救えないスキルを持った俺が救われる話
かぼすぼす
俺はつまらない人間だった。
夢も趣味もなく、勉強してそこそこの大学に入ってそこそこの企業で働いて、帰ったらベッドに潜り込んで夜遅くまでスマホを触る。
ずっとそれの繰り返しだった。
山もなければ谷もない、そんな俺の人生は一台のトラックで終わりを迎えた。
次に目を覚ましたときには剣と魔法の異世界にいた。
最初はガッツポーズをして喜んだ。無双系を読んだことのある奴なら誰だって異世界で無双して、女の子に囲まれてみたいと思うだろう。
趣味といえるほどではなくても、ラノベやゲームを通らなかったわけじゃない。
一度は言ってみたかったこの台詞、ステータスオープン! を叫んだ俺は思い知らされる。
俺の持つスキルが――クソだということに。
「グヴァァァァァ……」
俺の目の前でドラゴンゾンビが顎を広げる。腐臭と瘴気が絶望とともにオレに絡みつく。
食いちぎられた左足から血が溢れて寒かった。最後に、ステータス画面を開いてみる。
もしかしたら、ピンチで覚醒してくれるかもしれない。
淡い期待は変わらないテキストに打ち砕かれた。
EXスキル<
食ったモンスターを食べるとそのモンスターのスキルを奪える能力。
一見強そうに見えるが、俺のスキルはそれだけだ。つまり俺にはモンスターを倒す手段がない。
しかも、EXスキル<魔物喰い>を持つ者はモンスターしか食べられない。
モンスター以外のモノを食べると吐き戻してしまう。
これで、どうやって生きていけと?
飢え死にしそうになって仕方なくダンジョンに潜ったらこのザマだ。
こんな状況でも、俺のスキルがチートなら何とかなったのか?
俺は、ここで死なずに済んだのか?
俺に主人公の資格なんて無かったんだ。
つまらない人間のままでいればよかった。
嫌だ。死にたくない。終わりたくない。
チートが無くても、夢が無くても、俺は生きたい。
俺は最後の悪足搔きで、ドラゴンゾンビの喉に噛みついた。
食べてはいけないと舌が警告を発するが、左足の痛みに一瞬で掻き消されたのが救いだった。
腐肉のかけらを飲み込んだ俺は、力を使い果たして倒れ込む。
体が動かない。ステータス画面に変化もない。
不快だと感じたのか、ドラゴンゾンビが前足で俺を蹴り飛ばした。
トラックに撥ねられたときと同じ衝撃が体に迸る。
ああ、終わった。
俺はそっと目を閉じた。
『――EXスキル<ゾンビ化><
機械のような無機質な声で告げられたその時、禍々しい瘴気を発しながら俺の体が急速に腐っていく。
腐肉でできた左足が蠢くように生え、体の痛みが消えた。
「……え?」
体が……動く?
ぎこちなく起き上がった俺を見て、ドラゴンゾンビがまた前足を上げる。
ドラゴンゾンビが持つスキルを手に入れられたのか……!?
まだ俺の人生は終わってない!
「<龍魂>ッ!」
スキル名を叫ぶと、俺の体に雪の結晶のような紋章が浮かび上がった。
体に力がみなぎって、メキメキと音を立てながら骨の角と尻尾が生える。
ドラゴンの力を手に入れるスキルのようだ。
俺はとっさにドラゴンゾンビの蹴りを受け止める。
くっ……! 重い……!
さすがに体のサイズが違うから押されるけど、受け止められるだけでも十分だ。
俺が蹴りを流して顔にパンチを打ち込むと、ドラゴンゾンビは少し怯んだ。
有効打にはなっていないな。
ドラゴンの力を得ている以上、他にもできることがあるはずだ。
攻撃を避けながらステータスを開き、スキルの確認をする。
__________________
EXスキル<龍魂>
ホワイトドラゴンの持つ力を自らの身に宿す。フリーズブレスやドラゴンの膂力、魔力・光魔法・氷魔法などが使用可能。
__________________
この中で使えそうなのはこれだな。
「フリーズブレスッ!」
俺は絶対零度の冷気を吐き、辺りを白銀の世界に染め上げた。
ドラゴンゾンビが凍り付きその動きを止める。これがドラゴンの力か……!
パワーの差がある以上、まともにやり合うよりは今のうちに逃げた方がいいだろう。
そう考えた俺は即座に逃げ出した。
どのくらい走ったかはわからない。
ドラゴンゾンビが追い掛けてくる気配はなくなっていた。
もう、大丈夫なはずだ。
俺が今いるのはダンジョンの低層。危険なモンスターはいない。
どうしてあんな化物がここに来たんだ?
