第2話 癒しの森で出会う人
玲奈が故郷の町に戻ってから数日が経った。毎日をゆっくりと過ごす中で、彼女の心は少しずつ解きほぐされていった。家の周りには広大な森林が広がっていて、玲奈は時折その森へ足を運ぶことがあった。都会の喧騒から離れ、静かな自然の中で過ごす時間が、彼女にとっての心の癒しになった。
ある日の午後、玲奈はひとりで森を散歩していた。森の中はひんやりとしていて、風が木々を揺らし、葉っぱが優しく音を立てる。その音は、まるで静かなメロディーのように玲奈の耳に届いた。足元には小さな野花が咲き、空は青く澄み渡っている。時間がゆっくりと流れているような感覚に包まれていた。
「ここにいると、ほんとうに心が落ち着くな……」
玲奈はひとり言をつぶやきながら、深呼吸をした。その瞬間、どこからか声が聞こえてきた。
「こんなところでひとりで歩いているのか? 迷子にならないように気をつけて。」
驚いて振り返ると、そこには穏やかな笑顔を浮かべた男性が立っていた。年齢は30代半ばくらいだろうか。身長は高く、細身の体格に長袖のシャツとジーンズを着て、森に溶け込むような自然な格好をしている。手には軽く木の枝を持っていて、その姿はまるでこの森の一部のようだった。
「ごめんなさい、驚かせてしまったか?」彼はにこやかに言った。
「いえ、大丈夫です。ちょっと、ぼーっとしていて……」
玲奈は少し恥ずかしそうに答えると、男性は優しく笑った。
「無理もないさ、この森は静かで心地よいから、つい時間を忘れてしまう。僕もよくここに来るんだ。」
「あなたも、ここでよく歩くんですか?」
玲奈が尋ねると、男性はうなずきながら言った。「そうだよ。実は、ここで自然療法をしているんだ。」
自然療法? と玲奈は少し驚いた。最近、心身の疲れが溜まっている自分を癒すために、少しずつ自然療法に興味を持ち始めていたところだった。
「自然療法士として、この森を使ってリラックス法を教えたり、心身のケアをしているんだ。名前は誠也。君は?」
「玲奈です。私は、最近ここに帰ってきたばかりで……ちょっと、心が疲れているみたいで。」
誠也は静かにうなずき、「心が疲れているなら、ここの空気と自然の音がきっと助けになるよ」と言って微笑んだ。
その穏やかな笑顔と優しい声が、玲奈の胸に深く響いた。彼の存在はまるでこの森そのものであるかのように、静かで包み込むような温かさを感じさせた。
「もしよかったら、少しここでリラックスしていかないか? 僕が少しアドバイスをしてもいいよ。」
玲奈はその言葉に少し迷ったが、心が引き寄せられるような感覚があった。「はい、お願いします。」
誠也は玲奈を森の奥へと案内した。歩く道の脇には色とりどりの野花が咲き乱れ、鳥のさえずりが遠くから聞こえてきた。誠也はゆっくりとした足取りで歩きながら、玲奈に自然療法の基本について話し始めた。
「森の中で過ごすことで、心と体はリセットされるんだ。木々のエネルギーや風の流れ、土の香りが、人間の心身にとても良い影響を与える。深呼吸をして、この自然のエネルギーを感じてごらん。」
玲奈は誠也の指示に従い、ゆっくりと深呼吸をした。最初は何の変化も感じなかったが、次第に体の中から温かさが広がるような感覚があった。空気が澄んでいて、すべてが生き生きとしているように思えた。
「どうだ? 少し楽になったか?」
誠也の問いに、玲奈は頷いた。「はい、すごく落ち着きました……」
誠也は満足げに微笑んだ。「この森には、色々な癒しが詰まっているんだ。君もきっと、もっとリラックスできるようになる。」
玲奈は誠也の言葉に心から安堵した。この森と誠也の存在が、彼女にとってどれほど大きな支えとなるか、その時はまだ気づいていなかった。しかし、あの優しい声と落ち着いた雰囲気が、確かに彼女の疲れた心に深く響いていることだけは、はっきりと感じていた。
「ありがとう、誠也さん。ここに来て、良かったです。」
誠也は微笑んだ。「こちらこそ、来てくれてありがとう。いつでも森に来て、心を癒しにおいで。」
玲奈は、誠也の言葉に背中を押されるように、もう少し森の中で過ごすことを決めた。彼との出会いが、何か新しい扉を開く予感を感じさせた。それは、心の奥底にしまい込んでいた何かが目を覚ます瞬間でもあった。
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