悔しい!

 勝敗が決し、私は愕然と机に両手をついた。勝利を手にした友美はほくほく顔だ。

「いやあ、惜しかったね。エマージェンシーカードは相手のターンでも割り込んで使えるからさ。体力を回復できるやつとか、攻撃を中止させるやつとか持ってたら、まだ分からなかったかもよ」

「あんた、それを先に言いなさいよ!」

 私が声を張り上げたのも無理はない。ゲーム開始時に伏せていたカードのうち、1枚はプレイヤーの体力を回復させるもの。ジューオの攻撃直後に発動させていれば、小型サーバントの集中攻撃を耐えられたかもしれないのだ。


「まあまあ。でも、あたしが見込んだだけあるな。唯ちゃん、絶対にこういうゲーム得意だと思ったもん。あたし、けっこうガチのデッキ使ってたけど、初めてでそれとまともに戦えるなんて、やっぱ才能あるよ」

「なんかインチキ使われた気がするけど、誉め言葉だけは受け取っておくわ」

 たかがゲームで本気で怒るなど大人げない。そう頭では理解していても、拳はわなわなと震えていた。鼻歌交じりでカードを片付けている姿も、なんだか癪に障る。だって、このデッキ。友美のものよりも弱いカードで構成されていたということでしょ。


「もう一回」

 私は何を口走っているんだ。そう思うより先に、言葉が自然と飛び出していた。

「もう一回やりましょう。今度は負けないから」

 まっすぐに人差し指を伸ばす。すると、友美はにやっと口角をあげた。

「うーん、受けてあげたいのもやまやまだけど、この後予定あるんだよね。今日は、唯ちゃんにデュエバを布教したかっただけだし。でも、予想以上にハマってくれたみたいで嬉しいよ」

「べ、別にハマったわけじゃない。負けっぱなしじゃ悔しいからよ」

「ああ、分かるな、その気持ち。でも、そうだな。再戦するにしても、あまり遅くなると先生が見回りに来そうだし」

 ちらりと時計に目をやる。時刻は午後五時を回ったところ。そろそろ、部活動をやっている連中も切り上げて下校の準備に入る頃だ。堂々と不要物で遊んでいる所を目撃されたら、面倒なことこの上ない。


 もやもやしていると、友美はカードの束を差し出してきた。戸惑っていると、破顔して、更に突きつけてくる。

「とりあえず、お近づきのしるしに、このデッキ、あげるよ」

「え、でも」

「いいって。あたし、ウォーリアのデッキはあまり使わないからさ。ストレージに眠らせておくよりは、唯ちゃんに使ってもらった方がいいと思って」

「まあ、くれるのなら、もらっておくけど」

 正直、邪魔だった。こんなものをもらっても、不要物持ち込みで大目玉を喰らうリスクを負うだけだ。メ〇カリで売れば、少しは小遣いになるかもしれないが、あいにく、そのアプリは利用していない。


「おっと、約束に遅刻しちゃう。唯ちゃんのリベンジはいつでも受け付けるよ。それじゃ」

 私が二の句を告げずにいる間に、友美は手を振って退出していってしまった。立つ鳥跡を濁さずというか、机の上には私の勉強用具しか残されていなかった。

 なんとも、モヤモヤするのが、如何ともしがたい。こういう時は数学の復習をするに限る。自分に言い聞かせるように念じ、私は教科書を広げる。


 だが、いつもならばすんなり浮かぶはずの解法が、ちっとも思いつかない。頭を抱えながら、シャーペンでノートを突く。脳裏にちらつくのは、にやにや顔の子犬っぽいクラスメートの顔だけだ。ああ、もう、面倒くさい!

 私は乱暴に教科書を閉じる。そして、深く息を吐くと、無意識的にバッグに仕舞っておいたカードを取り出した。


 パラパラと一枚ずつカードをめくる。その内の一枚に目が留まった。

「大英雄タイタロス」

 逆転のきっかけを作ったカードだ。もし、友美がジューオを手札に持っていなければ、これで押し切れたかもしれない。


 いや、何を考えているのよ。たかがゲームに執心するなんて、私らしくもない。私は頭を振ると乱暴にカードを鞄に突っ込み、学校を後にするのだった。

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