理学部の事件簿 ~あるいは天見風音のひとりごと~

いおにあ

理学部へようこそ!


 天見あまみ風音かざね。一年三組。出席番号二番。理学部所属。


 最近の悩みは、理学部の部員が少な過ぎて、廃部寸前にまで追い詰められているところ。そりゃ、天見あまみ以外に部員が俺ひとりだから、学校側から廃部を検討されても致し方あるまい。


 六月までは、三年の先輩があと三人いたのだが、いずれも大学受験を理由に引退してしまった。来年、二年生になった俺たちは意地でも新入生を獲得しないと、めでたく理学部はお取り潰しとなってしまう。


 まあ、それはまた先の話だ。いま重要なのは――。


「ところで、“バラ色”と聞いて普通なにを思い浮かべるかい、崎田さきた君」


 放課後。理学部の部室である、理科室にて。天見は俺に向き合い、仰々ぎょうぎょうしい口調で問いかけてくる。


「普通に考えたら、濃い赤色だろう。クリムゾンローズとかもいうし」

「そうだねえ・・・・・・でも、遺伝子改変で青や灰色、黄色とかのバラも生み出せるのよ」

「なんか聞いたことあるような・・・・・・それがどうかしたのか」

「それでは、ここで問題です!いまここ理科室で、殺人事件が発生しました。さて、このダイイングメッセージから、犯人を当ててください」


 カリカリとチョークで黒板に文字を書きつける天見。


「薔薇色」とわざわざ漢字で書かれた白い文字。その文字が大きく円で囲まれている。

「ヒントは、この理学部に在籍している、もしくは在籍していた人です。あ、顧問の物見ものみ先生も含めるよ」


 んなこといったってなあ・・・・・・。


「普通に考えて、引退した三年の赤野あかの先輩じゃねえの?バラ色、ていうならさ」 

「普通、そう考えるよねえ・・・・・・でも残念、ハズレです」


 だよな。天見がそう簡単な問題を出すとは思えん。


「じゃあ・・・・・・バラ色に丸か・・・・・・赤い丸・・・・・・?つまり赤点あかてん・・・・・・あ、ノブ先輩?」


 ノブ先輩は、国語と社会と文系が壊滅的にダメで、赤点だとよくこぼしていたからな。


「うんうん、いい線いっているね。でも違うよー」


 天見はどこか嬉しそうにそう言う。くそ、これもダメか。


「うーん・・・・・・じゃ、花言葉はなことば?バラの花言葉は・・・・・・」


 俺はスマホを取り出して調べる。うわ、多いな。色ごとに花言葉が違うのか。


「赤い花は、告白とか愛情・・・・・・」


 全部の色の花言葉を見てみたが、ピンとこない。本当に、このダイイングメッセージが、理学部の人間に関係するのだろうか。


 俺は両手を挙げて、降参の意を天見に示す。


「ギブだ。で、答え合わせはなんだ?」

「正解はね・・・・・・犯人は私でしたー」

「はい?どうしてそうなるんだよ」


 天見はまず、黒板に書かれた薔薇の“薇”の字にチョークを当てて、解説を始める。


「まずこの“薇”はね、風にそよぐことを意味するのよ。で、こっちの“薔”の字は、垣根を意味する。垣根、かきね、ほら、ひびき的にも、私の“風音かざね”という名前に似ているでしょ?そして、風の意味も内包している“薇”の文字・・・・・・ね。そして薔薇色の“色”は、フランス語で言うとla couleur ・・・・・・女性名詞ね。つまり私の性別、女性を示している」

「ちょい待て。じゃ、薔薇色の字を大きく囲っている丸はなんだ」

「そりゃ、私の天見あまみ――天から見る、というのを表現しているの」

「あー、はいはい。分かりました」


 俺は窓の外に視線をらす。


 まったく、実に平和な毎日だ。だが、この平穏な毎日も、理学部に新メンバーが入らなければ、終わりを告げる。


 ならば――することはひとつしかない。


 俺は立ち上がり、

「天見。ちょっと外出しようぜ」

「ん?どこに?」

「こうして推理ごっこばかりしていてもらちがあかないからな。新入部員を探しに行こう」


 俺は天見の手を引っ張り、理科室の出入り口へと向かう。


「ちょっとなによ」

「さあ、新入部員を見つけて、理学部の未来を薔薇色にしようぜ」

「薔薇色っていっても、灰色のバラになるかもよ」

「いいんだよ。何色でも所詮、色は色だ」


 俺と天見は、理学部の外へ一歩を踏み出す。

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