第34話 第三幕 悪食姉妹 ③

〈『皮剥ぎ』視点〉


「まあ、とはいえ戦いの最中に、無粋にも割り込んできたんだあ。このままはい続行ですってわけにはいかないねえ。いくつかこっちから、条件を出させてもらおうかあ?」


「聞こう」


「まず、ひとおーつ」


 悪食姉妹の『皮剥ぎ』、ベロアが指をひとつ立てると……ズンッ!

 

 濃密な魔力波が、

 森の空き地に広がった。

 

 発生源は闇ギルドがここまで牽引してきた、広場の片隅に置いてある幌荷車。


 そこから降りてきた、濃緑の外套を羽織り、同色の三角帽子を被る女である。


「もー、おねーちゃん遅いおそーい。ぼく、待ちくたびれちゃったよー」


 間延びした声を漏らす女の耳は尖っており、肌は褐色の黒精人オルヴよりも濃い、黒蜜色をしていた。


 左手には幌馬車の荷台へと続く鎖を握っており、松明のように右手で掲げ魔道具の木杖が、炎の代わりに、悪意ある魔力を放出している。


 魔女然としたその姿からもわかるように、精人アルヴのなかでも特殊な魔法の扱いに秀でた、森精人ドルイドの女だった。


「……クソッ、新手か!」


 新たな敵勢力の登場によって、大男の背中に庇われた牛人騎士が顔を顰める。


「あれえ、言ってなかったけえ? うちら悪食姉妹は『皮剥ぎ』『肉削ぎ』『骨喰み』の、三姉妹なのさあ」


「というわけでえ、ご紹介に預かった『肉削ぎ』ロロムちゃんだけど、ついでに自己紹介もしちゃうね! 特技は――そいやっ!」


 三角帽子を被った森精人が、おどろおどろしい形状をした魔杖を振るうと、増幅された術者の魔力が拡散。


 異変が、獣人騎士たちを襲う。


「うお!? なんだ、こ、れ……っ!」


「にゃにゃっ!?」


 突如として苦しみ始めた牛人と猫人と同様に、後方の獣人騎士たちからも苦悶の声があがる。


「ゴホゴホッ!」「ぜ、ぜひっ」「な、なんだ身体がっ!?」「重っ、苦し……っ!」「こ、これは減衰魔法デバフっ!?」「こんな広範囲にっ!?」


 彼女らの唐突な呼吸不全に、発汗や悪寒、眩暈に嘔吐感と、体内魔力の乱れと、それらは体内に他者の悪意ある魔力を無理矢理に浸透させられたことによる体調不良、つまりは減衰魔法の顕れであった。


「んふふふー。どう、ぼくの〈乱魔衰弱イルネス〉は? すごいでしょ? 苦しいでしょ? もうまともに剣を握れないでしょ? んふふっ!」


「なあーに威張り散らしてんだい。アンタの魔法は、アタイの下準備あってのもんだろうに」


 得意げに薄い胸板を張る悪食姉妹の次女『肉削ぎ』ロロムを、長女の『皮剥ぎ』ベロアが冷ややかに嗜める。


 たしかに一度効力を発揮すれば、相手の行動を著しく制限することのできる減衰魔法であるが、それは大抵の場合、何らかの条件を整えるたり、触媒を併用するなどして、魔法発動の補助を必要とする。


 本人の同意を得ずに、他者の肉体へ術者の魔力を干渉させるというのは、それほどに難易度の高い行為だ。


 とくに今回のように大多数に魔法をかけるためには、何らかの仕込みが必要である。


「……むう。さては飯に、何か仕込んだな?」


「ぴんぽんぴんぽん、またまただいせいかあ〜いっ!」


 今回の場合、下準備は簡単だった。


 何せ『顔剥ぎ』が姿形を変えて、騎士団に潜り込んでいたのである。


 この二日間、騎士団が口にしていた食事には、術者であるロロムの『血液触媒』が混入されていた。


「でもアンタがたには、あんまり効いてないように見えるねえ? もしかしてえ、食事を捨てていたのかあい?」


「いや、有り難く頂戴していたとも」


 だというのに。


 ベロアの視線の先で堂々と佇む大男に、

 そうした影響は見受けられない。


 背後の少女たちも同様である。


「無論、魔法の効果は感じておるが……そのように見受けられないのであれば、それは日頃の鍛錬の賜物で御座ろうて」


「だってさ、ハル! お館サマに恥かかすんじゃないっスよ!」


「う、うん、たぶんこれくらいなら、大丈夫、かな……?」


「へえ。さすが辺境育ち。頑丈なこって」


 とはいえ表面上は我慢できても、そうした体調や魔力の乱れは、戦闘の最中に無視のできない足枷となる。


 少なくとも地面に片膝をつく牛人や猫人、後方の獣人騎士たちには十分効果を発揮しているようなので、最低限の足止めはできている。問題はない。


(それに……保険は、ひとつじゃないしねえ)


 いまだ余裕の笑みを浮かべる只人の女が、

 二本目の指を立てる。


「それじゃあ、ふたあつ」


「はいはいみんな、出番だよ〜。出ておいで〜」


「うぃ〜す」「おら、ちゃっちゃと歩くんだよ!」「モタモタすんな!」


 悪食姉妹の長姉に応えて、次女が左手の鎖を引くと、同じく鎖を握った闇ギルドの構成員と、それに連なる人影が、ゾロゾロと幌馬車から降りてきた。悪党が手にする鎖は後ろに続く人間たちの首輪と結合して、前後に繋がる連座となっていた。


