第9話・・・各々の動き/真剣な閃・・・
『首席』で入学した生徒は一週間後に『社交会』を開くよう学園から義務付けられている。
表側の目的は生徒同士の交流を深めて人脈を築きやすくするため、裏側の目的は『自由な特世科』であろうと学園のルールに従ってもらうことを印象付けるため。
澪華が腕を組む。
「『社交会』で
「うん」
詩宝橋が頷く。
「…悪いけど、得意分野で勝負させてもらう」
同じ日に開かれる『社交会』。
参加者が多かった方が『人望が厚い』『優っている』、少なかった方が『大したものを開けなかった』『劣っている』と判断されてしまう。
澪華が負ければ早々に『首席』の肩書きに傷をつけたとして評判は大きく落ちることだろう。
さらに言えば、澪華は『社交会』にそこまで乗り気ではなかった。
入学式の時に副会長の鷹形伊助にも言ったが、『社交会』に割く時間は無駄だと感じている。
また、『社交会』などの開催はどちらかと言えば苦手分野だ。
「ふっ、得意分野…ですか」
澪華は今の詩宝橋の言葉を反芻しつつ、苦笑した。
「
人と人の繋がりを重んじる詩宝橋に取って、『社交会』は主な交流の場だ。特に詩宝橋が主催する『社交会』は評判が良いと聞く。
言われた詩宝橋が「ふふっ」と微笑んだ。
「確かにそうかも」
(…私が強制的に苦手な『社交会』を開く時を見逃さず、『繋ぎ姫』の真骨頂である『社交会』をぶつけて勝負を仕掛ける)
人の良さそうな顔をしておきながら、勝負師としても油断ない。
「…交渉が決裂した今、躊躇なく『首席』の権限を狙うということですね」
「うん。…ただもちろんこの『社交会』の優劣で『首席』の権限をどうこうするつもりはないよ。これはあくまで前哨戦みたいなものだから」
「前哨戦…」
澪華の脳裏に
彼らが次々と何か仕掛けてくるということか。
「本当に申し訳ないけど、私達で貴女から『首席』の権限を奪い、最後に私が『首席』の権限を手に入れて『翳麒麟』を排除するっ」
詩宝橋の強い意思を感じる言葉。
澪華はその言葉の一部に疑問を持った。
「最後に私が?」
澪華は首を傾げる。
「…機会があれば聞こうと思っていましたが、貴女達は『首席』の権限を奪い、どうするつもりなのですか? 今の言い回しからすると仲良く権限を分配するわけでもなさそうですが」
そこが謎だった。
五人がかりで奪いに来るのはいいが、まさか他四人が黛蒼斗に『首席』の権限を渡す為に身を捧げるはずもない。
「……シンプルなことだよ」
詩宝橋は冷静に答えた。
「私、黛くん、
「…なるほど」
澪華はようやく納得した。と同時に黛蒼斗の交渉の手腕に驚かされた。
落禅
(黛蒼斗、交渉の化け物と聞いていましたが想像以上ですね)
思わぬところで『次席』の実力を痛感しつつ、澪華は詩宝橋に意識を向けた。まずは目の前の強敵を倒さなければ。
「面と向かってこう言うのも違うのかもしれませんが……手合わせ、よろしくお願いします」
「…うん、よろしく。負けないよ」
お互い、敬意に満ちた瞳で勝負の挨拶をした後、澪華は紅羽と共にその場を後にした。
■ ■ ■
玄武学園の屋上。
「くくっ!」
今日も今日とて石不二響悟が何も見えない望遠鏡を覗き込みながら歯を剥き出しにしている。
筋肉質なのに猫背なのは間違いなくこれが原因だと
ちなみにるるは、昨日は猫のぬいぐるみだったが今日はゾウのぬいぐるみを抱えている。
そのゾウの長い鼻をもみもみ握りながらるるは口を開いた。
「白虎学園で早速動きがあったみたいだね」
「ああ!」
石不二が声を上げる。
「睨んだ通り、最初に動き出したのは『繋ぎ姫』詩宝橋胡桃だったぜ! まあ当然だよなぁ! 白虎の『首席』は社交会なんて面倒なものを押し付けられてるんだ! そこを狙わない手はない!」
興奮しながら答えている。
「詩宝橋胡桃の社交会は一部のインフルエンサーの間でも人気だよ。テーマに沿って全く違う世界が味わえて素敵だってみんな言ってる」
「ほう! さすがだなぁ!」
「………ねえ」
一拍置いてるるが石不二に訊ねた。
「石不二の携帯で『
『牙の標』。
それは白虎学園の生徒
これは白虎に限らず他の学園にもある。
玄武学園は『
詩宝橋胡桃もこの『牙の標』の機能の一つである掲示板を介して『社交会』の招待状を送ったのだ。
各SNSは各学園に通う生徒しか使えない。
……では、なぜ石不二が『牙の標』にアクセスできるのか?
それが玄武学園『首席』を含めた『
「全くよぉ」
石不二が望遠鏡から顔を放し、振り返った。
「一応
腰に手を当てる石不二に、るるが逆に呆れたような態度を取る。
「『繋ぎ姫』の社交会にどんな人が反応してるかインフルエンサーとして少し見ておきたいだけなのに……これぐらいのことでケチケチ言うんだ。ちょっと失望」
「はぁ〜」
石不二は口を変な形にして息を吐いた。
「まあ、麗峠とは今後ともよき関係を築いておきたいからいいけどよぉ」
石不二が歩み寄り、携帯を操作して差し出した。
るるが「ありがと」とそれを受け取り、予め開いてくれた『牙の標』をスクロールしながら眺める。
「麗峠よぉ」
石不二が呼ぶ。
「……お前なら『
「…そんなの疲れるだけだし」
るるは生返事をしながら画面をスクロールしている。
色々な人が『詩宝橋さんの社交会開かれるってマジ!?』『めっちゃ人気のパーティなんだって!』『けどこれって「首席」への当てつけだよな?』『なんか乗り気になれないわぁ』と匿名でコメントしている。
(…やっぱり匿名じゃ
るるは心の中で諦めたようなことを言い、「ありがと」と石不二に携帯を返した。
「なんだぁ?」
石不二が太い首を捻った。
「気になることでもあったのか?」
「少しだけね」
ここで下手に誤魔化しても石不二は見破って勘繰ってくると知っているので、正直に素っ気なく返事をする。
「ところで、」
るるは話題を変えた。
「白鳥澪華と詩宝橋胡桃、どっちが勝つと思う?」
「白鳥澪華」
あからさまな話題変えだったかもしれないが、石不二は答えてくれた。即答だった。
「……即答なんだ」
あまりの速さにるるも気になった。
「どうして?」
「想像すればわかる」
石不二はくるりとるるに背を向け、望遠鏡に向かって歩きながら答えた。
「確かに『社交会』対決なら『繋ぎ姫』に分があるだろうが……、」
石不二が深く息を吸って声を張った。
「ここ『四神苑』においては、圧倒的に白鳥澪華の方が有利だからだ!」
さらに石不二が「まあ、」と続ける。
「最も、それに白鳥澪華が気付けなければそれまでだがなぁ」
にんまり、と石不二はわざわざ振り返って気色悪い笑みを見せた。
■ ■ ■
白虎山の林道。
「ふん」
落禅康紘は携帯で『牙の標』の掲示板に今さっき掲載された詩宝橋胡桃の社交会のお知らせを見ながら鼻を鳴らした。
「…『春の蕾会』? 女はこういう名前が好きなんかね」
「え?」
康弘がそんな呟きをすると、後ろを歩く生徒の内の一人が反応した。
「な、何か言った…? 落禅くん…」
おどおどした声で聞かれ、落禅は振り向かずに携帯だけ横に振ってみせた。
「後で『牙の標』見てみぃ、
「『牙の標』…」
その男子生徒が呟くように反芻する。
もしやと思って振り向くと、その人物は携帯を弄っていた。
「ちっ」
落禅が大きな音で舌打ちをした。
「日野船くん、後で見ろ言うたろ。もうすぐ目的地着くんやから我慢しぃ」
「あ、ご、ごめん…」
その生徒が顔を上げた。
「もうすぐ着くって知らなくて…」
「いちいち愚痴愚痴口答えすんなや」
康弘が不快感をMAXにするとその男子生徒は「ご、ごめん…」と目を伏せた。
日野船
もさっとした髪。頬に広がるそばかす。同世代に比べて身長は高く体格もいい方だが覇気はない。
地味で人の印象に残りづらいタイプの男子だ。
自信のなさが表情や仕草に表れている。
