事の真相2

 私がある奇妙な一致に気が付いたのは、その後何年もしてからだった。


 私は一年分の記憶がないと言う異常な状態を受け入れはじめて、なんとか新しい仕事を始めようと思った。

 しかし、記憶喪失の一因があの過酷な労働環境にあったのだとしたら……と思うと、また以前のように定職につく気にはなれなかった。

 過酷な日々を過ごして、一年間もの記憶がなくなり、その間どこで何をしていたか分からないという状態になったら、また何年もの日々を喪失することになる。

 考えただけでひどく恐ろしかった。

 そのため派遣労働をすることにして、週に四日ほど働き、以前よりは少ない給料で暮らすようになった。

 そこで柳さんと出会い、柳さんの身に起こった異常な事件について話を聞くことになった。


 そう。奇妙な一致というのは、黒ネコが死に、娼婦の幽霊と噂される女性が姿を消した時期と、川端理央がある日、突然家の前に立っていた時期がピッタリと重なるのだ。


 これはただの偶然だろうか?

 川端理央が実家の前でぼうっと立ち尽くしていたとき、彼女からは異様に獣臭い匂いがしたという。

 これも偶然だろうか?

 柳さんに川端理央の写真を見せれば分かることなのだが、何かとんでもないものを掘り起こしてしまいそうで、その勇気が出ない。

 それに私も一年間の記憶がない身だから分かることだが、そのときに自分が何をして、どんな生活を送っていたのか、気になって仕方がないのだ、その反面、怖くて調べる気にはどうしてもならないのだ。

 もし、黒猫が死に、娼婦の幽霊と噂される女性が姿を消したことと、川端理央がある日突然、家の前に立っていたことが偶然時期が重なったわけではないとしたら……。

 帰ってきた川端理央の身体から、異様に獣臭い匂いがしたのが偶然ではないとしたら……。


 精神医学の分野では解離性遁走というそうだ。

 ある日、自分の家や家族、仕事などについて一切の記憶をなくし、どこか遠く離れた場所に行ってしまう。まったく別の人格として暮らしていることも多いのだが、戻ってきたときにはそのときの記憶を失っているのだとか。

 しかし、まったく別の人格として暮らしていた人間が、なぜ急に前の人格に戻り、それまでの記憶を失って再び前の暮らしに戻ってくるのか、その理由は未だに解明されていないのだと言う。

 そもそも川端理央の場合は、精神的にもそこまで追い込まれていなかったはずだ。

 彼女は大学二年生、研究室にもまだ入っていなかったはずだし、就職が差し迫っていたわけではない。


 行きたかった大学ではなかったと言っても、私のように残業時間が何十時間もあって、出向先の電気の消えた倉庫の中で、ぼそぼそとコンビニ飯を食べるような暮らしではない。

 そんな川端理央の身になぜ、解離性遁走が起こって、そして、なにがきっかけで再び元の人格を取り戻すことになったのか。

 身体に和釘が貫通してもなお生きながらえた猫の通力と言っては荒唐無稽かもしれない。


 しかし、実際に私が知りえた情報から考えれば、ことの顛末はそのようなものなのかもしれない。

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