 そのような、手足に枷を嵌められて、

 目隠しと口枷までされた人間が、十名ほど。


 全てが年若い男性や、子どもたちだった。


「んなっ!? あ、アルくんっ!?」


「ミル嬢もいるにゃっ!」


 そうして降車した人物らに、牛人騎士や猫人騎士をはじめ、獣人騎士たちが悲鳴をあげる。


 何せ彼ら、彼女らはわざわざ、手間暇をかけて街から誘拐してきた、騎士団に関係する恋人や肉親であるのだから。


「……うわあ。やっぱり捕まってたっスか」


「え、エル兄様っ!」


「……」


 それらの中においても一際に目立つ、神樹教の神官服に黄金稲穂の金髪をツインテールを垂らした、美しい白精人エルフの姿があった。


 しかも彼は他の人間たちとは異なり、魔力を封じる専用の黒鎖や呪布を身体と目元に巻いているため、白と黒の対比コントラストによって、悲壮さがより一層に引き立つ。

 

 拘束された身内の姿を目の当たりにして、辺境領地出身の者たちもそれぞれに呆れや驚きといった表情を浮かべていたが、とくに口を噤んだままの大男が僅かに表情筋を動かしたことを、ベロアは見逃していなかった。


(そうだろうそうだろう。あれだけの紅顔美少年だ。さぞ執着があるだろうに)


 捕獲の際、思った以上に抵抗されたのは予想外だったが、それでも変化魔法を隠れ蓑に不意をつけたのが大きく、何とか辺境領地の一味からも、人質を確保することができた。そのうえ、あれほどの美少年である。競売にかければ同量の黄金とさえ引換にできるだろうその価値は、計り知れない。

 

(できることならあのキレイなおべべは、うちのコレクションに加えたいもんだねえ)


 内心で舌舐めずりをしつつ、狡猾な女はさらに自らの優位を積み上げていく。


「ああ、気にしなさんなあ。あれは『今のところ』はあ、うちらの決闘にそこいらの騎士サマがたが無粋な真似をしないようにっていう、保険みたいなもんさあ。アンタらが妙な動きを見せない限りはあ、大事にだあーいじに扱ってやるよお」


「し、信じられるか、悪党の言葉など! 今すぐアルくんたちを離せ!」


「ガハハ、姐御お、やっぱりバカだぜえコイツら!」


 即座に噛み付いた牛人騎士を、

 双剣を肩に担いだ虎人が嘲笑う。


「これだから、人様に命令すれば何でも思い通りになるって考えている、貴族様は嫌いなんですよお〜。ね、アルフレッドくん?」

 

 にちゃりと、歪んだ笑みを浮かべて。


 人質である平民の給仕服を着た男性に、

 森精人が手を伸ばした。


「貴方も内心ではイヤイヤで、お相手していたんじゃないですかあ?」


「〜〜〜っ!」


 口枷を嵌められているため、悲鳴さえ上げることができない。それでもアルフレッドと呼ばれた平民の男性は、自らの身体を這う女の指に身を捩り、首を左右に振ることで、必死に嫌悪感を訴えていた。構わず『肉削ぎ』が男の下半身に触れると、恋仲である牛人騎士が絶叫する。


「や、やめろおおおおっ!」


「はいはい、無駄な大声は控えておくれよお。でないと――ロロムっ!」


「はいなあっ!」


 ポキリと、枯れ木を折るように。

 

 抵抗する男の小指が、

 いとも容易く捻じ曲げられた。


「〜〜〜ッ!」


「アルくん!? や、やめろおっ! やめてくれえ!」


「おや、最近の騎士サマは学びというものをご存知ない? もう一本いっときますかい?」


「んなっ!? が、くうっ……!」


「そうそう、それでいいのさあ」


 ギリギリと血が滴るほど拳を握り込む牛人騎士を一瞥したあと、後方に控える他の騎士たちに向かって、上機嫌に『皮剥ぎ』は告げる。


「他の皆様方も、哀れな人質サマの身を想うのであれば、思慮ある行動を撮っていただけると有り難いねえ」


「「「 ……っ! 」」」


 絶句し、歯を食い縛る獣人騎士たち。

 

 それらを囲んだ闇ギルドの構成員たちが、彼女たちから武器を奪い、頭を地面に押し付けた。


「そうそう、お利口ちゃんでちゅねー」「おら、抵抗すんな!」「武器を寄越しやがれ!」「頭が高えぞ!」「そうそう、頭を低くして、地面くんと仲良くしましょうねー」「ぎゃははははっ!」


 見下す悪党たちの哄笑。

 抵抗できない騎士たちの苦悶。

 

 清々しい光景によって、

 悪食姉妹の顔に喜悦が満ちる。


「がははは! アイツら、ほんと、バカ! 大バカ! 腹痛えぜっ!」


「あー、ららー。みなさん、大事にされてますねー。よかったですねー。ぷくくっ!」


「そうそう、そうやって大人しくしてくれりゃあ、悪いようには――」


「――あのお」

 

 で、あるというのに。


「ちょっと質問、いいっスかね?」


 まるでそれらを意に介さずに。

 

 緊張感の欠いた声で語りかけてくる、

 馬鹿がいた。




【作者の呟き】


 これぞヒロイン(男の娘)の風格っ!


 

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