自分の運のなさをほとほと実感する。
腐った手足を見ながら、ため息をつく。
ステータスを見てみたけど、ゾンビ化を解除する方法はわからなかった。
こんな体になってまで生きる意味はあるんだろうか。
いや、そもそも俺は動けるだけであってもう死んでるんじゃないか?
……とりあえず、冒険者ギルドに戻ろう。
ドラゴンゾンビが街にまで出たら大変なことになる。
そう考えていた俺の目の前に、他の冒険者パーティーが現れた。
まずい……! このまま行かせたら……!
「お、おい! ここは危険……」
「な、なんだこのモンスター!?」
「ゾンビか!? なんでこんなところに……!?」
「えっ……」
冒険者たちが一斉に俺へ剣を向ける。
そりゃあ、そうだよな。今の俺はゾンビなんだ。
だからって見殺しにするわけにはいかない。
この人達はまだ生きているんだ。
「待ってくれ! 俺は……!」
「こいつ、なんか言ってるぜ!?」
「ゾンビには生前の言葉を覚えてるヤツもいるらしいぞ! もう生きてた時の意識はねえ! 騙されんな!」
「それならとっとと成仏させてやろうぜ! アンデットには火だ!」
「“ファイアーボール”!」
「“ヒートスラッシュ”!」
容赦のない攻撃が俺に浴びせられる。
くそっ……俺はただ助けたいだけなのに……!
体が燃える……っ! 熱い熱い熱い熱い!
「効いてるぞ! 俺らでもやれるんだ!」
「おーし! もう一丁! “ヒートスラッシュ”!」
「やめてくれ……やめっ……やめろぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
助けたいのに、向こうはさらに激しい攻撃を繰り出してくる。
俺はたまらず炎を手で掻き消そうとしたが、その手が突っ込んできた冒険者に当たってしまう。
冒険者が、壁に叩きつけられる。
「う、うわあああああああああああ!」
「こ、こいつ強いぞ……! 撤退だ! “ミラージュ”!」
「そ、そんなつもりじゃ……」
冒険者たちは倒れた仲間を抱えて逃げ出した。必死に魔法で姿を消して。
俺は……俺は……。
罪悪感が頭の中でこだまする。
冒険者たちが投げ出した荷物から、手鏡がこぼれ落ちていた。
それを覗くと、写ったのは茶色く腐ったゾンビの顔だった。
もう人間じゃない。
その事実をまざまざと突き付けられた俺は、魂が抜けたようにダンジョンをさまよった。
ゾンビらしいと言えばそうなんだろう。
笑えないジョークだ。
それくらいしかすることがない。
でも……今までの俺と大して変わらないかもしれないな。
ゾンビになっても、ドラゴンの力を手に入れても俺は変わらなかった。
変わったのは、モンスターに恐れることがなくなったくらいだ。
弱いモンスターは右腕ひとつで、少し強いモンスターはブレスで瞬殺できた。
食い物には困らないし、スキルも増え続けている。
この事実だけを見れば無双している、と言えなくもないだろう。
違うのは……周りに誰もいないことだ。
俺は幸せだったのかもしれない。
親友と呼べるほどの友達はいなくても、飲みに行く友達や同僚はいた。
彼女はできても長続きしなかったけど……孤独じゃなかった。
そんなことを考えながら、俺はどんどんダンジョンの深部に進んでいく。
ダンジョンの奥に行けば行くほど、それに比例してモンスターも強くなる。
誰も来ないダンジョンの奥深くに行けば、誰にも会うことはないだろう。
どれくらいの時間が経ったのかなんて、気にもしなくなった。
ずっとひとりでいることに、もう慣れてしまった。
人に会いたくない。
また傷付けてしまったら俺は……今度こそ壊れてしまう。
それなのに、俺は出会ってしまった。
「きゃあっ!?」
「っ!?」
赤いフードを被った、魔法使いらしき女の子が地面に転がされる。
その近くで拳を突き出しているのは、石の巨人……ゴーレム。
女の子は頭をさすりながらむっくりと起き上がる。
同じパーティらしき人は見当たらない。はぐれてしまったんだろうか。
すかさず女の子は火魔法を唱えたが、魔法に耐性を持っているのかゴーレムには効果が無かった。
女の子はゴーレムの突きを食らって吹き飛ばされる。
……普通は加勢をするべきだろう。相手が悪すぎる。
でも、また傷付けることになったらと思うと足が動かなかった。
ゴーレムが女の子を踏み潰そうと足を上げる。女の子は怯えた表情で足を見上げる。
俺と、同じで。
死にたくないって、あの子も思ってるんだ。
俺は突き動かされたように飛び出し、ゴーレムの足を受け止める。
傷付けたくなんかない。でも、俺と同じ思いもしてほしくない!
「逃げろ!」
「は、はいっ!」
女の子はすくっと立ち上がって逃げ出した。今度こそ、ちゃんと助けられたな……。
少しだけ心が軽くなった気がする。
今にもゴーレムに踏みつぶされそうだが。
ドラゴンの力があるとはいえ、さすがに無茶だったかもしれない。
ここはモンスターから奪ったスキルを使うか。
「“
俺の体が霧となって消え失せる。
ゴーレムの足が俺をすり抜け、ダンジョンの床を踏み付けた。
スキルを解除し、元の体に戻った俺はスキルを発動してゴーレムを殴りつけた。
「“
ドラゴンのパワーに身体強化が上乗せされた一撃で、ゴーレムの体勢は大きくぐらついた。
しかしダメージがあるようには見えない。なんて防御力だ。
でも、このスキルは効くんじゃないか?
「“
口から強力な酸を吐き、ゴーレムの体を溶かす。
俺は溶けた部分をめがけて突きを放った。
拳が柔らかくなったゴーレムの体を貫く。
ゴーレムはぐらりと床に崩れ落ちた。
「あ、あのっ……! 助けてくださって……ありがとうございました!」
どこからか、さっきの女の子が現れた。
逃げろって言ったのに……自分の身代わりになったらと思うと放っておけなかったんだろう。
俺はあえて女の子の方を振り向くことにした。
「……はやく戻った方がいい。俺みたいになるぞ」
「えっ……!?」
ぎょっとする女の子。
これでいい。
俺と関わっても、いいことなんて何もないのだから。
「待ってください!」
その場を足早に立ち去ろうとすると、女の子が俺を呼び止めた。
あれを見てもまだ話しかけてくるなんて、どんだけ度胸のある子なんだ……。
「あなたも……本当は人間と友達になりたいんじゃないんですか?」
「え?」
「確かに、あなたの姿は人間とは違います。でも……私を助けてくださったみたいに、人間のような優しい心をあなたは持っています!」
「ちょっと待ってくれ、何の話……」
「だから、人間と関わりを持っちゃいけないとか、そんなことはないと思います! あなたを信じてくれる人間は必ずいるはずです!」
この子はいったいどの目線で話してるんだ?
まるでこの子自身が……人間じゃないみたいな言い方だ。
「私も、受け入れてくれる人がきっといるって信じてます! ミミックである私を!」
「み、ミミック……?」
宝箱に化けて冒険者に襲い掛かる、あのミミック?
この子が?
嘘を言っているようには見えない。
というかミミックを自称する意味がわからない。
「はい! この姿は変身したもので……本当の姿じゃないんです。私、人間の方と友達になりたくて、それで変身して冒険者をやっているんです! まだ友達にはなれていませんが、良い人たちばかりですよ!」
この子改めミミックはにっこりと笑った。
ギザギザとした歯がちらりと見える。
もしかしてこのミミック……俺を人と友達になりたいけど見た目で拒絶されてしまう悲しきモンスターだとでも思ってるのか?
いや、あながち間違ってはないか。
元人間ってだけで……今の俺はゾンビなんだ。
「自分の気持ちを、大切にしてください。もちろん、人間の方が私たちを受け入れてくれるとは限りませんが……」
そう言ってミミックは俺に手を差し伸べた。
「私と、友達になってくれませんか? 同じ想いを持つモンスター同士、きっと仲良くなれると思うんです!」
「……えっと」
ミミックに友達になってほしいと言われたゾンビは俺が初めてだろう。
とりあえず悪い子じゃなさそうだけど、どっちにしろ俺と関わったらそれこそ後悔することになるだろう。
適当な理由を言って断ろう。
本当は人間を食べるためかもしれないし。
「俺は自分の力を制御できない。周りにいる人はもちろん、君だって傷つけてしまうかもしれない……申し訳ないけど、君とは友達になれないよ」
「大丈夫です! 制御できないのなら、制御できるようになればいいだけです! 私と一緒に練習しましょう! こう見えて私、防御力高いんですよ!」
ミミックは俺の手をとって離さない。
くっ……力強いしぐいぐい来るな……。
「それに俺腐ってて臭いし……顔も怖いし……」
「臭いは香水でどうとでもなりますよ! お顔もお化け屋敷のお化けみたいなものですし大丈夫ですよ!」
「全然大丈夫じゃないだろ!」
何なんだよこいつ……!
ていうかこの世界にお化け屋敷ってあるのか?
