逆光

@aikatuji

栄光

藤井陽介は、高校最後の夏を迎えようとしていた。長年続けてきたバスケットボール部のエースとして、彼の名前は県内でも広く知られていた。だが、陽介が抱える悩みは誰にも話せなかった。高校生活の終わりと共に訪れる進路選択、その重圧に押し潰されそうになっていたからだ。


「陽介、調子はどうだ?」練習が終わった後、キャプテンの田中が声をかけてきた。


陽介は軽く肩をすくめながら答える。「まあ、普通だよ。」


田中は陽介の顔をじっと見つめ、何かを感じ取ったようだったが、特に追及はしなかった。その時、陽介の視界に一人の後輩が映る。小林悠斗、彼はまだ一年生だが、その才能は目を見張るものがあった。しかし、悠斗には一つの弱点があった。どんなに優れたプレーをしても、彼はいつも周りの期待に応えられないと感じているようだった。


その日は公式戦の前日だった。陽介はいつものように練習後、疲れた体を引きずって帰路につく。だが、その日はいつもと違っていた。どこかで見たような光景が目に入った。公園のベンチに座っている悠斗の姿だ。


「悠斗?」


陽介が声をかけると、悠斗は驚いた表情を浮かべた。「あ、陽介先輩…」


「どうしたんだ、こんなところで?」


悠斗はしばらく黙っていたが、やがて小さくため息をついて口を開いた。「僕、どうしても自分に自信が持てないんです。みんなに期待されているのに、それに応えられる気がしない。」


陽介はその言葉に驚いた。悠斗はいつも堂々としているように見えたが、実はそんな悩みを抱えていたのだ。


「お前がどう思っているかは関係ないんだ。大事なのは、お前が自分を信じることだ。」陽介は言葉を選びながら答える。だが、その言葉の裏には、陽介自身が抱えていた不安がにじんでいた。


試合当日、陽介は一瞬のうちにその不安が膨らむのを感じた。試合の最初、彼は思うようにシュートが決まらず、バスケットのコートが暗く感じられた。自分の力が限界に達しているように感じ、焦りと不安が胸を占めていく。しかし、その時、悠斗が目の前で見せたプレーに、陽介は驚愕した。


悠斗が見事なパスを通し、他のチームメイトが点を決めた瞬間、その光景が陽介の心に深く刻まれた。悠斗はまだ若いが、今、彼が感じている不安を乗り越えようとしている。その努力が、彼のプレーに現れていたのだ。


「…お前、やるじゃん。」陽介は思わずつぶやいた。


試合は次第に盛り上がり、陽介も徐々に自分を取り戻していった。彼はシュートを決め、リバウンドを取り、ディフェンスでもチームを支えた。しかし、どんなに自分が輝いても、その陰で支えてくれる仲間たちの存在があったことを忘れてはならない。


試合終了のホイッスルが鳴った瞬間、陽介は一つのことに気づいた。光の部分だけを見ていると、周囲の支えを見失ってしまう。だが、影の部分をしっかりと認識した時、初めて本当の意味で光を感じることができるのだ。


試合後、チームは勝利を喜び合った。陽介は悠斗を見つけると、軽く肩を叩いた。「お前、よくやったな。」


悠斗は照れくさそうに笑った。「ありがとうございます、先輩。」


その瞬間、陽介はふと思った。この先どんな道を歩むことになっても、光と影が交差する場所で生きていくことになるのだろう。そして、どんなに暗い影の中でも、必ずその先に明るい光が待っていると信じることが大切だと思った。

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