掉尾。
その後も定期的に相談が舞い込み、俺は重病人を治していった。それに呼応するかのように、死神も時折姿を現し、俺の様子を窺いにくる。しかし、それは俺を気遣ってのことなのだろうか…? もしかすると、俺を監視しているのかもしれない…。死神の真意は相変わらず見えない。
そして、一人目を治した時には興奮と期待を覚えたものだが、二人目、三人目と重病人を治していくにつれ、意外にも心の中に湧き上がるのは虚しさばかりだった。感謝され、金を手にしても、心は一向に満たされない。予想外の展開だ…。だが、よくよく考えれば、そりゃそうだと思う。確かにこれは俺の力じゃない。これは死神の力だ。結局、俺は何も成し遂げていないじゃないか…。
金を稼いだら、妻と娘に会いに行こうと思っていた。しかし、それは何か違う気がしている…。俺自身は何もしていないのだ。このままの俺では、妻と娘と一緒に暮らす資格すらないんじゃないか…、そんな思いが胸を締めつけてくる。そう思いながら、なかなか一歩を踏み出せないまま時が過ぎた頃、四人目の相談が舞い込んできた。
しかし、その相談内容に、息が止まるような衝撃が胸を貫いた…。まさか…、そんなことが…。気づけば俺は急ぎ家を出て外を駆け出していた。向かう先は、比較的近くにある妻の実家。
そう……、相談者は俺の妻である
❖ ❖ ❖ ❖
「気功師って…あなただったの…?」
佳奈の声には驚きが滲んでいた。そりゃそうだ、普通のサラリーマンだった夫が、突拍子もなく気功師などという職に就いているのだから。
「まぁ、色々と事情があってな…。それより、茜の様子はどうだ?」
「そ、そうなの…、茜が…、茜が…」
佳奈の声は突然か細くなり、その瞳には涙が薄く滲んでいた。
「大丈夫だ、俺が必ず茜を治してみせる」
強い口調でそう告げると、佳奈は一瞬戸惑った表情を浮かべた。
「気休めはやめて…、お医者さんでも原因が分からないって…」
その声には疲れと諦めがにじみ出ている。それでも俺は静かに首を振った。
「大丈夫だ、とにかく茜の様子を診させてくれ」
「…わ、わかったわ」
茜が寝込む部屋に案内される。足元だ…。足元にいろ…。大丈夫だ、これまで毎回足元にいた。今回だってきっと、そこにいるはずだ…。心の中で繰り返し呟きながら、俺は無意識に拳を握りしめた。視線を床に落とし、目の前の現実に向き合う覚悟を静かに固める。
茜は小さな寝息を立てながら眠っている。その表情に苦しげな様子はなく、それだけが唯一の救いだった。俺はすぐに視線を足元へ落とした。しかし、そこには何もいない。背中に冷たい汗がじわりと広がり、心臓が早鐘を打つように鼓動を刻む。おそるおそる目線を枕元へ移すと――いた……。枕元に座る死神が、俺を睨み返しているように感じられる。
死神が枕元にいるなら、それは手遅れを意味する。だが、そんな言葉を言えるわけがない。そんな言葉、到底受け入れることなんて出来ない。くそっ…。なぜ茜の時に枕元なんだ…。心の中で怒りと焦りが渦巻いていく。
「本当に…茜は治るの…?」
「大丈夫だ、俺が何とかする…、だが…、ちょっと時間をくれ…」
佳奈には部屋を出てもらい茜と二人きりになる。枕元にいる死神を睨みつけ、俺はいつもの呪文を唱え、手を二度打ち鳴らす。しかし、何の変化も起こらない。やはり枕元の死神には効果がないか…。
俺は頭を抱え、思考を巡らせる。どうする? 何か方法はないのか? くそっ、死神が足元にさえいてくれれば…。いや、待てよ、足元に…か……。それができるのか? いや、考えている暇はない、とにかく試してみるしかない…。
❖ ❖ ❖ ❖
俺と佳奈の性格を象徴するようなエピソードが一つある。
