喰ってやる

森羅解羅

第1話喰ってやる

喰ってやる

喰ってやる




「キャ--‼︎黒裂口がーーー!」

洗濯籠を片手で持ちながら談笑する女たち、その周りを駆け回る子供の平穏な村の昼下がり。それを破るような悲鳴があがった。

「みんな、早く家に逃げろ‼︎」

「家畜も隠せ!全部ヤツに喰われるぞ」

仕事の手を止め、村の男衆は鶏や子供を急いで家の戸を閉める音、庭に放していたヤギを急いで家に引き高い声で鳴くヤギと、村は人と家畜の声で混乱状態になった。

それもそのはず。

黒いマントみたいな体、大きく横に開いた口の化け物、黒裂口が現れたからであった。



この化け物はいつ、どこから生まれたか全くわからない生き物だった。

ただ、その風貌から人や他の生き物を寄せつけない禍々しいものであり、その大きな口は犬や牛、草むらに放置されていた罪人の遺体さえもなんでも飲み込んでしまう。

理由も無く、ただ–––喰ってやるっと言って食べれる物が有ればそこへ行く。

そうして村人や家畜、犬に恐怖心を与えながらのっそ、のっそ歩くのだった。



黒裂口は夜の浜辺にいた。

星がダイヤモンドのように光る綺麗な夜だった。

人ならば顔を上げて感嘆するものだが、黒裂口は見えないのかのっそのっそと喰ってやると呟きながら歩いていた。

「あの、もしかして何でも食べる黒裂口なの?」

声がした方へ体を向けると小さな女––まだまだ子供のみすぼらしい人間が立っていた。

「……喰ってやる」

「だから、黒裂口だよね?」

今度は黒裂口は何も言わずに黙っていた。

「こんな日に会えるなんて凄いなぁ。ねぇ、私を食べてほしいの」

小さい人間の眼から一雫が流れ落ちた。

「私、生きるのが嫌になってここで海に潜って死のうと思ったの」

けど、身体がガリガリのせいか何回しても入水出来なかったと少女は濡れた髪をぶんぶん振り回し、周囲に海水を撒き散らしながら続けた。

「…わたし親に捨てられてずっと1人で生きてきたの。けど、毎日寒さや暑さに耐えて空腹にも耐えて働くのすんごい大変でね。犬とか追いかけて寝られない日だってあったの。それがずっと…」

黒裂口は何も言わず、動かず、ただそこにいた。

「けど、何でも食べる黒裂口なら私を食べて、この地獄を終わらせてくれるよね。罪人みたいに死体が腐ったりしないんだし」

そう言って、少女は黒裂口の目の前に立った。

暗い過去、地獄しか見えない未来、顔も忘れた両親、少女は自分の黒い闇をこの化け物に跡形もなく食べて欲しかった。

–––喰ってやる

「うん、いいよぉ」

少女の顔は泣いていたが笑っていた。

–––黒裂口はその大きな口を開き、少女を呑み込んだ。


海辺の地平線からは漆黒の暗闇が薄れ、光が灯ろうとしており、静かな海の音だけが響いていく中を化け物はまたゆっくりと歩くのだった。

–––喰ってやる

–––喰ってやる

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

喰ってやる 森羅解羅 @bookcafe666

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る