カード、高っ!

 授業が終わり、私は一目散に校門へと向かう。それが、このクラスでは日常茶飯事となっているのだろう。声をかけてくる者は誰もいなかった。まあ、声をかけられたところで、無益な遊びに誘われるだけだ。ならば、潔く無視してくれた方がありがたい。

 ふと、後ろ髪を引かれるように、教室の出口のところで振り返った。待ってましたとばかりに、友美が男子とカードゲームを始めている。


「俺のターン。龍の宝珠発動。手札を1枚捨て、PPを1増やす」

「2ターン目にそれを使ってくるなんて、デッキが回ってるね。じゃあ、こっちは狼の群れ長召喚! 伝令兵をデッキから出して1枚ドロー」

「お前こそ、3ターン群れ長とかやってくれるじゃないか」

 わいわい言い合いながら、互いにカードを出していく。籠城したアマテラスはこんな気分なのかと、ふとよぎったのは何故だろうか。くだらない。私は、わざと足音を響かせながら、廊下を闊歩していった。


 帰宅した私は着替えを済ませると、勉強机の椅子に背中を預けた。共働きの両親が帰ってくるには時間がある。と、いうよりも、就寝時間間際になって玄関の扉が鳴らされるということも珍しくはない。

 しばらく、勉強か読書でもしようか。そう思ったのだが、私の手はスマートファンに伸びていた。ネットサーフィンなど、普段は滅多にやらないのだが、どうしても気にかかることがあったのだ。


 検索ワードに入力したのは「デュエバ」という単語。人気のカードゲームというのは伊達ではなく、公式ページをはじめとして、カードリストなど幾多のページがヒットする。画面をスクロールしていき、私はあるページに到達した。


 それは、デュエバの最強デッキを紹介しているものだった。試しにクリックしてみると、いかにもレアという様相のカード画像とともに、「Tier表」なるものが作成されていた。どうやら、表の上にあるデッキほど強いということらしい。


「アグロビースト。もしかして、あいつが使っていたのはこれじゃないかしら」

 そんな察しがついたのは、リンクの画像が「誉れの王者ジューオ」になっていたからだ。予想通り、デッキリストとして紹介されたカードは、先の対戦で見たことがあるものばかりだった。


 どうやら、序盤から低コストのサーバントを展開していき、ジューオでバフをかけつつ、一気に勝負を決めるデッキらしい。

「キーカードは狼の群れ長。3コストで2面展開できるうえ、自身も2コスト相応なのでコストパフォーマンスが高い。何を言ってるのか分からないけど、とりあえず警戒すべきカードということかしら」

 とりあえず、あいつと同じデッキを使えば条件は五分だ。しかし、大きな問題があった。デッキに含まれるカードはレアカードが散見され、再現するとするなら、それなりに資産が求められる。


 机の上に置いてある貯金箱を揺らす。欲しい本を買うために、コツコツと小遣いを貯めてきたものだ。正直、カードなら高くても100円ぐらいだろう。こんなものに無駄遣いするのは悔しいが、コンビニでおやつを買ったと考えれば、まだ許容できる。


 試しに、切り札であろう「誉れの王者ジューオ」で検索をかけてみる。すると、カードショップのシングルカードの売買表がヒットした。そこで私は目をむく。

「はぁ!? 2000円!? なんでカード1枚でそんな値段がするのよ」

 しかも、テンプレートのデッキには、同名カードを入れられる上限である3枚が投入されていたはずだ。これだけで6000円と、映画が3本見れる値段だ。


 しかも、これは通常版で、イラスト違いのSRだと9800円という、とんでもない価格がついていた。それはさておき、早くも計画がとん挫しそうになる。

 おまけに、もう一枚のキーカードである「狼の群れ長」も800円というそこそこな値段がする。デッキそのものを買いそろえようとするなら、1万円を超えるのは確実である。いくらなんでも、そんな資金力はない。


 こうなれば、作戦変更だ。私は机の引き出しに入れてあったカードを取り出す。それは、友美からもらったウォーリアのデッキだ。現状、私の戦力となり得るのは、このカードたち。ならば、これを元に戦えるデッキを探すしかない。

 私は、再度有力デッキの一覧を追う。すると、「ミッドレンジウォーリア」なるデッキを発見した。ウォーリアは、私のデッキに入っているサーバントが持つクラスの名前だ。ひょっとしたら、このデッキなら構築できるかもしれない。


 デッキリストのカードは所持しているものといないものが半々だった。さすがに、このリストを再現するのは難しい。けれども、この強そうなカードを手に入れられれば、なんとかあいつとも戦えるのではないか。

「戦場の女神ヴァルキリアス」

 北欧神話の女神の名を冠しているのだ。さぞ、強力なカードだろう。


 シングルカードの価格は1100円。リストには1枚だけ入っている。小説1冊分と考えると痛いが、これで鼻を明かすことができるのなら安い買い物だ。


「唯、帰ったわよ」

 玄関の方から声がする。ふと、壁時計を確認すると、午後七時を回っていた。まさか、勉強も手付かずに、こんな時間までネットを漁っていたというのか。不覚のあまり、椅子から落ちそうになる。

「ごめんなさい。もう少しで宿題が終わるの」

 せめてものあがきで宿題だけは終わらせておこうと、私はシャーペンを走らせるのだった。

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