空白の時
@aikatuji
空白の時間
それは、何も前触れなくやってきた。
その日、春の温かい陽気に誘われて、私は家でのんびりと過ごしていた。窓を開けると、外には桜の花が満開を迎え、風に舞う花びらが庭を飾っていた。静かな午後、私はお気に入りの本を手にして、ソファに身を沈めていた。
突然、目の前の景色が歪み、まるで地面がうねるような感覚が体を包み込んだ。最初は軽い揺れかと思ったが、それはすぐに強くなり、まるで大地が怒っているかのように、家がガタガタと震え始めた。
「地震だ!」
私は急いで立ち上がり、家の中を走り回った。家具が揺れ、壁が軋む音が響く。外の世界もきっと同じように揺れているに違いないと思った。部屋の隅に身を寄せて、何とか身を守ろうとするが、心臓の鼓動は次第に速くなり、恐怖が全身を支配していった。
その揺れは長く続き、終わったかと思った瞬間、再び激しい揺れが襲ってきた。窓の外を見ても、近くの家々が揺れているのが見える。まるで世界が崩れ去るかのような、あの恐ろしい感覚。
やがて、揺れが収まり、家の中は静寂に包まれた。しかし、その静けさの中に、何とも言えない不安が広がっていった。
「大丈夫だろうか……」
私は呟きながら、外に出る準備を始めた。携帯電話を取り出して、家族や友人たちに連絡を取ろうとしたが、電波が全く届かない。何度も試みるが、全く繋がらない。心臓が締め付けられるような焦燥感に駆られ、私は急いで近所の人々に声をかけた。
「大丈夫ですか?」
「電話が通じないんです!」
近所の人たちも慌てて家の外に出て、状況を確認し始めた。道を歩くと、周囲の建物がいくつか崩れ、瓦礫が散乱しているのが見えた。足元が不安定で、歩くのも一苦労だ。車が倒れ、電柱が折れ、まるで映画のワンシーンのような光景が広がっていた。
「どこに避難すればいいんだ?」
私は周囲を見回したが、答えが見つからない。街は静まり返り、普段の喧騒が信じられないほどの静けさに変わっていた。家々からは煙が立ち上り、聞こえるのは遠くから響くサイレンの音だけだ。
私は急いで家に戻り、家族の無事を確認しようとしたが、携帯の電波が依然として繋がらない。時計を見れば、時間がゆっくりと過ぎているように感じた。何時間も経ったように思えたが、外はまだ明るい。
「どうしよう……」
私は座り込んで、ただ無力感に包まれていた。その時、隣の家から叫び声が聞こえた。急いで駆け寄ると、家の中から出てきたのは、年老いた母親を抱えた若い女性だった。
「お母さんが動けないの。どうすればいいの?」
その女性は涙を浮かべながら、私に訴えた。私はすぐに助けるためにその場に駆け寄り、近所の人たちと協力して、女性とその母親を安全な場所に移動させた。その後、消防や警察の車が到着し、少しずつ避難場所が確保されていった。
夕方になり、ようやく電波が復旧した。私は急いで家族や友人に連絡を取ったが、電話が通じるたびに、安堵の気持ちが広がると同時に、どこか冷たい現実を感じた。電話越しに聞こえる声はいつもと変わらないが、その向こう側で何が起きているのか、確かなことは分からなかった。
その夜、私は避難所で眠れぬまま、ただ静かな暗闇の中で過ごした。周囲からは、家族や親しい人たちと再会を果たした人々の喜びの声が聞こえてくる一方で、救助の手が届かない場所で、まだ救助を待っている人たちがいることを思うと、胸が痛んだ。
翌朝、街は少しずつ復旧し始めていたが、未だに多くの人々が行方不明のままで、数えきれないほどの人々が被害を受けていた。テレビの画面には、破壊された街並みが映し出され、街の一部はその姿すら無くなっていた。
数日後、私は再び家に戻ることができたが、以前のような日常が戻ることはなかった。街の風景はすっかり変わり、家々は壊れ、生活の基盤が根底から崩れたような感覚が残った。物理的なものは少しずつ復旧していったが、心の中の空白は埋まることなく、ただ静かに存在し続けた。
あの震災の日から、時間は経過していったが、あの揺れ、あの恐怖、そして何もできなかった無力感が、私の中に深く刻み込まれた。人々は再び立ち上がり、街も少しずつ元気を取り戻していったが、あの日の記憶は、決して忘れることなく、私の中で生き続けている。
それは、何よりも大切な「時間」の重みを教えてくれた瞬間だった。
空白の時 @aikatuji
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます