霊能者のお客様が宿泊にいらして、その際にあの祠を目にしてそれはもうひっくり返らんばかりに驚いたのだそうだ。その情報が何らかのネットの記事で紹介され、小規模に拡散されて以来、こうやって仏舎利を拝みに来るお客様が時々現れるらしい。
「いやいや、ほんまに仏舎利なんて大層なもん、入っとるわけないけどな」
「そうなんですか?」
「そりゃそうやろ。あったとして、せいぜいが何かの獣の骨ってとこや。えーと、アミちゃんコレ」
興味を失ったように言って、それから、宿泊名簿に目を落とした。先輩は名簿と照らし合わせながら洗い立てのリネン類を専用のバッグに入れていく。私はそれを受け取るとバッグの持ち手をドアノブに引っかけていく。
*
雪の止んだ中庭には寒々しいけれどすっきりとした風が吹いている。
池に続く小道には朽ちかけた木製のガーデンステップが埋め込まれていて、私はそれを恐る恐ると踏みしめながら、祠に近付いて行く。
近くで見る祠はやっぱりすこし珍妙な形をしていた。誰が置いたのかコーヒーとコーンポタージュの缶が雪帽子を被っている。お釈迦様の骨にコーンポタージュって。
少し笑ってしまってから、しゃがみ込んで手を合わせた。何を祈ろうか。ほんの一瞬だけ迷ったけれど、何も思い浮かばないままで首を垂れる。
さて、と立ちあがった時、ふと閃くものがあった。試験用紙。そうだ、私も貰っていたんだった。書かなくちゃ。だって、園田先輩もそう言ってたから。
——試験を受けに来たんですよね?
*
長く伸びた陽が入り込む居室の中、備え付けの机の上には広げっぱなしの紙がある。
ペンを手に取る。
窓の向こう、眼下に広がるひなびた温泉街の奥に、浅い色をした水平線が景色を分けているのが見える。
ホテルニューさわにし:骨 野村絽麻子 @an_and_coffee
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます