愚色に染まったキャンパスを…

風鳴 ホロン

第1話 満開

 ◆◇◆◇◆


 ピーポ〜ん、電子音が鳴り響き、急いで玄関に向かった。相手は誰か確認する必要もない。


「先生!おはよう。」


 子どもたちが一度に入ってくる。


「あいさつは、おはようじゃなくて、こんにちわでからな。」


 と注意はするが、直すことは一生ないだろう。別に気にはならないが、小さいこと一つでも、教えるのが俺のモットーだ。


「そうだ、先生。これあげるよ。」


 そう言って、彼女が渡してきたのは1輪の小さな桜の花だった。


 ◆◇◆◇◆◇


 今でも、簡単に思い出すことができる。

 真の天才というものに会ってしまったときを。


 僕の天才との初めての出会いは中学生の時だった。その年、彼女は都会から、僕の街へ引っ越してきたのだ。


 中学で入学式が開催された日。新クラスでは長期休みが終わったこと、見たことのない生徒もいるからか、ザワザワとして浮いた空気が教室を満たしていた。だが、だいたいは見たことのあるメンツだ。


 そして、ホームルームが始まるはずだった。しかし、教師とともに入ってきた生徒がいた。見たことのない容姿をした彼女は、綺麗な長い髪を、後ろでポニーテールで結んで、細長の目がこちらを睨むように見ていた。


「はじめまして。■■■市からやってきました。神崎愛理かんざきあいりです。これからよろしくお願いします。」


 彼女は、ポニーテールを揺らしながらこちらにお辞儀をした。それを見て、一斉に心がこもっているのもかも分からない拍手が沸き起こる。


「こんな、田舎に珍しいね。」


 そんな、ヒソヒソ声が聞こえてくるほどだった。


「それでは、窓側の後ろの席に座ってね。」


 窓側の後ろの席――僕の隣の席だ。

 彼女はまた、長い髪を揺らしながら僕の隣に腰を下ろした。


 その後、僕と彼女の間に何か起きたわけじゃない。何にもなかった。しかし、彼女が少し変わった人だということは喋らずとも分かった。いきなり人の痛いところをズバッと言うのだ。だから、クラスの一軍的な女子たちは嫌ってし、それを気にしない人とよく一緒にいた。彼女自身、自分から話しかけることは特にないので、僕も隣だからといって一方的に何か言われることはなかった。


 そのまま時は過ぎた。


 ✿✿✿


 しばらく経って、新入生に向けての部活動勧誘が始まった。しかし、僕は悩むことはない。僕の特技を生かせる美術部に入るのだ。昔から、人よりも輪郭線をとらえられていた僕は小学生でもよく、褒められていた。普段あまり人とのコミュニケーションが取れなかったこの僕にとって、唯一の人に認められている、ということを実感できる瞬間だったのだ。


 その後、この街の美術館に小学生の作品として展示されることになったり、運動会のパンフレットの表紙に僕の描いた絵が印刷されることなんて、当たり前だった。そのくらい、僕にとっての誇れる場所だったのだ。


 しかし、この現実は何なのだろう…


 僕は美術部に入部した。部員数、六人という少ない人数だった。なので、少し見るうちに誰か一番うまいのか、下手なのか、というレッテルをすぐに貼ることができるようなレベルがバラバラな空間だった。しかし、そこに圧倒的な王者が入ってきたのだ。それは、神崎さんだった。僕を超える画力を持ち、僕が何年かけても描けないような絵をという。


「この絵も、ここの陰影とかぼかしてごまかしているだけだから…。そんなにうまくないよ。」


 このように褒めても、すぐに自分の絵を批評する。自分の絵を客観的に見る――僕なかったものだ。僕も負けないように、死に物狂いで絵を描いた。

 描いて、描いて、自信を失って、描いて、描いて、描いて、また諦めかけて、描いて……それを繰り返した。


 何度も書いているうちに僕は確信した。


 自分はなのだと…天才には勝てないのだと。


 ほら、僕が必死にあがいているうちに、彼女な市の絵画コンクールで特別賞をもらっている。


「来週の土曜日に、美術部全員で神崎さんの絵を見に美術館に行きましょう。通常展示も見に行くので、熱中症対策の水筒などを忘れないようにしてください。あ、館内は飲食は禁止ですから。」


 形ばかりの顧問が放った言葉だった。僕は天才という才能の塊が作った作品をみたいと、思う一方でこの現実から目を逸らしたい。そう思った。しかし、時は過ぎ見学当日、重いかもしれない足を動かし、小さな美術館に足を運んぶ。


 まずは通常の展示品から…なんて思っていたら「スゴっ」という先輩たちの歓声に誘われた。ゆっくりと、企画展示の方へ足を運ぶ。けっこう、子供が造りました!かわいいてしょ?なんて問いかけられているような作品ばかりが並ぶ中、傑作は静かに佇んでいた。


 大きく大胆に描かれた1枚、1枚の花びら。そして、微かに鼻を突く独特な匂い…油絵だ。だから、これほどまで絵の具に立体感があるのだろうか。きっと、それだけではないはずだ。陰影の付け方から、油の組み合わせなどもすべてが、お互いを尊重している。僕の絵のような何かが出しゃばって、存在を主張している感がないのだ。


 天才とは、やはり超えられず、凡人から脚光を浴びるものなのだろう。ある人が言った通り、圧倒的な才能を前にすると"妬み"という感情は湧いてこないのだ。


 僕は、ただ自分は凡人だということを認めるしかなかった。


 ーーーー【後書き】


 最後まで読んでいただきありがとうございます。本作は、春の短編ということで投稿させていただきました。全部で3話。才能という壁にぶち当たる主人公を、楽しんでいただけると嬉しいです。




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