康弘は俯きがちになる日野船を見ながら口端を釣り上げた。
(ほんま、扱いやすい男や。やっぱ白虎に来て正解やなぁ。…そこそこスペックは高いのに主体性が低く上の言うことしか聞かない奴がこんな簡単に見つかるなんて)
日野船以外にも二人落禅康弘の後を歩いている。その二人とも日野船ほど自信のなさを全面に出してはいないが、気質は似たり寄ったりだ。
康弘は細身を揺らしながら入学式の時に白鳥澪華が言ったことを思い出した。……白鳥は『「普凡科」は宝』と言っていた。
(ほんま、白鳥さんの言う通り。……『「普凡科」は
心の中で醜悪な笑みを浮かべていると、林道を抜けた。
「お、着いたで」
康弘が林道を抜けてすぐのところにある『住家』を指差した。
それは二階建ての一軒家だった。少し距離を置いたところにも何個か一軒家がある。
「こ、これがここに来る前に話してた…」
「せや」
日野船の言葉に康弘が頷く。
「造りは悪くないが今体験しての通りここまで来るのにけったいな時間がかかるからランクの落ちた『七等住家』や」
康弘は日野船達の方を振り返り、細い親指でバックの『七等住家』をビシッと指す。
「あれを君ら名義で
(…さあ、金儲けの時間やッ)
白虎学園『
『
■ ■ ■
鯨井帯土は『
30分ほど歩いて気付かされる。山一つを丸ごと敷地とするこのこの学園は広すぎる。
『住家』はあちこちに点在しているが、標高の低いところと高いところでは徒歩で何十分もかかる距離だ。
ふと、鯨井は大きな体を捻って横を向く。
視線の先ではちょうど小型のバスが停車して生徒達が乗り込んでいる。
(…まあ、バスがないと不便だよな)
他にも一部の生徒はスクーターで道を走っている。
白虎山を見聞して帯土は改めて確信した。
(…広すぎる大地。正に『白虎山』は一つの町だ。…お金の動く音がそこかしこから聞こえてくるな…)
帯土の脳裏に浮かんだのは落禅康弘だった。細身でゆらゆら揺れながら金勘定する姿が目に浮かぶ。
と、その時、帯土の携帯が音を立てた。
着信音だ。
携帯を取り出し、相手を見て帯土は目を見開いた。
ごくりと生唾を飲み込み、携帯を耳に当てた。
『よう、帯土。元気してるか?』
帯土がもしもしと言う間もなく相手が切り出してきた。
「…ご無沙汰してます。
怖いほどに落ち着いた声は相変わらずだな、と帯土は心の中で苦笑した。
■ ■ ■
黛蒼斗は自身の『四等住家』でぴくりとも動かず携帯の画面を見つめていた。
誰かが見れば蝋人形かと思うほど静止しているだろう。
(…ついに、始まった…っ)
蒼斗は刃物を研ぐように神経を集中し、白鳥澪華との争いが始まったことを様々な思いを含めて噛み締めていた。
■ ■ ■
「……さて、どうする…ッ!?」
白虎学園『翳麒麟』にして『首席』『次席』が対峙する場に平然と乗り込む胆力を持つ奇人、
籠坂爛々はこれほど真面目な閃の表情を見たのは初めてかもしれない。
「…爛々はどう思う?」
閃が爛々に意見を求めた。
これほど真剣に意見を求められたのも初めてかもしれない。
「僕には…決められそうにない…!」
閃は己の不甲斐なさを恥じるようにぎゅっと目を瞑り、ビシッと
「この前鯨井くんからもらった『
「閃てば〜、沼ってるねぇ」
爛々は楽しそうに笑い、閃と一緒に二人の愛の巣に飾るカードを選んだ。
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