咲かない薔薇は好きに生きることにしました

宮永レン

第1話

 ――咲かない薔薇。


 私、ローズマリー・アルバは、社交界でそう呼ばれている。


 父はエルベリア国の東端に位置する広大な辺境伯領を治めていた。そこにある要塞のような居城に鮮やかで優雅な薔薇が咲き誇る庭園がある。


 ピンクブロンドを靡かせながらそこを駆け回る幼い頃の私を、人々は「薔薇姫」とか「薔薇の妖精」などと呼び、可愛がってくれた。


 そこまではよかった。


 年頃になり、薔薇姫を伴侶にしたいと、縁談が舞い込む――それが悲劇の始まりだったのだ。


 私には生まれつき魔力がある。ところが縁談の席で緊張し過ぎて力が暴走し、テーブルを吹き飛ばしたり、銀器シルバーを一瞬で塵に変えてしまったり、噴水を一気に蒸発させてしまったり、失敗を重ねてしまった。


 その魔力ばかぢからを恐れた人々は、私を避けるようになり、二十歳になっても縁談がまとまらない結果、「咲かない薔薇」と不名誉なあだ名がついたというわけ。


 両親は「美しい我が娘を貶すとはけしからん」と言ってくれたけど、その花には棘がありすぎたということだろう。


 エルベリア国では、貴族の娘は淑やかに振る舞うことが求められる。強い魔力を持っていたとしても、だ。


魔力さいのうの無駄遣い。おまえが男なら出世も叶ったのに、残念だったな』

 最後の縁談相手が冷笑しながら吐いていった言葉に、何も言い返せなかった。


「私は何のために生まれてきたのかしら」

 家のために結婚をすることもできない、国のために戦うこともできない。


 ――私が存在する理由はなに?


「この国に私の居場所はないようです。隣国へ行かせてください」

 ある日、夕食の席で、私は父にはっきりと告げた。


「アヴェリオン帝国か? あそこは魔法大国だったな。性別も身分にもとらわれず、実力があれば認められるというが……」

 父は困ったように眉根を下げた。


「帝国と我が国は、表向きは友好関係を保っているものの、実際には長い歴史の中で幾度も争ってきた関係だ。貴族であるおまえが帝国の軍事組織である魔術師団に所属するなどと知られれば、両国の関係に亀裂が入るかもしれん」

 父の言うことはもっともだった。


「向こうに気づかれた場合も、間諜スパイとして扱われ、命の保証はないかもしれんぞ」


「まあ! そんな危険な所には行かせられないわ。ローズはずっとここにいていいのよ」

 心配そうな声を上げたのは母だ。


「行き遅れの娘がいるなんて、ご先祖様に顔向けできませんもの。あちらに正体がばれなければいいのですよね?」

 私は母に答えた後、再び父の方を向いた。


「だがなあ……」


「我が家には絶対に迷惑をかけませんから。もう私に縁談はこないでしょう。であるなら、私はそれ以外に自分の価値を見出したいのです」


 食事がすっかり冷めきっても、そうやって押し問答は続き、ついには父が折れた。


「……仕方ない。だが、何かあれば転移魔法ですぐに戻ってくるのだぞ」


「はい。膨大な魔力を使うので滅多には使えませんが、緊急の場合はそれで逃げてきます」

 私は紅茶に口をつけ、にっこりと笑って答えた。


「ローズ。それなら……嫌かもしれないけど、男の子のふりをして。こんなにかわいい女の子が単身で知らない国に行くなんて心配よ。私の寿命のことを少しでも考えてくれたら、それだけは約束して頂戴」

 母はそう言って瞳を潤ませる。


「わかりました」


 そして私は男装して『レイ』という偽名を名乗り、アヴェリオン帝国のアーク魔術師団の入団試験を受けた。そこで実力だけで認められ、団員となることに成功する。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る