Felicity Efffect 第弌部 ~新たなる胎動~

能都 未有希

序章「Fight Fire, with Fire」

  では記録を始めます。ご自身のお名前と、当時の状況を覚えている限り最初から振り返ってください  


「あー……、名前はテム。あの日はそうだな、3時ぐらいから親友のマローってやつと”モックのバー”で飲んでたよ、そうだ夕方の。でも途中で嫁にキッチンバサミ買ってくんの頼まれてたこと思い出してさ。もうベロベロだったけどマローに金渡して、店を出たんだ。ちょうどその時だよ。あのガキんちょが入ってきたのは」


「いぇーい!ちゃんと撮れてますかぁー?あ、さーせん。えー、名前はマローっす。そうそう、テムと入れ違う感じでずいぶん若い男が入ってきたんすよ。赤いジャケットでオシャレしてさ。マジ痛いっつーか、今の時代あんなん流行らないっしょ」


「じゃあアナで。いやよ、そっち系の商売なんだから本名は言えない。そーそーアイツさぁ、見ない顔のくせに入ってくるなりモックの目の前座っちゃって。ほんと命知らずって思っちゃった。で、案の定揉め出したのよ。えー?何言ってたかは聞こえなかった。だってこっちは飲んでるのよ。誰が揉めようが知ったこっちゃないわ」


「ベス。んだよ、男でベスって名前がおかしいかよ。まぁとにかく、なんか、女?かなんかを探してる感じだったよ。似顔絵みたいなの持ってきてて。まぁヘタッピな絵だったよ!いやぁよくは見えなかったけど。でもさ、廃れた街のバーに場違いな男が人探しって、クサすぎね?」


「絶対ヤバイことが起こりそうって私のココがビンビンしちゃって。今のヤラしかった?撮ってる?やだぁ。あ、マイケルよ、よろしく。にしてもあなた美形ね、言われない?メガネがセクシーって。あのコもそれなりに美形だったけど、アタシのタイプって感じじゃあないのよね。ところであなた、今晩空いてる? 」


「だから何も知らねぇって!はぁ……、トモ。何も知らねぇってか、何が何だかマジで訳わかんないっていうか、思い出そうとしても意味が分かんねーんだよ。だから自分の記憶って感じがしねーんだわマジで。俺がイっちゃってると思うだろ?俺も自分でそう思ってる。アレは突然……、うわぁぁぁ!やめろ!見せんな!やめ  」


「アレを見たのは初めて……。そう突然入口の方から、入ってきたっていうか、"そこに居た"って感じ。そこからはもう文字通り地獄絵図で……、オエェッ」


「店の隅で、ずっと隠れたんや。せやから状況とか分からへんねん。ずぅっと"テルミナ"の音だけ。『フシュフシュ』って言ってる。それから『バリバリ』ってなんかが折れる音と、店にいるやつらの叫び声や。何の音って、何でわざわざ言わすねん!だいたい分かるやろ!奴ら喰ってんねん多分。人間を」


「テルミナ?2回目か3回目。もう怖いとかそういう感情ないよ。うん、皆椅子とかテーブルとかに隠れて。見た目って、あんたらはだって知ってるだろ。黒い影みたいな奴だよ。でっかい牙があってユラユラしてる。手が刃物みたいになって人間をバサバサ切ってくんだ。あーあそこで喰われてりゃあなぁ。いつだって死ねるように金はすっからかんなのにさ、また死に損なったよ。あのガキのせいで」


「アイツこそ正気じゃあねぇ。何か、小さい板みたいなの取り出したと思ったら涼しい顔してピザ頼んでたんだよ!テルミナの前でだぞ!?いやぁ俺はてっきり"変身"するかと思ったね。ほらあんだろ!昔のテレビで"なんたらイダー"とか"なんたらマン"とかさぁ、流行ったの知らない? 」


「あれってスマホって名前だっけ?そう!昔の人がみんな持ってたやつでしょ?信じらんないわよね、あんなのカッコ悪すぎて使えないわ。それで何してたなんか知らないわよ。そもそも何する機械なのかも知らないんだし。でもなんか一人でキレてたわ。ピザのクーポンがどうのとか。その後?私も隠れてたからあんまり覚えてないけれど、多分モックと喋ってたわ。んでもって何かそのスマホ?に話しかけて、それを腰に巻いたよく分からないモノに挿してた。 そしたら  」


