この花に想いを乗せて
蒼雪 玲楓
目が覚めると
目が覚めて最初に見たものは青い薔薇だった。
花瓶に生けられた薔薇たち。
どうしてそんなものが目の前にあるのだろう、なんてことを考え始めた矢先、
「っ……!体がっ、痛いっ……!!」
全身が急に痛みを発し、再び意識を失ったのだった。
どれくらい時間が経ったのかはわからないが、再び意識を取り戻すと、そこは知らない天井だった。
こんな漫画のテンプレみたいなことなんてあるのか、なんて考えながら周囲に目を向けるとついさっき見た青い薔薇が視界に入る。
つまり、さっき意識を失ってから移動はしていないということだ。
そこまで理解し次に考えるのはここがどこなのか、なぜ自分はここにいるのかということ。
場所については薔薇以外の視界から入る情報でおおよその推測はできる。
「病院……かな」
自分の体に繋がれているチューブに白いベッド、漫画やアニメで見たことがある医療機器、ここまで揃えば自分が入院しているのだろうということもわかる。
そして、呟いた自分の声は思わず驚くくらいには掠れていた。
そこからわかるのはある程度の期間声を出していなかったということ。それが入院期間になるのだろうけど、周りにカレンダーもない今の状況ではそれがどれくらいなのかもわからない。
あと不明なのは入院している理由について……考える前に病室の扉が開いた。
そこから入ってきたのは白衣を着た男性と二人の看護師。
「良かった、目が覚めたみたいだね。体の痛みはどうかな?」
そう言われ、意識を失う前に感じた全身の痛みについて思い出した。あの時は身体中から痛みを感じていたのに、今はそれがほとんどない。
考え事をする余裕があったのはこれが理由かと今更思い至る。
「大丈……けほっ。すいません、飲み物をいただけませんか」
「これ、どうぞ」
看護師の一人が差し出してくれた水を受け取り、それを口へと運ぶ。
たったそれだけの動作でも腕が思っていたよりも動かせないことを実感する。
声が出しにくかったことと同じように、それだけ体を動かしていなかったという証拠だろう。
「さて、と。君には色々と説明しないといけないことがあるんだけど……そうだな。まずはどこまで覚えているのかな?」
僕が水を飲み終わるのを確認した医師が話かけてくる。
「えっと……」
ひとまず、頭を働かせることも兼ねて自分自身の基本的な情報から思い出してみる。
僕の名前は
高校1年生で、家族は……。
「ああ! そうだ! 僕は家族と出掛けて……それで……それで」
連想して思い出された、意識を失う前の情報に思わず声を上げてしまう。
今のところ思い出せる僕の最後の記憶は家族と買い物に出かけていたことだった。
両親と、妹と、車に乗っていて……それからどうして病院にいるんだ。
「……僕自身のことと買い物に行っていたことまでは覚えてます。でも、なんで病院にいるのか心当たりはないです」
「そうか。ひとまず記憶については問題はなさそうだね」
「心当たりがないのに問題ないんですか?」
「……そうだね。その理由もこれから説明することになるんだけど、覚悟をしておいてほしい」
「……わかりました」
医師の表情と言葉からいい話ではないんだろうということはわかる。
そもそも、体に影響が出るくらいの期間意識を失ったまま入院していたのだからそれに相応した理由があるのだろう。
「まず、君……いや、君たち家族を含めた大勢が巻き込まれた事故があった」
そう言いながら医師が差し出したタブレットにはネットニュースの記事が表示されていた。
さっと目を通すと、見慣れた地名と見慣れた場所の写真、そして事故の概要が書かれている。
交差点付近で大型トラックの運転手が心筋梗塞を発症、そのまま意識を失って運転不能となって車列に突っ込んだというものだ。
事故の時間帯は昼間で、交通量もそれなりに多い場所ということもあって多くの死傷者が出たらしい。
つまり自分はその事故の影響で意識を失って入院していたと、そういうことだ。
「今はこの事故発生から約2週間が経過しているよ。君はその間ずっと眠り続けていたことになる」
「2週間、ですか」
「ああ。事故で負った大きな傷の治療はしたけど、眠っていたままだったから脳に影響が残っているかもしれないし、しばらくの間は入院を続けてもらうことになる」
「わかりました」
「……それで、話はまだ続きがあるんだ」
さっき事故のことを切り出した時よりも更に真剣な表情をする医師。
たぶん、ここからがさっき覚悟をしてほしいと言われた部分になるのだろう。
「君の、家族の話だ」
「…………」
覚悟をしておいてほしい、とそう言われて切り出されたのが家族の話で心臓が止まりそうになる。
事故の話を聞いて家族はどうなったのだろうかと確かに気になってはいた。
自分自身が2週間も入院していたのだから何事もなく無事、ということはないだろう。
怪我をして別の部屋に入院しているか、既に治療が終わったかそうであってほしい。
「……君の家族で助かったのは、君だけだ」
その言葉で、頭が真っ白になった。
「…………そう、です……か」
生きていてほしいと願う一方で、その可能性が頭をよぎらなかったと言えば嘘になる。
もちろん、頭をよぎっただけで外れていてほしいと願っていた。
それでも、現実は非情だった。
頭がふわふわとして思考がまとまらない、現実を受け止めることができない。
医師が何か言っているということは目に入る情報からわかるが、それだけだ。
脳がありとあらゆる情報を、現実を遮断しようとする。
僕は今文字通りの現実逃避をしているのだ。
「………………後で出直すよ」
僕の様子をしばらく見た後、立ち上がり部屋を出て行く医師のその言葉だけは、なんとか捉えていたのだった。
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