❄️3🌹

 駅から近い川沿いの並木道の通り。青と橙の空が溶け合う夕暮れの道、子供を後ろに乗せた自転車や高校生、おじいちゃん、おばさん——いろんな人たちが行き交う中に混じって、僕も買い物袋を肩にかけて歩く。


 結局、今日も応募先から連絡は来なかった。


 あのまま部屋にいたら憂鬱な気持ちを引きずりそうで、外でお散歩がてらお決まりのルートでお買い物をしていた。ツラい現実とは反対に、こっちは運よくスーパーの1パック卵(120円)のタイムセールを勝ち取り、お魚屋さんからオマケのホッキを頂いてしまった。


 気分も上々なところで、最後はもちろん「お肉のカバサワ」。


 通りから脇道に逸れた静かな住宅街——赤い看板が一際目立つお肉屋さんの前に、珍しい先客がいた。


 黒いスクールバッグを背負った、グレーのパーカーの男の子。


 見た目からしてきっと小学校高学年ぐらい。

 切れ長の細い目が特徴的な坊主頭のその子は、白い手さげの紙袋を脇に置いて、扉前のフラワースタンドの前でじっとしゃがみこんでいた。


 その台の上にあるのは、一輪の赤いバラ。


 扉のカラフルなポップに引けを取らない鮮やかな赤のソレを、男の子はじっと眺めては、キョロキョロ周りを見回して、眺めてをずっと繰り返している。


 バラが気になって見てるんだろうけど、それにしても動きが怪しい。学校帰りにお使いって風には見えないし……。


 遠巻きから様子を見ていたら、とうとう男の子と目が合ってしまった。その瞬間、男の子は人嫌いの野良猫みたいに一目散に逃げてしまった。


「何だったんだろ……」


 お店に入ると、ちょうど樺沢さんが奥の厨房から揚げ物を運んでいたところだった。


「はーい。いらっしゃーい」


 それにしても気になるな、あの子。

 樺沢さんのお店にはもう何度も通ってるけど、あんな男の子、一度も見た事がない。それにあの、あからさまに挙動不審な態度。なんだかイヤな予感がする。


「あの、さっきお店の前に男の子がいたんですけど……」


 気になって聞くと、樺沢さんは揚げ物を手慣れた手つきでケースに並べながら「あらぁ、あの子また来てたの」とさらっと言った。


「また?」


「そうなのよぉ。表にバラ置いてたでしょう。季節外れなのにキレイに咲いたもんだから三日前から飾ってたんだけど、そうしたらあの子、毎日あのバラ見に来るようになってね」


「毎日……」


「そうそう。けど男の子なのに珍しいじゃない? だから一回声かけたんだけど、ぴゅーっと逃げられちゃった。きっとお花好きだって知られるのが照れ臭かったのね」


 そう、なんだろうか?

 僕にはあの子がバラに興味があるって風には見えなかった。どちらかって言えば——養護施設の時によく見た、小さい子が後ろめたい事してる時の悪い顔に似ている。


 お店のガラス扉を開けて——。


「「あ」」


 さっき逃げたはずの男の子と目が合った。

 しゃがみ込むその子の前には、やっぱりあの赤い一輪のバラ。


「ねぇ、君——」


 声をかけて近づくと、男の子はびっくりした表情で急に立ち上がって——そのままバラの鉢を抱えていきなり走り出した。


「あっ?!」


 僕が呆気に取られている間に、男の子はどんどんお店から遠ざかっていく。

 これってホントにヤな予感的中?!


 このまま黙って見過ごすわけにもいかない。買い物袋を投げ捨てて男の子を追いかけると、意外とあっさり追いついた。


「捕まえたっ!」


 お互いケガしないように、後ろから男の子の体をがっちりホールド。


 自慢じゃないけど僕って結構力はある方なんだ。身長は低いし、見た目の体つきでよく勘違いされるけど、パンパンの買い物袋も五つぐらいまでなら持てる。


「離せッ! 怪力オンナ!!」


「ザンネン。僕、女の子じゃないよ」


「うわっ、オカマっ! キモッ! あっちいけよッ」


「君、ダメだよ。人の事キモいとか言っちゃ」


「キモっ! キモい! 人呼ぶぞッ!」


 注意も虚しく、男の子はまた激しく腕の中で暴れ始めた。


 昔のお店の達がここにいたら、この男の子のイノチ危なかっただろうな。大体、都会で伝説を残した姐さんと肩を並べるなんてとてもじゃないけど恐れ多すぎるよ。


「ハイハイ、いったん落ち着こうか。バラ泥棒の現行犯で捕まりたくないなら」


 駄目押しの引導を渡すと、男の子はがっくりとうなだれてやっと大人しくなった。





「はい、コレどうぞって。後でもう一回ごめんなさいしなよ」


 樺沢さんから貰ったコロッケを、外のベンチに座る男の子に渡す。男の子は膨れっ面で黙ったままだったけど、コロッケだけはきっちり受け取ってくれた。その小さな手指と爪には、落としきれなかったらしい赤や青の絵の具がついている。


「で、どうしてあんな事したの」


「オカマには関係ねーよ」


「そんな事言っていいのかな。若荒南小学校、五年一組の日高 陽翔(ヒダカハルト)くん」


「なんッ?!」


 白い紙袋の中を指さすと、げっと男の子は眉を歪ませた。


 きっと授業で作った作品なんだろう。

 紙袋から覗く粘土のミニチュアに貼られた長細い金紙と一緒に貼られた白い紙。神の方には、作品のタイトル『ゆめの島』の他に、男の子の学校やら名前やらが子供らしい字で書いてあった。


 素性が明るみに出てしまった男の子——ハルト君は、それでもコロッケを黙々と食べるだけでなかなか話そうとはしてくれない。


「正直に話した方がラクだよ」


 なかなか口を割ろうとしない男の子に、今度は昔施設で見た刑事ドラマのセリフをそっくりそのままマネしてみる。まさか自分で言う事になる羽目になるなんて思わなかったけど、それで諦めがついたのか男の子は「バラじゃないと、ダメなんだよ」とポロっと呟いた。


「クラスの女子が四月に転校するから、ソイツの好きなバラあげたくて……」


「その子、好きなの?」


「ハァッ?! そんなんじゃねーわバーカ!!」


 顔真っ赤にしてそんな否定されてもなぁ。

 口はすっごく悪いけど、本当はウソがつけない素直な子なんだろうな。


 どっかの誰かさんとソックリだ。


「バレンタインにチョコ貰ったから返したかっただけ。でも、もういい」


「どうして?」


「イミないじゃん。渡せたって、どうせ離れ離れじゃん」


 そう言って伏せた切れ長の一重の目。

 その澄んだ黒眼には、いつか感じた切ない痛みが重なって見えた。

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