出会ってほんの数分でイメージが崩れていく。見た目だけ見ればかわいい女の子なのに……。
「なんでそこまで俺に構うんだよ……俺といるんじゃ逆に人間と仲良くなれなくなるぞ?」
「人間と仲良くなりたいのはもちろんです。でも、それ以上に私はあなたと友達になりたいです! 私、ずっとひとりぼっちだったので……」
ミミックはさっきまでの勢いを嘘のように失くし、がっくりとうなだれた。
急にこいつのことがかわいそうに見えてきた……積極的だし友達できそうなのに。
「そもそも俺、人間と友達になりたいわけじゃないし……」
「じゃあ、どうして私を助けてくれたんですか?」
「え……?」
ミミックは真剣な表情で言う。
「人間のことがどうでもいいって思うのなら、人間の姿をしていた私を助けることなんてしなかったはずです。自分の気持ちに蓋をしないでください」
「それは……」
……俺だって、ひとりは嫌だ。
ずっと暗いダンジョンで、モンスターを倒して食うだけなんて嫌だ。
「でも俺は……! 人を傷付けた……! こんな俺に人と関わる権利なんて……!」
「人間同士だって、傷付けあって生きていますよ。それでもお互いを許せるから、人間は素敵なのではないでしょうか?」
「……っ!」
思わず、はっとさせられた。
俺がこの世界に来る前だって、俺はたくさんの人を傷付けて……許してもらえたことも、許してもらえなかったこともある。
逆に傷付けられたこともあった。
それでも、俺は誰かと一緒にいた。
「ありがとう。わかったよ……俺の気持ちと、君の気持ちも」
俺は右手を差し出す。
「俺は
「ええ! 私はミグっていいます! こちらこそよろしくお願いしますね、コウキさん!」
ミグはまたにっこりと笑って、俺の手をぎゅっと握った。
「とりあえず地上に戻りましょう!」
「うん。そうしようか」
こうして仲間になった俺達は地上へと歩きだしたが、ミグはまだ俺の手を握ったままだ。
「あ、あのさミグ……」
「なんですかコウキさん?」
嬉しそうにこちらを振り向くミグ。
……まあ、いいか。
俺は気にせず別のことを聞いてみる。
「そういえばミグってミミックなんだよな。その……人以外にも宝箱とかいろいろなものに変身できるのか?」
見た目だけ見れば人間にしか見えないから、ミグがミミックだっていまだに信じられない。
せっかくだし、変身するところを見てみたい。
するとミグは顔を引き攣らせて言った。
「た、宝箱以外のものなら、一度見れば何でも変身できますよ……」
「え? 宝箱以外?」
ミミックって、宝箱に変身して冒険者を襲うモンスターじゃなかったっけ?
俺が首をかしげると、ミグは俯きながらぼそぼそと語る。
「私、宝箱に変身できないミミックなんです……ミミックなのに変ですよね……あはは……そのせいで同じミミックの子たちからバカにされて、仲間外れにされたんですよ……」
すべてが腑に落ちた。
ミグに友達がいないのは、そういうことだったのか。
友達を作ろうと頑張っていたのも、孤独をたくさん味わってきたからで……。
「辛いことを思い出させちゃってごめんな……! 無理に変身しなくていいから!」
「いえいえ! 宝箱以外なら大丈夫なので! ほら!」
ミグの体が黒い煙に包まれる。
煙が消え、ミグの居た場所に1匹の大きなカエルが現れた。
岩みたいなカエルだ。お世辞にもかわいいとは言えない。
「うわっ!? み、ミグか?」
「はい! このカエルはロックトードといって、私の大好物なんです!」
カエルからミグのかわいらしい声が聞こえてくる。
ゲームにこんな状態異常あったな……これが蛙化ってやつか。
「ミグは本当にミミックなんだな……やっと実感がわいたよ」
「宝箱には変身できない、出来損ないのミミックなんですけどね……あはは」
ミグはそう言ってずーん……ときのこを生やす。よっぽど辛かったんだろうな……。
「俺は宝箱に変身できないミミックがいたっていいと思うぜ、ミグ」
「コウキさん……! ありがとうございます……!」
ちょっと元気が出たみたいだ。よかった。
ミグは人の姿に戻り、また俺の手を取る。
俺はここで、一ついいことを思いついた。
「さっき見せてくれたカエルってこのダンジョンにいるのか?」
「はい! ここよりも少し浅い階層にたくさんいますよ!」
「それじゃあせっかくだしそのカエル狩っていこうぜ。俺も食べてみたいんだ」
お前ゲテモノ食う趣味があったのか、と言いたくなるかもしれないけど、モンスター食べ過ぎてその辺の感覚はとっくに麻痺している。
カエルはまだ元の世界でも食用にされてたし。ミグが変身するくらい好きなら食べてみたい。
「いいんですか!? はやく行きましょう!」
「あっちょっと待っ……浮いてる浮いてる!」
ミグは言うなりすぐに駆け出した。
あまりの速さとパワーに俺の体が凧あげのように浮き上がる。
どんだけカエル好きなんだ!?
