第五章:心の絆

 朱雀との決闘から一月が過ぎた頃、里は穏やかな日々を取り戻していた。しかし、神崎の心には何か引っかかるものが残っていた。朱雀との戦いで感じた、ある種の共鳴。それは単なる武術の相性ではない、もっと深いところでの理解だった。


「楓様、お茶をお持ちしました」


 月影が部屋に入ってきて、神崎の思考は中断された。


「ありがとう」


「楓様、最近物思いに沈んでいらっしゃいますが……」


 月影の声には心配が滲んでいた。


「気にするな。ただ、少し考えることがあってな」


「朱雀との戦いのことですか?」


 神崎は少し驚いて月影を見た。少年は意外と鋭い。


「ああ。やつには、何か特別なものを感じた」


「特別、とは?」


「言葉では説明しづらいんだが……」


 神崎は言葉を探した。現代で感じていた、真摯な格闘家同士の絆に似た何か。それは時代を超えて存在する、武の道を極める者たちの心の繋がりだった。


 その夜、神崎は一人で里の外れを歩いていた。満月の光が、静かな山道を照らしている。


「やはり来ていたな」


 突然、木々の間から声が聞こえた。朱雀だった。


「なぜここに?」


「お前も感じているはずだ。我々の間にある、何か」


 朱雀は月光に照らされた岩の上に腰を下ろした。神崎も、距離を置いて座る。


「私は幼い頃から、ずっと強さを求めてきた」


 朱雀が静かに語り始めた。


「甲賀の術を学び、剣術を極め、そして忍びの技も修めた。だが、何か足りないと感じていた」


「何が?」


「術の『真髄』だ。技は完璧に見えても、その核となる何かが、どこか空虚だった」


 神崎は黙って聞いていた。その言葉には、現代の自分が感じていた何かと重なるものがあった。


「しかし、お前との戦いで分かった。お前の術には、それがある。技の奥にある、より本質的な何かが」


「私もそう感じている」


 神崎は月を見上げながら答えた。


「技は形に過ぎない。大切なのは、その奥にある真実」


 現代格闘技で学んだ理合いと、この時代の忍術の本質。それらは形こそ違えど、根底では繋がっているのかもしれない。


「楓。私はお前に、一つの提案がある」


 朱雀の声が真剣さを帯びる。


「何だ?」


「共に学ばないか? 伊賀と甲賀、その垣根を超えて」


 その言葉に、神崎は深く考え込んだ。確かに、それは魅力的な提案だった。しかし――。


「それは難しいだろう」


「なぜだ?」


「私たちには、それぞれの立場がある。伊賀の楓として、甲賀の朱雀として」


 朱雀は苦笑した。


「そうか。だが、それでも――」


 その時、突然の物音が二人の会話を遮った。


「誰だ!」


 朱雀が立ち上がる。木々の間から、複数の人影が現れた。


「朱雀、この裏切り者め!」


 甲賀の忍者たちだった。どうやら、朱雀と神崎の密会を探っていたようだ。


「裏切りではない。私は――」


「黙れ! 我等は武田様への忠誠を誓ったはずだ。それなのに、敵と通じるとは!」


 十人以上の甲賀忍者が、二人を取り囲む。


「楓、すまない。お前を巻き込むつもりは……」


「気にするな」


 神崎は背中合わせに立ち、朱雀と共に構えを取った。


「共に戦おう。それが、私たちの答えだ」


 月下の戦いが始まった。神崎と朱雀は、まるで長年の戦友のように息を合わせて戦う。神崎の柔らかな動きと朱雀の鋭い剣術が、完璧な調和を見せた。


「この動き……まるで踊りのようだ」


 朱雀が戦いの合間に呟く。確かに、二人の動きは武術の域を超え、一つの芸術のようだった。


「はっ!」


 神崎が投げた相手を、朱雀が受け止めて投げ返す。朱雀が払った敵を、神崎が受けて制圧する。それは、まさに二つの流派の融合だった。


 戦いは、あっという間に終わった。地面に転がる甲賀の忍者たちを前に、二人は深いため息をつく。


「さて、どうする?」


 神崎が問いかける。生かすか、殺すか。それは重大な選択だった。


「殺す必要はない」


 朱雀は静かに答えた。


「彼らに伝えてほしい。私は決して甲賀を裏切ってはいない。むしろ、甲賀の術をより高みへと導こうとしているのだと」


 朱雀は倒れた忍者たちに向かって話しかけた。


「帰れ。そして、私の言葉を伝えよ。古い因習に囚われていては、真の強さは得られない。それを、この楓との戦いで学んだ」


 忍者たちは、おずおずと立ち上がると、闇の中へと消えていった。


「これで、私の立場も危うくなったな」


 朱雀は自嘲気味に笑う。


「後悔はないのか?」


「いや。これも運命だ。それに――」


 朱雀は神崎をまっすぐ見つめた。


「お前との出会いで、私は新しい道を見つけた。それだけで、十分な価値がある」


 神崎も、静かに頷いた。二人は、それぞれの道を歩みながらも、心は確かに通じ合っていた。


「また会おう、朱雀」


「ああ、必ず」


 二人は別れ際、固い握手を交わした。それは、時代も流派も超えた、真の武の同志としての誓いだった。

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