最凶老婆の自由気ままな鏖殺ライフ
麻呂館廊
プロローグ 最凶妻の最期
空間が一直線に裂けた。
魔力弾がビームの如く飛んでいく。
地面は抉れ、軌道上にプラズマがほとばしる。
それを冷や汗混じりで避ける者たちがいた。
彼らは勇者と呼ばれた、魔神を倒そうと発起した英雄たちである。
勇者たちの内、一人の女が怯まず刀剣を片手に地面を蹴り、魔力弾を放った相手に飛び掛かる。
「殺すッ」
剥き出しの殺意は彼女の握る剣に余すことなく注がれ、振り下ろされた。
彼女の斬撃は強固な鱗に阻まれるが、その鱗に亀裂を入れることに成功する。
攻撃を受けたその巨大な四足獣は鬱陶しげに身動ぎすると、ヘビのように柔軟な長首をしならせる。
女剣士に攻撃を受けた右半身とは逆方向に運んだ首は、引き絞られた弓の弦の如く目いっぱいに力を蓄え、解放される。
鞭の先端は音速に達することができるが、その長首も同様であった。
衝撃波を撒き散らしながら巨木に等しい太さの首、それも頭の部分が鞭の如く女剣士に衝突する。
彼女は遠くにある数多の大岩を、砲弾と見紛う勢いで破壊しながら吹っ飛んでいってしまった。
「龍鱗、堅牢、不動、反発─────」
女剣士を吹き飛ばした長首の四足獣――ドラゴンの鋭い聴覚が魔法詠唱を捉える。
詠唱の主は直ぐに判明した。
後衛としてちまちまと魔法を連射していた男魔法使いである。
ドラゴンは魔法の発動を未然に防がんと男魔法使いに向かって走り始める。
六十メートルの巨躯と象のような円柱形の脚からは想像のつかないスピードでドラゴンが男に迫る。
その丸く平べったい足裏は男魔法使いをトマトより容易く踏み潰し、足裏に落命の証を赤い染みとして残すだろう。
だが、そうはならなかった。
疾走するドラゴンと男魔法使いの間に割って入ったのは三メートルはあろうかという高身長の巨漢。
巨漢は目を据えてドラゴンを睨めつける。
大股に脚を開き、先は通さぬとばかりに左右に広げた両腕。
覚悟の決まった面持ちと威風堂々たる立ち姿はドラゴンに重圧感を与えた。
ドラゴンの首が巨漢に衝突する。
巨漢がドラゴンの首の根本を両腕でホールドした。
勢いを完全に殺し切ることができず、巨漢は後ろに押されて踵が岩の地面を削る。
「ふしゅぅぅぅぅぅぅぅぅ」
巨漢が鼻から蒸気を噴射する。
ドラゴンの首を肩に乗せ、右手で首を鷲掴み左手で首の根元の鱗を引っ掴む。
身を翻すと少し屈み、ドラゴンの首をおんぶするような格好になる。
「こなくそぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!!!!」
額に青筋が浮かび上がるほどに力んだ巨漢が前傾姿勢になり、ドラゴンの身体が宙に浮く。
背負投げされるドラゴンの身体の軌道は空で弧を描き、地面に叩きつけられる。
タックルが失敗に終わった刹那、耳を劈く咆哮をあげたドラゴンの周囲から電撃が放たれる。
その電撃はドラゴンの周囲360度の敵と障害物を満遍なく破壊する。
───────はずであった。
「ドラゴンから離れろ…ッ!」
魔法使いの男が声を振り絞り、巨漢がドラゴンから飛び退く。
その瞬間、ドラゴンが放った全方位攻撃を更に包み込むように
電撃はバリアによって跳ね返り、ドラゴンが喰らってしまう。
巨龍の鱗が砕け、柔らかそうなピンク色の肉が露出する。
滝のように流血するが、ドラゴンには回復能力も備わっている。
しかし、回復に注力する隙を見逃す勇者たちではない。
女魔法使いが傷を腐食させ回復を遅らせた。
間髪入れず巨漢がドラゴンの尾を鷲掴んで投げ、宙でエルフの弓使いが弱点に矢を撃ち込む。
戻ってきた剣士の女が飛んできたドラゴンの首と両手脚を落とす。
すかさず魔法使いがドラゴンの死体を魔法で焼却する。
「ハァハァ…っ、ハァハァ…」
切傷だらけの身体を血と汗が伝う勇者たち。
魔神の、最強の配下にして最凶の妻ロスタタルゲェノがようやく倒された。
まさか龍の姿だとは思いもよら
「まだだよ」
勇者たちの背筋が凍る。
燃え盛る龍の死骸の上に立つのは覇気のない老婆であった。
◆◆◆
血溜まりに伏す勇者たち。
「一歩、及ばなかったね」
彼らを見下ろす老婆。
服はボロボロであったが、五体満足で切り傷も全て癒えていた。
「私も殺せない程度なら…やはり全ては
ぼやきながらロスタタルゲェノが勇者たちを一瞥する。
女剣士が一人、魔法使いが男女二人、大男が一人……?
エルフの弓使いがいない……!
そう気づくのと首にエルフの
「ようやく隙、見せましたね」
「ぐぷ」
口内に血が溜まる。
エルフは血だらけになりながらも不敵に笑うが、老婆には不死魔法があるため首の傷はすぐ癒える。
致命傷にはならない。
瞬きする間にエルフの首は血のドレスを纏い、空を舞うことになる。
老婆は身体中の魔力を片手に集約させようとする。
しかし、できない。
魔力を操作する感覚が掴めない。
突如浜辺に打ち上げられてしまった魚のような気分を味わう。
「
このままでは魔法の制御は疎か魔力操作による防御もできない。
しかし、魔法の発動はできる。
(我が身諸共蒸発させる…ッ!)
ロスタタルゲェノは決断する。
しかし、叶わなかった。
呼吸ができないのだ。
一体何故か。
血を吐きながら魔法の詠唱をする男魔法使いの姿を見た老婆はもう分かっていた。
「─────ッ!」
老婆は喉に刺さったレイピアを掴んだ。
エルフが驚くが、対処する暇なくレイピアが握り折られる。
老婆の魔力使用が可能になる。
ひとたび魔力を纏えば、その非力な老婆は最凶の魔神妃ロスタタルゲェノに変貌する。
───しかし、圧縮が甘かった。
老婆の首に肉薄する女剣士の剣。
その剣速に対応しつつ、剣士の怪力に耐えうる強度まで魔力を圧縮するには時間が無さすぎた。
魔力防壁はチーズよりも易々と撫で斬りにされ、老婆の胴は袈裟に斬られる。
(とうとう死ぬのか、私は)
上半身が傷口に沿って斜めに滑り落ちていく。
(夫の悲願はどうなるのだろうね)
存外軽い音をたてて半身が地に落ちる。
(地獄で吉報を待っているよ、
ロスタタルゲェノは暗闇と静寂に包まれていく。
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