オレンジスプレーの薔薇を、貴方へ。

透々実生

エピローグ

「なあ」

 カフェでスマホを熱心に弄りながら、田散たはらが声を掛けてきた。熱々のコーヒーが冷めてしまうのも気に留めずに。

「何だよ」

「俺さ、付き合ってる彼女がいるって話してたじゃん?」

「ああ」

「今度さ、プロポーズしようと思ってて」

「……おお」

 それはまた、なんとまあ。

 突然のことに驚きつつも、「で?」と続きを促す。

「その時に薔薇を渡そうと思ってるんだけど」

「ベタだなぁ」

「その薔薇の色をさ、何にしようかなって悩んでるわけよ」

「……その色選びを、俺に手伝って欲しいってことか」

「さっすが親友。話が早くて助かるぜ」

 屈託なく微笑む。

 この笑顔だ。

 とにかくイケメンなんだよなあ、コイツ。

 数秒して「LINE♪」の音。田散たはらから、URLが送られてきた。タップすると、よくある花言葉に関するサイトに飛ぶ。当然薔薇の花言葉に関するものだが、それを読んでみると、どうやら本数だけでなく色にもちゃんと意味があるらしい。知らなかった。

 それにしても。

「……結構あるんだな」

「そうなんだよ」

 ざっと見ただけでも30近くの色と、それに付随する意味が記されている。確かに、こりゃ迷う訳だ。

「コレぞ、って直感した色とかは?」

「いやぁ……」

 要領を得ない返事。結構感覚派なコイツにしては珍しい。

 なら、俺もマジメに考えよう。

 だって、親友からのたっての願いなのだから。

「そうだな……俺がもし薔薇を贈ってプロポーズするなら、そのメッセージが強いものを選ぶかもな。例えば、ダークピンクだと『愛を誓います』だし、グリーンだと『恋の誓い』、ブラウンだと『全てを捧げます』ってなってるだろ」

「それは俺も考えたんだけど……なーんか、その辺の色ってパッとしないんだよな」

 田散たはらが申し訳なさそうに言う。改めて先ほど挙げた色を思い浮かべると、確かにプロポーズに渡すにしては地味な色か……。

「だったら、やっぱり無難に赤じゃないか? 他はオレンジスプレーが『幸多かれ』とか、パープルが『私はあなたにふさわしい』とかあるけど、ちょっと微妙だし……赤色だと『告白』とか『愛情』って意味だから、ベタだけどピッタリだと思うんだけど」

「やっぱりそうかなぁ……でも折角だからさ、他に良いアイデア無い? 根虎ねとらは頭良いからさ、なんか考えつくんじゃないかなと思って」

 ホント、人の自尊心をくすぐるのが上手いヤツだ。俺はまた考える。

「だとすると、色の中に人の性質を表す言葉もあるから、本数と組み合わせてメッセージにするとか?」

「……おお。例えば?」

「例えば……俺が贈るなら、白の『素直』とか、クリーム色の『和み』『穏やか』とかを選んで、本数にプロポーズのメッセージを忍ばせるとかな。赤色も混ぜたりしてアクセントを効かせるのも、見た目的にはアリかもな」

「それ良いな!」田散たはらは膝を打った。「しかし、そうだな……その観点で言うと俺も同じ色を選ぶかもな〜」

「へえ」

「いやあ、俺の彼女さ」恥ずかしげにはにかむ。コイツは何の表情をしても絵になる。「大人な女性、って感じよりかは、なんつーの。ほんわかしてる感じなんだよ。ダークレッドの『円熟した優雅さ』とか、ブルーの『上品』とか、そういう感じとはなんか違うんだよな。なんつーの……おとなしい子犬みたいな可愛さ?」

「おとなしい子犬て」

「家帰ると、とててっ、って感じで駆け寄ってくるのよ。で、ほんわかした声で『おかえり〜』って。もうこれが可愛くてな」

けはもう良いぞ〜」

「何だよ。折角なんだから語らせろよ。お前のも今度聞いてやるから」

 悪戯っぽく笑う。くそ、憎めないヤツだよな。

 本当に。

「……ま、俺のはその内な。でも、まあ……人懐こい感じの人は良いよな。俺もそういう人が好きだし」

「え、そうなのか! やっぱ俺たち親友だな〜! 女性の好みタイプまで似るなんて!」

「……結構長い間一緒に過ごしたからな。もしかしたら、知らず知らずの内にお前に影響されてたのかも」

「ホント理屈っぽいよなぁ、お前。そこはほら、運命的な偶然とかで片付けようぜ〜! ……ま、そこが根虎ねとらの良いトコなんだけど」

 とにかくありがとな、助かったぜ!

 田散たはらはスマホをしまう。それから、少し冷めてしまったであろうコーヒーを一気飲みした。

 コイツは一度決めたら行動が早い。恐らく、すぐにでも花屋に行くのだろう。

「そうと決まればあとは買うだけだな!」

 実際、予想は当たった。伊達に長年親友をやってないのだ。

「そういや、買う本数は決まってるのか?」

勿論モチ。やっぱりプロポーズつったら108本だろ」

 108本。

 その花言葉は、ズバリ『結婚してください』。これ以上相応しいものは、確かに無いだろう。

「白色とかクリーム色とかって、そんなに沢山花屋に置いてあるもんかな……」

「まあ、別に渡すのは今日じゃねえからな。事情を話して、花屋さんに準備してもらうさ」

 そう言いながら、田散たはらは伝票を素早く指で摘みとる。それを確認して、財布から1,000円札を取り出し、机に置いた。

 伝票を見る。ホットコーヒー2杯、680円。

「多すぎるよ」

「いや、貰ってくれ」田散たはらが制する。「相談料の一部前払いってことで。……一世一代の大勝負の相談のお礼としちゃ安すぎるから、成功した暁には後でちゃんとお礼するけど――」

「いや……十分だよ」

 ……本当に。


 これ以上は、要らない。

 要らないんだよ、田散たはら

 だって……俺の心には重すぎる。


「それより、早く買いに行った方が良いんじゃないか? 近くの花屋、もうそろ閉まるぞ」

「げ、マジか! じゃあもう行くよ!」

 今日は本当にありがとうな!

 爽やかな笑みを浮かべ、颯爽と去ってゆく田散たはら。遠くなってゆく背中を、俺は辛うじて笑顔で見送った。


 ……ああ。

 遠い存在に、なっちまうな。

 でも、引き留められる訳がない。


 、ないじゃないか。


「あんな笑顔、浮かべられたらな……」

 すっかり冷えたコーヒーを飲み干す。

 告白のできなかった俺の舌を、ぎゅっと締めつけるような、強い苦味。

 思わずレジ近くの、甘いケーキやバウムクーヘンの並ぶショーケースを見る。そんなモノを食べる気分にはならなかった俺はすぐ目を逸らす。


 田散たはらに、幸多かれ。


 そう思いながら、会計をするため、レジに向かって席を立つ。



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オレンジスプレーの薔薇を、貴方へ。 透々実生 @skt_crt

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