第19話・・・栞咲紅羽VS雹堂莉音/重なる翳・・・


「少し時間がかかってますね」


 目の前に座る黛蒼斗まゆずみ あおとが薄ら笑みを浮かべた。

 長い前髪で隠れた目はどんな色を浮かべているのか。


「……ええ」

 白鳥澪華しらとり みおかは伸ばした背筋を緩めてゆったりと座り直した。

「ようやく動き出したようですね」


超遊戯ハイ・ゲーム集結ギャザリングポーカー』は現在、11ターン経って60—40の膠着状態が続いている。


 タイミング的にも別室の六人の内、誰かが動き出していてもおかしくない。


「おや」

 黛が首を少し傾げる。

「そっちから触れてくれるとは」


「わざわざぼかす必要もないでしょう」


 黛は「そうですね」と肩を竦め、続けて口を開いた。

「…誰が動き出したと思いますか?」


「貴方の質問に答える義理はないですが……答えてあげましょう。消去法でうちの栞咲か、そちらの雹堂莉音でしょう」


 膠着状態が続く場合、澪華は紅羽にまず動くよう伝えている。


 そして黛陣営は、まず柊がいきなり動く可能性は低く、雹堂と鯨井の性格・才能を鑑みれば、鯨井が下手に動く可能性は低い・・・・・・・・・・・・・・ことがわかる。


「同感です」

 黛がゆっくりと頷いた。

「…言い出しっぺまではわからないですが、必ずその二人の対決になっているでしょう」


 どっちが勝つと思います? 黛がそう聞いてくることはなかった。


 聞くだけ無粋だと判断したのだろう。


 その通りだ。


(私達にできることは仲間を信じるだけ。……さあ紅羽、貴女の異常性・・・を見せてやりなさい)




■ ■ ■




 雹堂莉音は栞咲紅羽と共に別室に移動した。


 先程まで六人がいた部屋の二つ隣の部屋だ。

 部屋の造りはほとんど同じで、簡素だが円形ボディの監視カメラが多数設置されている部屋。いかなる不正も通用しない部屋。


 ちらり、と莉音は栞咲の表情を伺った。


 適度なプレッシャーは感じているようだが、ちょうどいい塩梅で神経が研ぎ澄まされているように見える。


(…ここが勝負の転換点ターニングポイントになるのに、肝が据わってるね)


 莉音はそんな感想を抱きながら、口を開いた。

「六人いる時に確認取ったけど、この勝負で私が勝ったら黛の手役は『J』のフォーカードで白鳥の手役はフルハウス。

 栞咲が勝てば黛の手役は『J』のフォーカード、白鳥の手役はストレートフラッシュ。それでいいね?」


「うん!」

 栞咲が元気よく頷く。

「わざわざボク達が有利なようにしてくれてありがとう!」



 そう。

 黛の手役はどちらに転んでも『J』のフォーカード。

 フォーカードは上から三番目に強い役であり、降りにくい。


 対して、栞咲が負けたら白鳥の手役はフルハウスになる。手役がフルハウスなら最悪の場合、白鳥が降りてくれるかもしれない。


 僅かにだが、栞咲側が有利な条件なのだ。



「言い出しっぺは私だからね」


 莉音が肩を竦めると、『それでは栞咲紅羽様対雹堂莉音様による緊急「超遊戯ハイ・ゲーム」を執り行います』という『|神龍《シェンロン』の機械音声が響いた。


『今回の「超遊戯ハイ・ゲーム」は急拵えのため、ディーラーがワタクシ「神龍シェンロン」で完結するシンプルなゲームをご用意させて頂きます』


 続けて『神龍シェンロン』が告げた。



『その名も「差数戟さすうげき」』


 差数戟。

 数の差を利用したゲームとうことか。

 名前からだといくらでも想像できそうだ。



『ルールを説明いたします』


 更に『神龍シェンロン』が続ける。



『プレイヤーはトランプの「A」「2」「3」「ジョーカー」の四枚を手札・・・・・に加えます。このカードを一枚ずつ出し合い、優劣を競っていただきます。


 カードの強さは「A」→「2」→「3」→「ジョーカー」と数字通りですが、特殊ルールとして「ジョーカー」より「A」の方が強いこととします。

 そして勝った方にポイントが入ります。


 そのポイントは『自分の数字』から『相手の数字』を引いた数・・・・となります。

 例えば『3』と『A』の勝負だと『2ポイント』獲得となります。



 ここで特殊ルール・・・・・が二つ。

 一つ、『ジョーカー』で勝利した場合は『相手が出した数字・・・・・・・・がポイント・・・・・となります。

 一つ、『A』で『ジョーカー』に勝利した場合は『1ポイント』獲得となります。



 大まかな流れを説明します。


①各ターン、プレイヤーが一枚ずつ場に出す。数字の差がポイントとなる。

②2ターン目以降は使用済みのカードを抜いて勝負をする。

③四枚目のカードが尽きたら、手札を四枚に戻して再スタート。

先に15ポイント・・・・・・・・に達した方の勝利。

 

 以上。質問等あれば順次受け付けます』



 ルール説明が終わり、雹堂莉音はこのゲームの本質をいち早く理解した。



(要はちょっと特殊なじゃんけんってわけね)


 グー、チョキ、パーの三竦みではなく、『1』〜『3』+ジョーカーの四竦み。


(特にジョーカーは「A」に負けても相手に『1ポイント』だけしか入らない。ローリスクハイリターンの使いやすいカード)


 焦ればジョーカーに頼りたくなる。

 その辺も駆け引きの起点となりそうだ。


(……さて)


 莉音は相手に気取られないように深呼吸した。


(…正直栞咲紅羽とは戦いたくなかったけど、消去法で私が相手するしかないから仕方ない)


 これは決して弱気ではない。


 というのも、栞咲紅羽に関する情報が少なすぎるのだ。

 原因は明白。

 白鳥澪華の活躍に隠れているからだ。


 白鳥は『戦乙女ヴァルキリー』と呼ばれるほどに前に出て目立つタイプであり、紅羽はサポート的な役割がほとんど。


(仲間内では『陽光サンシャイン』なんて呼ばれてるようだけど、まあ『ポジティブ』とか『目に傷を負ってるのに前向きで元気をもらえる』とか、そんな意味だろうから、あまり当てにならない)


陽光サンシャイン』栞咲紅羽。


 その実力はいかがのものか。



(私のやることは変わらない。……冷静に、冷血に、『隙』を作って・・・刺すだけ)

 莉音が殺気を倍増させる。



『ではこれより、「超遊戯ハイ・ゲーム差数戟さすうげき」を執り行います。プレヤーは引き出しからトランプケースを取り出し、「A」「2」「3」「ジョーカー」の四枚を手札に加えて下さい』




 ■ ■ ■




『1ターン目です。プレイヤーはカードを一枚選んで場に伏せて下さい』


 開始の合図と共に、雹堂莉音は流れるようにカードを場に伏せた。


「お、早いね」

 莉音の動作に栞咲紅羽が右目を細める。

「そんなに迷いないってことはとりあえずジョーカーで様子見とか〜?」


「何それ? 駆け引きごっこ?」


 莉音が冷めた目で突っ込むと、栞咲が「あはは! ごめんごめん!」と朗らかに笑って、カードを一枚伏せた。


『両者場に伏せました』

 二人ともカードを伏せると、即座に『神龍シェンロン』の機械音声が流れた。


『ワタクシの合図で開いていただきます。……では、』


 莉音と栞咲がカードに手をかける。


『カードオープン!』

 二人のカードが開かれた。

 …その結果は、


 莉音「3」

 栞咲「ジョーカー」


「あ、勝った! やったね!」

 栞咲が可愛らしく笑顔でピースを作った。


『勝者、栞咲様。…尚、「ジョーカー」で「3」に勝利したため、栞咲様には「3ポイント」入ります』


 これで0−3。

 15ポイントで勝利と考えれば、一気に最大の3ポイント入ったことは順調で有利な滑り出しと言える。


『2ターン目に移ります。プレイヤーは今出したカード以外の3枚からカードを選んで場に伏せて下さい』

 心なしか『神龍シェンロン』が急いでいるように感じる。


 やはり緊急『超遊戯ハイ・ゲーム』だから巻いているのか、なんて考えていると、


「いきなり3ポイント取られたのに気にしてる素振りないね」

 またも栞咲が話しかけてきた。


「…さあ? 気にしてるかもしれないよ。どっちにしても感情を表に出すほど間抜けじゃない」

 莉音は面倒さを敢えて隠そうともせず普通に応じた


「なるほど!」

 栞咲が目の前で大声を出す。

「つまり今雹堂さんは心の中で『どうしようどうしよう!』って慌てふためいているかもしれないわけだ!」


「………そうかもね」

 莉音はあまりの馬鹿らしい発言に、適当に返した。


 栞咲もこのくだらない問答で情報を得ようとは考えていないだろう。

 本当に意味のない雑談をしたいだけのようだ。


「あははっ、適当すぎっ」

 莉音が萎えたことすら面白いらしく、栞咲が笑う。


 その後、莉音はまた迷いない動作でカードを伏せ、栞咲も伏せた。


『両者場に伏せました。……では、』

 莉音と栞咲が『神龍シェンロン』の音声に合わせてカードに手をかける。


『カードオープン!』


 二人のカードが開かれた。

 ……その結果は、


 莉音「ジョーカー」

 栞咲「A」


『特殊ルールにより「A」は「ジョーカー」に優るので、栞咲様の勝利! 栞咲様に「1ポイント」入ります』


 そして『神龍シェンロン』が『更に』と続ける。


『これにより3,4ターン目の結果も確定いたしました。追加で栞咲様に・・・・「2ポイント」入ります』


 この結果を聞いても、莉音は驚かなかった。


 莉音の残り手札は「A」「2」。

 栞咲は「2」「3」。


 どの組み合わせでも栞咲が『2ポイント』分の勝利となる。


「ほほ〜」

 栞咲が顎を摩りながら喜びとも感心とも取れる態度を取る。


 これで0−6。

 莉音の「ジョーカー」を「A」で潰せた上でのこの勝利は鮮やかと言うほかないが……。


「…これは素直に喜んでいいのかな?」

 栞咲がやっとまともな探りを入れてきた。


「好きに受け取れば」

 莉音がほんの少し得意げな笑みを受けて返した。



(警戒してる。…まあ、知らないわけないか。……私のやり口・・・・・



『5ターン目に移ります。両者カードを手札に戻して下さい』




 ■ ■ ■



 栞咲と雹堂がいなくなった四人部屋。


「お、これはヤバいんじゃないかぁ?」

 石不二響悟せきふじ きょうごがニヤリとあまり見ていて気分のよくない笑みを浮かべた。

 筋肉質なのに猫背な石不二だと尚更気味が悪い。


 そんな石不二を隣で見やりながら、詩宝橋胡桃しほうばし くるみは(確かに…)と意見だけは同意を示していた。

 6−0。

 味方の栞咲紅羽がリードしている状況だが、胡桃の表情は芳しくない。


「えー? どういうことー?」

 こてん、と小首を傾げながら柊閃が聞いてくる。


 本当にわかっていないのか、それともわかっていてふざけ半分で聞いているのか、胡桃にはわからなかった。


『翳麒麟』を嫌悪している胡桃は何も答えたくなかったが、石不二が雑談がてらといった感じで言葉を返した。


「雹堂莉音って女は言わば相手の・・・を穿つ天才・・・・・なんだ」

 石不二が得意げに笑う。


「雹堂莉音は中学生ながらフリーランスの調査屋のようなことをしていて、市場調査の延長線で依頼人のライバルとなる組織・コミュニティの『隙』を炙り出すことに長けていたらしい。追加料金を支払えば、その『隙』を雹堂の方で広げてくれたりしたとか」


 そう、石不二の言う通り。


 雹堂莉音はIQもEQも非常に高く、組織的構造、人間関係の『隙』を探し出すことに優れている。

 他人から見れば『ちょっと解像度の低いサービス』『嫌いじゃないけど合わない上司』程度の弱点とも言えない『隙』も的確に突く。


「……何より恐ろしいのは」

 石不二が続けて告げる。

「本当に『隙』がない相手であれば、雹堂自ら・・・・を作ってしまう・・・・・・・ことだ」


 ………これもそう、石不二の言う通り。


 IQ・EQが高いからこそ、『読む』だけでなく『崩す』ことに関しても才能はあり、雹堂は積極的にその技術を磨いたと予想される。


 結果、雹堂は相手の『隙』を容易に作ってしまえる。


 ……正に、今の栞咲のように。


「あらゆる手を尽くして冷静冷酷冷徹に『隙』を突くことで相手の身動きを縛っていき、やがて氷結されたかの如く動きを止めて息の根を失わせていくことから『吹雪ブリザード』と呼ばれている」