カエルを見つけたミグはすぐさま闇魔法を放った。
「“シャドウハント”」
影が剣のように伸びてカエルの体を貫く。
串刺しにされたカエルはぴくぴくと痙攣しながら力尽きる。
「あっ、いっぱいいますね」
ミグはたくさんのカエルを1匹残らず闇魔法で仕留めていく。
あれ……もしかしてミグさん強い?
闇魔法で確実に不意を突けるし、一撃で倒してるし……。
このカエルだってダンジョンの深い場所にいるからかなり強いはずだ。
ゴーレムとは相性が悪かっただけなんだろう。
「ミグの魔法、すげえな……!」
「闇魔法は私の得意なスキルですから! カエルを取るのにとっても役に立つんですよ!」
「もっと他に使い道あるよね?」
「もちろん、色々ありますよ! 獲物の動きを遅くさせる“スロウ”や、獲物から見つかりにくくなる“ハイド”、獲物の視界を奪う“ブラインド”なんてのもありますよ!」
「いや……うん……」
獲物を捕獲する以外にも使おうよ?
それだけいっぱい便利そうな魔法持ってるんだから……。
「あっ、火魔法は獲物を焼くのに便利なんですよ」
「そっかぁ……」
「あれ? どうしたんですか……?」
「いやなんでもないよ……」
これが人間とモンスターの違いなんだろうか。
明日食うものがあるかどうかって環境で生きてきたモンスターにとって、獲物を取れるかどうかは死活問題なんだろう。
でも、下手に悪用されるよりはいいか。
「“ファイアーストーム”! よし! いい焼き加減です! さあ、いっしょに食べましょう!」
「ああ」
俺達は適当にその辺で座って焼きたてのカエルにかじりついた。
こ、これは……っ!?
ジューシーな鶏肉の味だ!
油がじゅわっと滲み出てきて、俺の口の中を満たしてくれる。
俺の驚いた顔を見て、ミグがドヤ顔で聞いてくる。
「どうですか、コウキさん!」
「こんなに美味しいモンスター、はじめて食べたよ……!」
「そうでしょうそうでしょう! 私がこの子たちを好きな理由、よく分かったでしょう?」
ミグがあんなに狩りのことしか考えられなくなるのもわかる。
これは、美味しい。
今まで食べてきたモンスターは、どれも臭いうえに癖が強いから美味しくなかった。
同じモンスターなのに、どうしてこうも違うんだろう。
焼いているからか?
それとも……。
俺はちらりとミグの顔を見る。
「おかわりなら、まだありますよ?」
「ありがとう」
カエルをさらに受け取りながら、俺は気付いた。
誰かとご飯を一緒に食べるのが久し振りだということに。
だから美味しく感じるのか。
「……ミグってさ、なんで人間と友達になりたいって思ったんだ?」
俺はずっと気になっていたことを聞いてみた。
ミグはリスのように頬張っていた肉を飲み込んでから語り始めた。
「人間の方たちが仲間同士で助け合っているのを見て、素敵だなって思ったんです。協力して強敵を倒したり、仲間がトラップに引っ掛かってしまったのを助けたり……私たちモンスターにはできない、素晴らしいことだと思うんです。
もちろん、手を取り合うのは簡単なことではないでしょう。私はダンジョンに潜んで色々な方々を見てきました。喧嘩をしてしまう人や、最初から裏切るつもりでいる人もいます。
でも、それを乗り越えた人が手にする仲間は、何にも代えがたい宝物なのではないでしょうか? 私はそんな宝物が……仲間が欲しかった。コウキさん、私はあなたが手を差し伸べてくださった時、本当に嬉しかったんですよ……!」
「ミグ……!」
俺の視界が潤んでいく。
まっすぐな言葉に、温かさが溢れて心がいっぱいになる。
今までずっと、寒かったから……!