「そう、パァーッと辺りが赤く光ったんだよ!すごかった!あいつやっぱガイアフォースの人だったんだよね!?知ってる知ってる!着鎧装甲(ガヴァリエーラ)でしょ!?悪いテルミナをやっつけて、いつでも僕らの味方なんだって、ママもパパもみーんな言ってたよ!え?いや僕は32歳だよ!」


「違う……。あれはあんたらガイアフォースの着鎧装甲(ガヴァリエーラ)じゃあない。具体的な違いなんて知らねぇよ!なんか、雰囲気というか、オーラが、邪悪だったんだとにかく。いいかよく聞け、あいつからはテルミナとおんなじ匂いがしたんだよ! 」

「ギャハハハ!そしたらそいつ手をパッとかざしてさ!ドカァァァン!テルミナごとモックの店まで吹き飛ばしてやんの!ケッサク!ただあんだけ派手に爆発しといて、食われた奴以外誰も死んでないとよ!いやぁ萎えたね。あんなどっちが悪魔か分かんねぇ見た目してんのによぉ。おいッ!おたくのガイアフォースだろうが! 」


「焼き殺されるかと思った……。今じゃあんたらの着鎧装甲(ガヴァリエーラ)の方がテルミナより恐ろしいよ……。見ろよこの火傷、Ⅲ度だってさ。地獄の業火に焼かれたんじゃあ、喰われた方がマシだったかもしんないね」


「奴は悪魔だ。私には分かる。そもそも奴が店に入ってくる時点から感じたさ。奴はこの世に破滅を齎す。そうだ、あの人類史上最悪のインシデント"普遍性審判(ジュディツィオ・アニヴァルサーレ)"!あれの再来だよ!お前たちが何かを隠しているのは知っている!私はお前たちの陰謀を暴い  」


記録終了。


  モックさん、こんにちは。我々はあなたの味方です。ここはどんな施設よりも安全で安心な場所です。あなたは昨夜、紛れもないあなたの店で起きた重大な出来事によって極度の精神衰弱を患いました。しかし敢えてお聞きします。あの日あの時、あなたの身に何が起こったのですか?  

「……、ぴ」


  ぴ?  

「……、ピザ……。炎の……、あくっ、悪魔ッ! 」


  悪魔とはテルミナのことですか?  

「あ、あの……、がががガキ……、おとこ、ユ、ユーマ……!あああ悪魔!ち、ちズ…。ちーず!ちーずッ!」


 ガラス越しの明るい部屋で、モックは椅子に拘束されていた。入間粛(いるままさし)が暗い待機室から呼びかける。


  それではモックさん、今からあなたの治療を行います。処置室にご案内しますのでそのままでお待ちください。ご協力感謝致します  


 俺の名はモック。ただのモックだ。この街で苗字を持っている人間は少数だ。大半は俺たちみたいな溢れ者が今日を生きている。だからこの世界がもしもおとぎ話だったのなら、俺たちは脇役ですらないだろう。それでも一人ひとりに生活や人生、喜びや悲しみがあり、価値や意味や目的があるのだ。俺は自分の城"モックのバー"で、そんな二進も三進もいかない俺の仲間達に酒を飲ましている。この腐った世界を救う正義のヒーローなんかになれなくても、俺は今のこの人生で満足している。


  あの日も俺は自分の店で皆に酒を出していた。あの日はアケミが誕生日だったからよ、柄でもなくケーキとかシャンパンも用意したんだよ。夕方頃、あの野郎が店に入ってきた。ダッサい赤のジャケット羽織って、いかにも主人公気取りって感じで鼻につく奴だ。ここらじゃあ見かけねぇ顔だったな。そのままカウンターに直行してきてよ、ヨレヨレの紙にこれまたヘタッピな絵が描いてあって、女を探していたみたいだった。どうせ愛想尽かされて逃げられたオチだろうと思って、とりあえず注文を急かしたんだ。そしたらあのガキ、『金は持ってない』とよ。ふざけた野郎だ。俺の店から摘まみ出そうとしたその時だった。また入口に何か立ってんだよ。俺は見るのは初めてだったけれど、すぐにそいつが何なのか分かったよ。”テルミナ”さ。そうΣterminare(ステルミナーレ)の手先だよ。動く人形兵。

