EP「この世界がカクヨムの底辺小説の中だと知った僕は、ランキング上位にする為に奮闘する−超絶弩級の自虐小説です−」
YOSHITAKA SHUUKI
TROLL
第一話 TOROLL
太陽を追い続けて、海岸へと足を突き動かす。されどその距離は突き放されるばかりだ。
夕方の赤紅色は終わりを告げ、もう空は光に染まらない。真っ暗闇に埋め尽くされた俺は砂浜に座り込む。
「があああああああああ! ああああああああ!」
月も出ない漆黒の中、眼から涙があふれ出す。生き物の気配もない、有るのはこの世界がカクヨムの底辺小説という紛れもない事実だけ。
ここは誰にも見つけられない創作の中。作者が生み出した偶像の世界だ。そして俺はソイツに産み落とされた悲しきキャラクターだ。
ソイツは俺にこう頼み込んできた。
――俺を日の明るい場所に連れて行ってくれないか。目指すはランキング上位、とにかく人の目に付きたいんだ。
だから俺は最大限の努力をした。フィクションは登場人物の心を弄ぶ娯楽だ。心が擦り切れるくらい奴らの心を利用し、面白い展開へと仕向けた。
でもそれを台無しにしたのもソイツ。
――同業者と競争してはいけない。とにかく競争してはいけない。
なんだそれは。耳を疑った。しかしソイツははっきりと俺の顔を見て言った。
――とにかく競争をするな。他の作品と同じような展開にするな。痛い目を見るぞ。
なあ、俺は何でこんなゴミ人間の元に生まれてきてしまったの? ねえ神様! 答えてよ神様!
黒い影が俺を覆った。夜の暗さではなく、更におぞましいものが周囲を包み込んだ。視線を真上に向けた途端、背筋が凍る。
無数の黒の手が俺を海へと引きずり込もうとしていた。
「うわああああああああ!」
作者への怒りが死の恐怖に塗り替わり、一目散に海から遠ざかる。筆舌では尽くしがたい数が後ろから迫り、そわり、そわり、嫌な音が距離を示す図り。
小屋に逃げ込み、胸に手を置きメンタルの回復に努める。
あれはなんだ。あれはいった――。
木材を破壊される衝撃的映像が眼前に映る。小屋が壊される数秒、思考がショート。でも『死』という絶対的恐怖が脳味噌を再起動させた。
「ぬわあああう!?」
一目散に逃走。無数の手から微かに声が聞こえてくる。面白い、面白い、不気味にただそれだけを言い続けている。
手は無限に増殖し続け、一方俺の体力は有限。既に勝敗は決着したも同然。
当然、あっけなく鬼ごっこは終焉。ヌルッとした感触が足に纏わりつき、無慈悲にもがくが無駄で呆然。
持ち上げられ、蠢く無数の手が俺の体を包み込んできた。
「やめっ、やめっ。ウェアインドおおおお!」
風魔法で切り刻むと、辺りに墨汁のようなものが飛び散る。
千切れた手は痙攣しながら自己修復を試みているが、逃げ出すなら今しかない。
足を蹴り、恐怖の対象から逃げ出そうとした刹那、鞭のしなる音が鳴り――。
俺の体から生存本能が抜き取られた。<設定=生存本能 消去>。夢だと思いたい光景が映る。左胸が貫通していた。いや、いっそ夢だったら良かったのに。全部。
「面白い、面白い、面白い、面白い」
「…………」
何となくこの化け物の正体が分かったのは、『生存本能』が抜き取られた後だった。
意識が途切れ、目覚めた直後に吐いた一言は「あ、死のう」だった。
***
光の差さない小屋で、アイツの走り書きを呆然と見ていた。
『同業者と競争をするな』
木製テーブルの真ん中、レストランのメニュー表みたいに置かれたそれを破り捨て、炎魔法で燃やす。
「おい、ラドマ・バキリナスメリア。分かっているな」
「勿論分かっていますとも父さん」
直接脳内に語り掛けてくるソイツ。俺は体勢の良い返事をし、上辺だけの気持ちを投げかける。
正直父なんて呼ぶのは、憚れるなんてもんじゃない。
吐き気がするほど嫌で気色悪くて、舌を噛みちぎりたくなるほどその言葉を出した自分を殴りたくなる。
「同業者と競争してはいけない。なので、皆がしてそうな展開はしない」
「はい。分かってますとも父さん」
「明日。ちゃんとしているかどうかのチェックを行う。分かっているな」
「はい、分かってますとも父さん」
通信が終わる。
俺は椅子に腰を下ろし、テーブルの木目をなぞった。
なぞり続けて、なぞり続けて、ただひたすらになぞり続ける。ただ単純明快、楕円形の木目を一周していく。
「この描写だけで終わらそうかな」
アイツもランキング上位にしたいとか言いながら、意味の分からないメッセージを前面に出してくる。
なら俺もそれに従ってやろうかな。何の展開や分岐点も転換点さえ訪れない、振り子みたいな睡眠導入小説にでもしようかな。
そこにノックの合図。俺が無視していると、大声で怒鳴り込んでくる。
「ラドマ・バキリナスメリア! 小説家は他の同業者を蹴落としてはいけない。分かっているな!」
憲兵の声だ。
アイツ(作者)は一人一人のキャラクターに、自身の思想を遺伝させている。性格、深層心理、無意識的感情、更に過去の背景も作り込み、大体どのキャラも小説に関する過去がある。
あ、そうだ。良いこと思いついた。
俺は小屋を出て憲兵と対面する。アイツは言っていた。一人のキャラクターを作成するのに、30分は費やすと。
「分かっている――」
「風魔法。スカッシュ」
淡々と唱えると、手の平から魔弾が生成される。憲兵の目が大きく開いたのもつかの間。
設定が辺りに飛び散り、その場に倒れ伏した。
「作者の全てを壊したい」
憲兵の亡骸を見て俺は決意した。
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