「俺も、嬉しかったよ……! 友達になろうって言ってくれた時……!」
「えっ!? 泣いて……わ、私なにか失礼なことを言っちゃいました!?」
「大丈夫……大丈夫だから。心配させちゃってごめんな……」
まだ俺は泣けるんだな。
その事実と、ミグがそれに気付かせてくれたことが嬉しかった。
しばらくして俺が落ち着いた後、ミグはほっとした様子で俺に聞いてきた。
「コウキさんはどうして、人間の方と関わりたいと思ったんですか?」
「ああ、そのことなんだけどさ……実は俺、もともと人間なんだよね」
「ええっ!? そうだったんですか!?」
俺はこれまでのことをミグに話した。転生してこの世界に来たことも含めて。
するとミグは、驚きながらも受け入れてくれた。
モンスターでも元人間でも、俺は俺だって。
「コウキさん、本当に大変だったんですね……」
「うん。でも、ミグとこうやって友達になれたからよかったよ」
「えへへ……面と向かって言われると照れちゃいますね」
ミグはそう言ってぽりぽりと頭をかいた。
*
*
*
無事ダンジョンから出た俺達は、街に戻ることにした。
でもまずは人前に出られるような恰好になる必要があるから、ミグに変装用の仮面なんかを買いに行ってもらった。
俺は擬態スキルで隠れて街のすぐ外にいる。
ミグが戻ってきたら……久しぶりの街ってわけだ。
モンスターと戦っていたせいか、力も制御できるようになっている。
今の俺なら、人を傷付ける心配もないだろう。
ずっとダンジョンにいた俺が、また人と関われるようになるなんて……感慨深いものがあるのと同時に、ちょっと緊張するな。
そうしてミグを待っていると、街の方から悲鳴が聞こえた。
何だろう……ひったくりでも出たのか?
街の方を振り返ると、噴煙が立ち込めていた。
一体何があったんだ!?
もしミグが巻き込まれていたら……そう思うと俺はじっとしていられなかった。
擬態スキルを発動しながら街の中に入る。
こんな形で街に入ることになるとは思わなかった。
もちろん街の人から俺は見えていない。
もう一つ騒ぎを増やすようなことをするつもりはない。
悲鳴の中心だと思しき場所に、人だかりができていた。
そこで俺が見たのは……冒険者たちから逃げているミグの姿だった。
冒険者から魔法が放たれ、ミグを傷付ける。
どうしてこんなことに……!?
「ミミックが街に潜んでたなんてなぁ……たまたま感知スキル持ちのパーティが来ててよかったよ」
「しかもあのパーティ、一度はドラゴンも討伐したらしいぜ? ミミックも災難だったなあ」
「今までさんざん人食ってたんだろ? 自業自得だぜ」
「違いねえ」
周りにいた人が笑いながら言う。
……そういうことだったのか。
高レベルの冒険者にはミグの変身が通用しなかったんだ。
ミグがいくら人語を喋れるからといって、敵意がないとは思ってもらえないだろう。
俺がダンジョンで攻撃を受けたように。
なんで……なんで……っ!
ミグは優しいんだ……っ! 俺をどん底から救ってくれたんだよ!
ミグを傷付ける奴は……俺が許さない。
怒りに身を任せて飛び出そうとした俺は、あることに気付く。
「……っ! “スロウ”!」
「また!? このミミック、逃げるのに必死すぎない? “アクセル”!」
ミグは逃げながら黒魔法で冒険者たちの動きを遅くしようとするも、魔法使いのスピードを上げる魔法で相殺されてしまう。
「俺達の実力に恐れをなしてるのさ! 攻撃してこねえのがその証拠よ! “バーニングスラッシュ”!」
「“ブラインド”!」
「うっ!? 目がっ……」
攻撃を仕掛けようとした戦士の視界を奪い、攪乱するメグ。
なんで、攻撃しないんだ?
ミグの魔法が通用していないわけじゃない。
攻撃魔法……それこそ不意を突けるシャドウハントなんかを使えばかなりのダメージを与えられるだろう。
それなのに使わないのは……人を傷付けないため。
「“デイブレイク”!」
「ありがとよ! これでお目目ぱっちりだ! 食らいやがれ!」
「っ!?」
僧侶の魔法で視界を取り戻した戦士が、ミグに剣を振り下ろす。
俺はそれを白刃取りで受け止める。
そして剣ごと戦士を引きつけ、スキルを発動した。
「“パラライズ”」
「うっ……!」
俺の手から出た麻痺針が、戦士を痺れさせる。
よし……いけるな。
「な、何だ!?」
「えっ……?」
俺のスキルはクソだ。
最初は全然使えないし、モンスターしか食えなくなるうえに力の制御もできやしない。
でも、これで仲間と……仲間の想いも守れるなら。
このスキルを持っていてよかった!
「“ディテクトイビル”!」
「げっ……」
俺の擬態スキルが魔法で解除されてしまう。
そういう魔法もあるのかよ……。ミグの変身を解除したのもこれだろう。
ミグは突然現れた俺に驚き声を上げた。
「コウキさん……!? どうして……!?」
「よく頑張ったなミグ! 後は任せてくれ!」
「……はい」
ミグ、君の想いは俺が引き継ぐ。
全員傷付けずにこの場を乗り切ってやる!