俺は「4」という数字が嫌いだ。「シ」と読めば「死」を連想させるからだ。同じように思う人は少なくないだろう。実際にマンションでは「4」のつく部屋番号を避けることがあるし、車のナンバープレートでも「42」や「49」は、「死に」や「死苦」を思わせるから使用されない数字となっている。
けれど、佳奈の考えは違っていた。「『4』は縁起が悪いだなんて思わないわ」と彼女はいつも笑う。「だって『幸せ』の『シ』なんだから、むしろ素敵な数字でしょう?」と。さらに、「4」が重なれば、彼女は目を輝かせなが「ほら、『シ』が合わさって『幸せ』になるわよ」と言う。
ふと、なぜかそんなことを思い出した。
佳奈に一つの協力を頼むことにした。詳しい理由は説明できず、彼女は疑念の表情を浮かべた。それでも、俺の真剣な眼差しに何かを感じ取ったのだろう、「…わかったわ」と小さく呟き、頷いた。
俺と佳奈は長い時間、眠っている茜を見守り続けた。タイミングはいつになるか分からない、だが、絶対にその瞬間は来るはずだ。
どれほどの時間が流れただろうか…。茜の枕元にひっそりと座る死神が、まるで眠りに引き寄せられるように、うつらうつらとまぶたを閉じ始めた。
今だ……!
俺は静かに佳奈に合図を送り、二人で息を合わせて茜の布団を一気に180度回転させた。これで、茜の足元に死神がいることになる…!
「アジャラカモクレン ロケヨミガニシ テケレッツのパァ」
手を二度、パンパンと打ち鳴らした。
死神は驚愕の表情を浮かべた。そりゃそうだろう、気づけば足元にいるんだものな。そして、目を大きく見開き、俺を睨みつけながら、空気に溶け込むように静かに消え去っていった。すまないな。今回は俺も引くわけにはいかないんだ…。
茜は「うーん」と小さくうめきながら起き上がった。目をこすりながら、「ママ、ケーキが食べたい! あれ…? パパ? お帰りなさい!」と元気よく言う。俺と佳奈は思わず涙を浮かべ、「あはは」と笑いながら、お互いを見つめ合った。
しかし、喜びも束の間──
キーーーーン
胸がざわめき視界が歪む…。これは…、あの時と同じ感覚だ…。
「旦那ぁ…、やっちまったなぁ……」
目の前に死神がぬぅっと、いつものように無表情で立っている。周囲には無数のローソクが静かに灯りを放ちながら、あたりを薄暗く包み込んでいる。
「し、死神か…」
「枕元の死神には手をだすなぁと言ったはずだぁ」
「仕方がないだろ、自分の娘だぞ、助けようしない親がどこにいる…!」
「ほぉれ、これが旦那のローソクですさぁ」
「俺のローソク? 前にも一度見ただろ…、って…、あれ? めちゃくちゃ短くなってるじゃないか、もう、消える寸前だぞ…、一体、どうして…?」
目の前にあるローソクは、以前のものとはまるで違っていた。かつてのような長さはなく、地面に溶けた
「枕元の死神に手を出すと、ローソクが入れ替わって寿命が交換されるさね…。へへへ、旦那と娘の寿命が入れ替わっちまったぁ」
死神は、いつもの無表情な顔から一変し、目に奇妙な光を宿らせ、にやりと薄気味悪い笑みを浮かべ、言葉を続ける。
「ローソクが長けりゃ儂は関与せんが、短くなりゃ話は別…、旦那ぁ、あんたは儂の獲物になっちまったぞい」
「ひっ…、す、すまない、死神…! 俺の娘だぞ、娘を助けることが、そんなに悪いことか? どうにか、生き延びる方法はないのか…?」
死神はさらに不気味に笑い、ローソクを俺の目の前に掲げた。
「へっへっへっ、仕方がないさね、この燃えかけのローソクに火を移し替えなぁ、火が移れば、このローソクの長さだけ寿命が延びるさぁ」
「よ、よし…」
俺はローソクを手に取り、火を移そうとした。が、ふと嫌な予感が胸に広がる。死神は俺を獲物と言った。こうも簡単に助けてもらえるものなのか…?
