ノックス、ヴァンダインの破戒
三坂鳴
プロローグ:嵐の夜の招待状
ノックスの十戒
1. 物語に登場する犯人は、最初から読者に紹介されていなければならない。ただし、その人物の心情や動機が明確すぎて読者が容易に見抜けるようではいけない。
2. 探偵が事件を解く手段として、超自然的な能力を利用してはならない。
3. 犯行現場には、二つ以上の隠し通路や抜け穴があってはならない。
4. 未知の毒物や、複雑な科学的装置を使った犯行は避けるべきである。
5. 主要な登場人物として外国人を設定してはいけない。
6. 偶然や直感によって探偵が事件を解決することは許されない。
7. 探偵自身が犯人である場合、そのことを隠すための変装などを用いない限り禁じられる。
8. 探偵は、読者に提示されていない手がかりを使って事件を解明してはならない。
9. 探偵の助手は、自身の考えや判断を読者に開示する必要がある。その知能は、一般の読者より少し低い程度であるべきだ。
10. 双子や一人二役といったトリックを使用する場合、それが事前に読者に明示されていなければならない。
ヴァンダインの二十則
1. 事件の謎を解くための手がかりは、全て作中で明確に提示される必要がある。
2. 作者がトリック以外の形で読者を誤解させるような描写をしてはいけない。
3. 無意味な恋愛要素を加え、物語の知的な展開を妨げることを避けるべきだ。ミステリーの目的は犯人を裁きに導くことであり、恋愛の成就ではない。
4. 探偵や捜査員が突如として犯人になるような展開は不適切である。
5. 犯人の特定は、論理的な推理によって行わなければならない。偶然や予期せぬ告白による解決は避けるべきだ。
6. 探偵小説には探偵役が必要であり、その人物の捜査と推理によって事件が解決されなければならない。
7. 長編の探偵小説では、死体が不可欠である。軽犯罪では読者の関心を保つことが難しい。
8. 占いや心霊術など、非科学的な方法で事件の真相を示すことは禁止される。
9. 探偵役は一人が望ましい。複数の探偵が協力して事件を解決するのは読者に不公平感を与える。
10. 犯人は物語で重要な役割を果たす人物であるべきで、突然登場したキャラクターが犯人であってはならない。
11. 犯人を端役の使用人などにするのは安易な手法とされる。その程度の人物の犯行なら物語にする価値はない。
12. たとえ複数の殺人事件があったとしても、真の犯人は一人であるべきだ。共犯者が存在する場合でも中心は一人に限られる。
13. スパイ小説や冒険小説とは異なり、探偵小説では秘密結社や犯罪組織のメンバーを犯人にしてはいけない。
14. 犯罪の方法やそれを解明する手段は、合理的かつ科学的でなければならない。架空の科学や未知の毒物の使用は避けるべきだ。
15. 事件解明の手がかりは、探偵が犯人を明かす前に全て読者に示されるべきである。
16. 無駄な情景描写や不必要な文学的装飾を省くこと。
17. プロの犯罪者を犯人に設定するのは避けるべきだ。魅力的な犯罪は、アマチュアによるものである。
18. 事件の結末を事故死や自殺で片付けてはならない。
19. 犯罪の動機は個人的なものが好ましい。国際的な陰謀や政治的動機はスパイ小説に属する。
20. 散々使い古された手法は作家が避けるべきである。
プロローグ
その夜、空は黒い絨毯を引いたように暗く、海は怒り狂った獣のように吠えていた。波が船の側面に何度も叩きつけられ、しぶきが冷たい霧となって九条悠也の顔を湿らせる。
「これほど荒れるとは聞いていなかったな。」
彼は船の甲板で船酔いをこらえながら、ポケットの中の手紙を再び取り出した。
湿気で少ししわくちゃになった紙に、簡潔だが挑発的な文面が書かれている。
『九条先生へ、
迷宮館で命がけの推理ゲームに挑戦していただけますか?
事件があなたを待っています。
久瀬鷹彦』
九条はその一文を読み返すたびに、薄い笑みを浮かべた。
久瀬鷹彦――彼は推理小説界の巨匠として知られ、奇抜な性格と謎めいた行動で有名だった。
だが、この手紙の言葉には、単なる遊び心以上のものを感じた。
「事件が待っている……か。」
九条は空を見上げた。
雲間から一瞬だけ月が顔を覗かせるが、すぐに雷光がその光をかき消す。
「面白くなりそうだ。」
その時、九条の背後から軽快な足音が近づいた。
「九条先生、嵐の中でこんな余裕の笑みを浮かべているとはね。」
声の主は、もう一人の探偵、三上涼介だった。
三上は九条とは異なり、穏やかで人懐っこい笑顔を浮かべていたが、その目には鋭い観察眼が宿っていた。
「涼介、君も呼ばれたのか。」
九条は振り返ると、小さくうなずいた。
「まあね。久瀬さんに恩があるから断れなかったんだ。君と一緒なら心強いよ。」
三上は軽口を叩きながら、九条の隣に並んだ。
「期待しないことだ。」
九条は静かにそう返した。
千里眼の能力
船が孤島に近づくにつれ、九条は自分の「異能」が静かに働き始めるのを感じた。
彼は特異な能力――千里眼を持っていた。
この能力により、遠く離れた場所の様子が鮮明に見える。
嵐の中、その能力を無意識に働かせた九条は、迷宮館の中で蠢く影に気づいた。
「妙だな……。」
九条はポケットから取り出した懐中時計を握りしめた。
視界の中に浮かぶ館の一室では、誰かが不穏な動きを見せていた。
「どうした?」
三上が尋ねた。
「館の中に人影がある。」
九条は曖昧に答えたが、その視線は一点を見つめていた。
「そして……血の跡が。」
三上は眉をひそめた。
「まさかもう事件が起きているのか?」
九条は無言でうなずいた。
船が島に到着する前に、何か重大なことがすでに進行していると直感していた。
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