「“デイブレ……」
状態異常を解除する魔法ってとこか? 発動させなきゃどうということはない。
俺は魔法を詠唱中の僧侶の間合いに飛び込んだが、魔法使いが放った炎に阻まれてしまう。
体が燃える……っ!
フリーズブレスを自分に掛けて炎を消す。
自分のブレスには耐性があるのか、冷たさは感じずダメージも受けない。
「こいつ、ドラゴンのスキルを持ってるわ! ただのモンスターじゃない!」
「出し惜しみはしていられませんね。皆さん! 避難をしてください!」
ドラゴンを倒したというのは伊達ではないようだ。
麻痺させた戦士ももう回復してしまっている。
それに俺は<龍魂>を持っているとはいえ、本家のドラゴンよりもパワーは低い。
でも俺にはモンスターから手に入れたスキルがある。
使いこなせれば格上の相手でも戦えるはずだ!
「今大技は駄目! あいつの動きを止めることに集中して! “アクセル”!」
「私は準備に入ります! しばらくお二人にお任せしますよ! “オートアンティ”!」
「おうよ!“バーニングスラッシュ”!」
スピードの増した戦士が突っ込んでくる。
「“身体強化”」
このままだと避けきれない。こっちも出し惜しみはなしだ。
全身のスペックが引き上げられ、戦士の動きが遅く感じるようになる。
炎を纏った剣を易々とかわし、パラライズを戦士に打ち込む。
僧侶は別の魔法を使っているみたいだし、今こいつを戦闘不能にできれば優位に立てる!
しかし、麻痺針を受けたはずの戦士は何食わぬ顔で俺を斬った。
熱さと痛みで一瞬思考がショートする。
「があっ……!」
「また麻痺かぁ? 芸のない奴だな! あいつの掛けてくれた“オートアンティ”のおかげで効かねえよ!」
くそっ……初見殺しもいいとこだ!
この世界の知識の差が響いてるな……。
フリーズブレスで消火とけん制をしつつ距離を取る。
「火力が足りてないみたいね! 焚き付けてあげる! “ファイアエンチャント”!」
「さんきゅー! こんがり焼いてやんよ! “ブレイズスラッシュ”!」
魔法使いの援護を受け、戦士の剣がさらに燃え上がる。
……知識の差があるっていうなら、学習するまでだ。
その魔法、俺も使わせてもらう!
「“アイスエンチャント”」
氷魔法が戦士の剣にまとわりつき、炎をかき消した。
「何ぃ!? 敵にエンチャントぉ!?」
龍魂は氷魔法と光魔法も使えるようになる。
フリーズブレスがあるから氷魔法は使い所がないだろうと思ってたけど、こっちは小回りが利くな。
「驚いてる場合じゃないわよ! 攻撃攻撃!」
「おっとすまねえ! カキ氷にしてやんよぉ! “アイススラッシュ”!」
「“霧化”」
そのまま攻撃してきた戦士の前から霧となって姿を消す。
霧化は物理攻撃を完全に無効化できるけど、魔法や属性の攻撃が無効化できない。
だからその弱点をエンチャントで解決する必要があったんだ。
自分の魔法には耐性がない可能性もあるけど、火属性を食らうより格段にダメージを抑えられるはず。
そして読み通り、ノーダメージだった。
「おわっ!? どこ行きやがった!?」
「ここだよ。“強酸”!」
戦士が困惑している隙にエンチャントと霧化を解除し、剣に強酸を吐いた。
刃がドロドロに溶けて崩れ落ちる。
剣を失った戦士はこれでニート同然だ。
「ああーっ! 相棒ーっ!」
「落ち込んでる場合!? まだ魔法剣があるでしょ!」
戦士は変わり果てた相棒を前に膝から崩れ落ちた。
悪いことをしちゃったな……魔法使いから放たれる炎を避けながらも罪悪感に包まれる。
まだ戦う手段を持ってそうだし、今のうちにミグを連れて逃げよう。
と思ったその時、光の領域が展開された。
「“サンクチュアリ”! 今です!」
「待ってたぜ! “セイントソード”!」
俺の全ステータスが下がり、体が重くなる。
僧侶がずっと準備をしていたのは、この魔法のためか……!
戦士は光を束ねて剣を創り出し、俺に斬り掛かった。
もしかして魔法戦士とかそういうジョブだったのか?
「相棒の敵だーっ! “アセンションスラッシュ”!」
ゾンビが光属性に弱いのは言うまでもない。
でも俺は……脱法ゾンビなんだよ!
「“セイントシールド”!」
光の盾を創り出し、戦士の一撃を受け止める。
僧侶の出してくれた結界のおかげか光魔法が使いやすい。
「お前アンデッドじゃないのか!? なんで光魔法使えんだ!」
「半分はドラゴンだからな」
「ドラゴン!? 何者だよお前! 喋れるドラゴンのゾンビなんて聞いたことねーぞ!」
「ただのモンスターだよ」
元、人間のな。
しばらくの間拮抗していたものの、光の盾にピキピキとヒビが入っていく。
さすがに本職の光魔法には敵わないみたいだ。
ゾンビの俺が使っているからっていうのもあるだろうけど、ダメージが無いだけありがたい。
でも、よく見ると3人の息は上がっている。
かなり消耗しているな。
俺は誰にも聞こえないような声で魔法を唱えた。
「“ミラージュ”」
光の盾がヒビだらけになり、今にも壊れそうになる。
俺はすぐにフリーズブレスを放ち、光の盾の周りを氷で固めた。
ギリギリセーフだな。
俺は冒険者たちに背を向け、ミグの手を取った。
「えっ……?」
「しーっ、行くよ」
ミラージュ。
相手に幻覚を見せる……俺が会った冒険者たちも使っていた光魔法だ。
最初から偽物の俺の姿が見えていれば、隠れている敵を炙り出す魔法は使わないだろう。
俺達はすぐにその場から逃げ出した。
擬態スキルを再発動したおかげか、冒険者たちは追ってこない。
なんとか乗り切れたか。
バトル漫画に憧れてた時期もあったけど、あんなギリギリの戦いは2度とごめんだな。
「ここまで来れば大丈夫だろ……大変だったな、ミグ」
「……ごめんなさいコウキさん。私のせいで、あなたまで……」
ミグは俯いて体を震わせながら俺に謝った。
あんなに迫害されて……辛かっただろうな。
よく、人を傷付けないでいてくれた。
「ミグのせいじゃないよ。それに、俺がやりたくてやったんだから気にしないでくれ」
「……ありがとうございます。やっぱりコウキさんは優しいですね」
力なく笑ったミグは、暗い瞳を浮かべて言う。
「私は、たくさんの人たちを怖がらせてしまいました。私がモンスターだから、恐れられる存在だから……私と、友達になってくれる人は本当にいるんでしょうか」
「……いるよ。ミグならきっと……」
「本当の姿が、これでもですか?」
声を荒げたミグの体から、黒い霧が溢れ出す。
黒い霧の中からふたつの目が現れ、じっと俺を見つめる。
これがミグの……変身していない姿か。
「ああ」
もし人間の時の俺だったら……受け入れられなかったかもしれない。
これは人間を辞めてしまった今だから言えることだ。
それでも俺は、胸を張って言いたい。
「いるよ、絶対に」
「コウキさんも、私が怖いんじゃないですか?」
「怖くないよ。俺はミグがいい子だって知ってるからな」
俺は、ミグの仲間だから。
「もちろん人とモンスターが友達になるのは簡単なことじゃない。ずっと命の奪い合いをしてきた相手だから……あの人たちは、まだミグのことを何も知らなかった。そんな状況じゃ、話をしても信じてくれない。
でもいつか、あの人たちにもミグのことを知ってもらえるチャンスが来る。そこで友達になってくれるかもしれないよ」
「そう、かもしれませんね……」
人の姿に戻ったミグは、古傷の痛みを堪えるように頷く。
……希望を、失いかけてるんだろう。
希望を持ち続けるのは、難しくて……辛いことだ。
「そのチャンスが来るまでの道のりは険しいと思う。もし辛くなったら、人と距離を置いてもいいんだ」
「距離を……置く……?」
「ああ」
逃げ道もあるってことは伝えておきたい。
ここまで傷付いてるのに、諦めるななんて俺には言えない。
もちろん、諦めてほしくはない。
本当の想いだからこそ、傷付いているんだと思うから。
「人がミグと友達になってくれなかったとしても……俺はミグの側にいるよ。ひとりぼっちにはさせないから」
「……コウキさん……っ!」
ミグは俺にぎゅっと抱き着いた。
絶対に離さないと言わんばかりに。
そっと、ミグの細い体に腕を回す。
体はまだ震えていた。
「泣いても、いいんだよ。辛かっただろ」
「……はい」
ミグの頬から静かに雫がこぼれた。
……俺が支えて、見届けよう。
この子の想いが行く先を。
俺がこの世界に来たのは、きっとそのためだったんだ。
やっと自分の道を見つけられた。
ありがとう、ミグ。
救えないスキルを持った俺が救われる話 かぼすぼす @kabosubosu
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