 どれだけ前の話だったか、”普遍性審判(ジュディツィオ・アニヴァルサーレ)”の後、世界の大部分が変わっちまった。俺の親も親戚も友人も、皆ステルミナーレに殺された。それでも生き残った人間の一部はテルミナにされたんだ。

 俺は咄嗟に叫んだ。でもテルミナは入口に一番近い人間から喰い始めたんだ。アケミだった。昼から飲んでいたから馬鹿みてぇに酔っぱらって、化粧は半分崩れていた。叫ぶ間もなく胸に大きな穴が開いて、そこからテルミナのおぞましい顔がひょっこりと出てきた。すごい血も出たけど、ほんと一瞬のうちだったよ。ひょっとしたら自分が喰われちまったことなんて最期まで気付かなかったかもしれねぇな、酒のおかげで。そうであったことを祈る。

 悪いことしたよなぁ俺はすぐそこで仲間が喰われていくのに、ただぼぅと立ち尽くして悲しむ暇もなかった。俺だけじゃあねぇ、店の誰もがこの状況に絶望したのさ。奴の名の通り、俺たちは全滅(テルミナ)する。ただひとり、ひとりだけ、この状況でも臆さずに傍観する男がいた。あのガキだ。確か『ユーマ』だとか名乗っていた。


 そいつ、胸ポケットから"スマホ”? を取り出したと思ったら、ピザ屋に電話しやがってよ。気が狂ってるのかと思ったね。でも俺は見逃さなかった。奴の腰、着けてたんだよ、着鎧装甲(ガヴァリエーラ)を。俺は最初、そのユーマって男がガイアフォースの隊員なのかと思ったんだ。見た目はちびっこいただのガキだが、着鎧装甲(ガヴァリエーラ)を持っているとなっちゃあ話が変わる。俺は奴に命乞いしたよ。もはや頼みの綱はそれしかなかった。

 だが俺はすぐ後悔した。奴はスマホに何かを呟いた。なんたら『フェリシティ』……、てな。それからそのスマホを天に掲げて、着鎧装甲(ガヴァリエーラ)に取り付けたんだよ。まず右に少し傾けて、それから左にグルグル回すんだ。その瞬間パァっと奴の体が赤く光った。何が何だかさっぱりだった。ただ一つ分かったことは、奴のそれは明らかに着鎧装甲(ガヴァリエーラ)ではなかったってことだ。赤い血管みたいなものがうねうねして奴の体を覆っていく。それから鉄が冷えてくみてぇにゆっくり黒くなったんだ。あぁ見た目は確かに着鎧装甲(ガヴァリエーラ)とほとんど変わらんのかもしれん。だがな、オーラが違ったんだよ。強烈な吐き気がしたね。俺は誰よりも近くそいつの横にいたんだ、はっきりわかる。禍々しくて直視できない。文字通り悪魔だったんだ。

 そこでテルミナもこっちに気づいたのか、向きなおってきやがった。俺はこのまま二人とも消えてくれることを神に祈ったね。目の前の悪魔が腕を伸ばしたかと思うと、パッパッパとテルミナに向かって、空間に小さな火花が散った。それが悪夢のファンファーレだって、何故か俺は瞬時に悟った。店にいる全員に『伏せろ!』って大声出してた瞬間さ。突然テルミナを中心に物凄い閃光が現れた。一瞬で目も耳もいっちまって何にも分かんなくなっちまった。ただな、それはそれはすごい"熱"だったよ。俺は全身に受ける熱で、あの悪魔が何をしたのか分かったさ。

 その次は夜風だ。風が火照った体を冷ましていくんだ。おかしな話だよなぁ。それともおかしいのは俺か?気付いた時には外だったんだ。俺が外に出たんじゃあなく、店が丸ごと吹き飛んじまったのさ。目の前に大きな、禍々しい怪物。それで、


 俺は、俺はおかしくなっちまったんだ。ユーマ。

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