薔薇色の未来
神田 るふ
第1話 錬金術師オーギュスト
馬車に揺られながら、その男、バーゼルのオーギュストは寒風が吹き始めたボルドーの葡萄畑を眺めていた。時は十月の末。既に収穫を終えた葡萄畑は灰色に染まり、もうじきにやって来る冬の先触れを思わせるようだった。
いつ果てることも無く続くグレーの波を越えた後、ようやく、オーギュストの目に彩りが入り込んできた。
薔薇だ。
これから向かう、ボルドーのとある一帯を治める貴族の邸宅に続く道が、色とりどりの薔薇で覆われている。
オーギュストは唯一の手荷物である革製の背嚢からフラスコを取り出すと、グラス越しに咲き誇る秋薔薇を眺め渡しながら、錬金術師オーギュストは敬愛する師との思い出と、これから自分が治癒する相手のことについて、思いを巡らせた。
名の通り、オーギュストはスイスの重要都市にしてヨーロッパ最高の学都のひとつ、バーゼルの生まれである。代々、草花の行商を商ってきた一家に生まれた。学問とは縁遠い生き方をし、これからもその生き方を続けていくはずだった彼の人生は、とある酒場の、とある一夜で一変した。
その当時、バーゼルはある人物の話題でもちきりだった。その人物はヨーロッパの各地を旅して廻りながら病人を治療し、貧しき者からは金をとらず、権力と権威にあぐらをかく無知無能な者たちを椅子ごと蹴とばし、常に自らの命を狙われながら、常に他者の命を救い続けていた。
まるでおとぎ話のような話で、誰もが話半分に噂を交わしていたその人物は、ある出来事をもって、現実の存在としてヨーロッパ全土にその名を轟かせる。時の王侯貴族、知識人、文化人、芸術家といった人々の中で知らぬ者のない大文学者、エラスムス。長年、彼の身体を蝕み、どの医者も匙を投げた病魔を、その人物は瞬く間に治療して見せた。天下最高の医師として、そして、並ぶ者無き錬金術師として、その人物はヨーロッパ医学の最高学府、バーゼル大学に殴り込みをかけてきたのだ。
その人物の名こそ、テオフラストス・“ボンバストゥス”・ホーエンハイム。
医師を超える者、パラケルスス。
バーゼル大学の教授の座に就いた天才医師パラケルススと無学の市民オーギュスト。彼らは如何にして出会ったのだろうか。
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