「死神…、このローソクはどこから出てきた…?」
「へへへ、そんなこと、旦那には関係ないさね、ほぉれ、早くしないと、火が
俺は迷う…。理由は分からない、でもこのローソクは使わない方が良い気がする…。しかし…、使わなければ、俺はきっと死ぬ…。茜が元気を取り戻したんだ、これからの成長を見届けたい。そして、佳奈と茜と一緒にやり直したい。まだ死ぬわけにはいかない…。
しかし……。
「死神、決めた…、俺はこのローソクを使わない…」
「へぇ…………、旦那ぁ…、いいんですかい?」
「あぁ……、それでいい…」
怖い…。なんで俺はこんな選択をしたんだ…? 死ぬんだぞ…、それなのに…。手がブルブルと震えている。足もガクガクしている。立っているのが精一杯だ。
「家族が重病になった時とかさ、よく言うだろ、できることなら変わってあげたいってな。俺は…、それを実現させたんだぜ、すげーだろ」
恐怖に呑み込まれそうで、俺は無意識に言葉を吐き続けた。喋り続けることでしか、この圧倒的な恐怖から逃げられないような気がした。
「こんなの、親冥利に尽きるだろ。ははっ、そりゃ、俺だって死にたくない、死にたくないが、ただ、娘の代わりに寿命が尽きてしまうというなら、俺はその選択をする」
「旦那ぁ、儂はどっちでもいいさね、ただ、もう火が
「死神、気づかせてくれて、ありがとな。家族のためだと言い訳にして、実際には自分のプライドを守っていただけだったんだな、俺は…。家族のためなら、プライドも捨ててどんな仕事にも就くべきだったし、愛情を持って接するべきだった。けれど、俺はずっと家族に甘えていた。俺は弱い…。俺は馬鹿だ…。それに、ようやく気づいた。まぁ、気付いた時にはもう死の淵ってのは、馬鹿な俺が招いた当然の結果だな…」
「へへへ、
「じゃあな、死神」
「
じゃあな、佳奈、茜。まだ、お前たちとずっと一緒にいたかった。でも、茜の命が助かるのなら、他のことなんてどうでもいいさ。俺が馬鹿だったせいで、お前たちに迷惑をかけちまった。ごめんな…。お前たちを、遠くから見守っていくからな…。
「
死神は目を細め、その瞳に怪しい光を宿らせながら、今にも消えそうなローソクをじっと見つめていた。
「へへへっ、
❖
❖
❖
❖
俺は暗闇に沈んで長い長い眠りについていた気がする。目を覚ますと、そこは病院の一室だった。
「あなた! あなた!」
聞き慣れた声が耳に届く。
俺は…、どうしたんだ…?
「茜が元気になったあと、あなたは倒れたのよ…! 四日間もずっと寝込んでいたの」
生きている…? なぜ…?
多くの疑問が心の中で渦巻くが、生きている実感が徐々に湧き上がってくると、思わず涙が溢れ頬を伝う。もう…、俺は二度と間違わない…。佳奈と茜を、どんなことがあっても守る。そう決意する。
「へへへ、旦那ぁ、あんたぁ、当たりだぁ。死神から助かりたきゃあ、命乞いはしねえことだぁ。あのローソクを使っていたら、家族の寿命が減っていたさね」
死神は静かにあなたの方に顔を向け、無表情のまま言葉を口にする。
「へへへ、おい、あんたぁ、そう、そこのお前だぁ、あんたも死神に会ったら、気をつけなぁ…」
死神。 桃鬼之人 @toukikonohito
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