人生薔薇色。

猫墨海月

人生花弁色。

バラ色の人生という言葉がよく似合う。

私の人生は、昔からずっとそうだった。

別に学園で一番だったわけじゃない。

コンクールで入賞できたわけじゃない。

親がただ、少し裕福だっただけで。

それも、望んだものの8割が手に入るくらいの普通の家庭でしかなくて。

貴族が言うようなバラ色の人生とは、掛け離れた人生を送っている。

それでも私は自分の人生がバラ色だと思っている。

むしろ、その言葉以外にピッタリなものがない。


「かくれんぼ、したいなぁ」


従者もいない、両親もいない家の中で。

少し長めの廊下を歩き、ピンクの花弁をそっと摘み取った。


◇◇◇


孤児院。

気がついたら私は、そう呼ばれる場所に居た。

周りには私と同じような境遇の子どもばかりが集まり、皆で支え合って暮らしていた。

でも私は家事なんてしたこと無いから。

いい年なのに、料理もできない、布団も干せない、掃除もできなくて。

部屋から出る気力すら失ってしまった。


「一緒に練習しよう。初めから上手な人なんて居ないよ」


それでも私が外に出られたのは、そうやって陽だまりから手を差し伸べてくれる子が居たからだった。

彼女に声をかけられてから、ずっと。

暗闇は私の人生に似合わない。

私も、陽だまりに生きたい。

そんな思いが私の体を支配していて。

動かしたことのない洗濯機を動かし、

触ったことのない針に糸を通し、

使い方すらわからない調理器具に手を出した。

初めは全然何もできなくて。

心が折れそうになったけれど。

やっぱり、なんだかんだ上手くいくようになって。


「バイバイ。遠くに行っても、忘れないでね」


孤児院を出る日には、誰からも慕われる『姉』になっていた。


◇◇◇


記憶にある中で一番大きな家。

従者が雇われている、豪華なお屋敷。

そこに私は引き取られた。

屋敷の持ち主である夫婦は、子どもができなくて困っていたそう。

そこで聞きつけたのが私の噂。

『何もできなかったのに、たった一ヶ月で教えたことを全てこなせるようになった』

本人すら聞いたことのない噂を真に受けた夫婦は、私の居場所を探し当て、私を選んだそう。


「これからよろしくね、――」


――という新しい名前は、いつまで経っても慣れなかった。

だけど私はもう、――なのだから。

その他の名など、忘れてしまえたらいいのに。

良い子を演じたい私は、そんな愚痴は吐けなかった。


「お母様、あの」


永遠に使い慣れない敬語と、聞きたくもない名前。

もう一度呼ばれたい過去の名前を全部並べて、私は再度こう思う。

私の人生、バラ色だね。って。


◇◇◇


孤児になって、家事が得意になって、貴族の養子になる。

あまりにも出来すぎている。

それが私の人生。

私はきっと最後まで、バラ色の人生を送るのだろう。

鮮血が舞う大広間の中央で、呆然とそんなことを考えた。

誰かの悲鳴など、耳に届かなかった。

誰かの涙など、私には関係がなかった。

私はただ身勝手に、豪華なだけのドレスを連れてそこから逃げ出した。

長過ぎる廊下にまで届く惨状。

かつて、ここより小さい家で起きた出来事の回想。

幼い頃の記憶が、脳裏を支配した。

急に触れる外の空気。

振り返れば、

紅く燃え盛る家だった場所。

多くの人が亡き者となったあの地には、もう二度と戻らないだろう。

戻れないのだろう。

風に靡く多様な髪束。

腕に纏わるドレスだったもの。

徐ろに出た、誰かへの嘲笑。

視界に写った黒赤色の花弁。

やっぱり、どこまでいっても、私の人生は薔薇色だった。

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