 石不二が演技っぽい説明口調で述べた後に「ハハッ」と天井に顔を向けて短く高笑いした。


「言ってしまえば、雹堂は栞咲に『わざとポイントを与えた』だけだが、僅かでも『優位な立場』になればそれは『隙』となる。

 ……正直、俺でもこの程度じゃ『突け入る隙』とまではいかないが、雹堂には十分な『美味しい隙』なんだろうよ」


 人間は例え自分が優位な立場になって『油断するな』『慢心するな』と口癖のように言う。


 しかしそれでもふっと心が軽くなって少しの『余裕』が生まれる。


 ……簡単な理屈だが、雹堂は誰よりもこの原理を理解し、己の武器としたのだろう。


「なあ、詩宝橋胡桃」

 そこで石不二が胡桃に話しかけてきた。


「なーに?」

 わざとらしく愛嬌よく返事をする胡桃に石不二は聞いた。


「ぶっちゃけた話、このままじゃ確実に栞咲が負けるが、どうなんだ? ………ほら、ちょうど6ターン目・・・・・が終わった」

 胡桃が目の前のタブレットに視線を向ける。


 そこには栞咲と雹堂の『超遊戯ハイ・ゲーム』の様子が映っており、6ターン目の決着がついたところで『神龍シェンロン』の音声が流れた。


『勝者、雹堂様。…尚、「ジョーカー」で「2」に勝利したため、栞咲様には「2ポイント」入ります』


 ちなみに5ターン目は「3」の引き分けだったため、点数差は6−2。


 この結果に石不二が「おうおう」と面白そうに笑う。

「じわじわと差を縮めつつも栞咲のリードは保ったまま。完全に雹堂のペースだ」

 そこでまた石不二がくるっと胡桃の方へ視線を向ける。

「で、どうなんだ? ……白虎の『首席』の『権限代理人』はこの程度で終わるのか?」


「……石不二くんの情報網にも栞咲さんのことは引っかかってないの?」


 胡桃が言葉を返すと、石不二が視線を鋭く細めた。


「質問に質問で返すのはどうなんだぁ? 話し合いの基本だと思うんだが」


「それはごめんなさい」

 それもそうだ、と胡桃は肩を竦めた。

「でも私もわからないんだもん。すっごく明るくてすっごく朗らかな子ってこと以外。私だって白鳥さん達の完全な味方ってわけじゃないんだから」


 これは真実だ。


「…まあ、だよな」

 石不二も疑うことなく肩を落とした。


「ふーん」

 と、そこまで黙って聞いていた柊が声を上げた。


「でもな〜んか、このまま終わる人じゃない気がするよね〜、栞咲さん」


 柊が発言するだけで全身に蕁麻疹ができそうなほど不快感を覚えるが……その意見には同意だった。


 ……胡桃はこの最終決戦に誘われた時、栞咲と二人で話す機会があったのである質問をした。

『もし白鳥さんが間違った道に進んだ時はどうする?』と。


 リーダーを支える相棒として、常にこの問いに対する答えを胸に刻んでいる必要がある。


 これで栞咲紅羽の真価が大体わかるはずだと踏んだのだ。


 この質問に対して、栞咲はこう答えた。


『何をしてでも止めるよ』と。


 胡桃が『何をしても?』と首を傾げると、栞咲は『うん』と頷いて続けた。


『例えほっぺをはっ叩いても、お腹に蹴りを入れても、腕の骨を折っても……場合によっては、ボクと同じように、片目の『光』を奪っても。……澪華が道を違えた時は何をしても・・・・・全力で止める』


 ………ゴクリ、と深く息を呑んだのをよく覚えている。


 狂気にも似た献身。


 これは本人の前では絶対に口をしないが、その時に胡桃は………栞咲紅羽に対して、『翳麒麟・・・のような理外の恐怖・・・・・・・・・を感じた。



 

 …………と、その時。




 タブレット画面の中の胡桃がスッと手を上げた。




『「神龍シェンロン」、お願いがある』



「「「?」」」


 この行動に、胡桃も含めた四人全員が頭上に疑問符を浮かべた。


『どうされました? 栞咲様』


 問い返す『神龍シェンロン』に対し、栞咲はあっけらかんと言った。





『ボクのポイント、ゼロにして』



 

(……え?)


 胡桃は瞬きを繰り返しながら、ほんの一瞬、栞咲紅羽と柊閃が重なって見えた。


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